第06話 目利きのわけ②

 嗣道に続いてミカが取調室に入る。

 取調室の中には、銃創を縫った腹を包帯で巻かれた大島と、記録係の警官がすでに定位置に座っていた。

 銃撃戦から一晩しか経っていないが、大島は少しやつれたようだった。

 あの夜の威勢の良い姿はどこへ行ったのか、声の張りもない。

 大島は取調室に入ってきた大男、嗣道をちらりと見上げた。


「あんたが、地球博物館の学芸員?」

「そうだ。地球博物館、日本分館の学芸員、守山嗣道だ」


 嗣道はミカと同じように腰のベルトから下げている懐中時計を大島に見せた。

 彼の懐中時計には、金の装飾で、所属とともに、嗣道の職種『学芸員』と刻まれている。

 大島はその懐中時計をちらりと見ると、うつむいてぼそぼそと話し始めた。


「……あんたも、あそこにいただろ?」

「どうしてそう思う?」


 嗣道はその指摘に少し驚いた。

 夜陰に隠れ、屋根の上から狙撃していたからだ。

 ゴーグルもマスクもしており、顔は見られていないはずだった。


(たしかに、こんな大男、ちょっと服装が変わっていても気づくと思うけど、あの時、嗣道は姿を見せてないよね。……なんで気付いたんだろう?)


 ミカも大島の言葉を疑問に思った。

 大島はミカと嗣道の驚いた様子を見て、説明する気になったのか、口を開いた。


「驚いているようだが、分かりやすいさ。……博物館からくるっていうからどんな瓶底眼鏡の研究者がくるかと思ってたが、あんたは銃を差してるだろ」


 ミカがちらりと見れば、嗣道の腰にはホルスターとそこに収まっている拳銃が見えた。隠し持つには向かない大口径の拳銃なので、確かに慣れていれば銃を持っていることを当てることは造作もない。


「それに、手にはタコがある。その位置のタコは良く鉄砲を撃ってるやつが作りやすいタコだ。それに、最後は後ろのお嬢ちゃんだ。俺を撃った娘と一緒にいるってことは、同じ職場なんだろう?」


 そしてよく聞くと大島は単純なカマかけで言った訳ではないようだった。

 嗣道が自分の手を見る。確かに、本人は気にしていないが、銃を持つ者のタコだ。

 大島の観察眼には嗣道も感心した。


「よく観察しているな」

「さあな、慣れたのか、もともとの素養だったのか」


 頷きを一つ、嗣道は本題を切り出した。


「それで、壺の鑑定が聞きたいって?」

「ああ」


 大島は本音の見えない声で応えた。

 そこで嗣道は大島にカマを掛けることにした。


「値段を知りたいんなら、骨董屋にでも聞いたほうがいいと思うがな」


 嗣道の言ったとたん、大島の反応が変わった。

 目には小さく光が宿り、意思を感じさせる。


「いや、俺が知りたいのは値段じゃない。モノの価値だ」

(望月さんの言ってたことは本当なんだ)


 ミカには大島のその言葉が本心に思えた。


「どういうことだ」


 嗣道は重ねて尋ねた。


「俺だって、裏社会でとはいえ、ものを売ってた商売人だ。相手が欲しいものの値段をつけるのは得意さ。だがな、俺があの日売ろうと思っていた壺二つは悩んだんだよ」

「そうか……」


 嗣道は大島の言葉に耳を傾けた。


「手に持った壺は、お客が高値で買うだろう壺だった。盗品だったが、売り先もないのに盗み出すような馬鹿が盗ってきたものだったから、意外と安く仕入れられた。そっちのお嬢さんは偽物だといったが、ああいうのが趣味な客は多い。確実に利益の出る商品だった」


 確かに、派手な装飾の壺だったが、そういったもののほうが、歴史的価値よりも豪華な感じという理由で高値を付けることは、この時代よくあることだった。


「それに比べて、俺が背にしたあの壺、あれは俺が骨董屋で見つけた壺だ。……店ではほぼゴミ同然の扱いだったが、俺は不思議といいものだと感じた。すぐに買ったよ、一目惚れと言ってもいい。俺がまっとうな商売で入荷しようと思うほどにな。……ほんとだぜ? もちろん、俺は商売人だ。コレクションするためではなく、売るために買ったさ。……だが、値段はつけられなかった」


 そこで大島はミカを見た。


「そして、そこにいるお嬢ちゃんは、俺を撃ってこういった。あの、おれが背にした壺のほうが貴重なものだってな。それを見抜いて、そこのお嬢ちゃんに指示したのはあんただろう?」


 大島はそこで顔を上げると、まっすぐと嗣道を見据えた。


「学芸員の守山さんよぅ、あれはどういうものなんだよ」


 嗣道は椅子に座りなおした。

 少し腰を入れて説明しようという気になったのだ。


「まずは一つ教えてやろう。あの壺のほうが価値が高いと一目見て気付いたのはこいつの方だ」


 嗣道はミカを指して、大島に告げた。


「そうなのか?」

「そうだ。俺たちは高い価値の文化財が盗まれ闇市場で流通していると聞いて調査をしていた。その調査のきっかけとなったのが、お前が手に抱えていたほうの壺。偽物の壺の方だ」

「そうだったのか」


 その説明に、大島も納得がいったらしい。そもそも、大島が自分で言う様に、盗品ではなく、自分で仕入れた壺を売る分には何の問題もない。

 足がついたのは盗品がきっかけだと、うすうすどこかで感じていたようだった。


「あの日、取引現場となる場所を特定した俺たちはあの倉庫に突入した」

「そこからは俺も知っているさ。なにせ、突入された側だからな」

「そうだな。そして、お前は壺を人質に取ってミカに銃を置かせた。だが、その時ミカは壺に違和感を覚えた」


 嗣道がミカに話を振る。


「ミカ、なぜそう思ったのか、教えてやれ」


 話を振られたミカは、その時のことを思い出しながら話し始めた。


「あの時、あなたが手に持っていた壺からいやな感じがした。同じ時代の同じ作風の壺を私は博物館で見ていたけど、いやな感じのする壺じゃなかった。それで、後ろに隠した壺を見たら、そっちはすごく人に大切にされてきた感じがした」


 昨晩のことなので鮮明な記憶だ。


「大島、お前が手に持っていた壺は色絵牡丹図水指に似た絵付けをした壺だ。色鮮やかな色彩と中国風の構図が特徴だが、戦前、ある一定時期に大量生産された品であることがわかっている。俺たちも現物を見るまで確信はなかったが、一番可能性のあるものとして候補には上がっていた。この壺は適正価格で売られていれば、十分きれいに作られていて、価値があったかもしれない。しかし、実際には戦中から詐欺の道具に使われて、日本各地で売買されたものだ」

「やっぱりな……。そういうことかよ」


 仕入れに至った経緯でも思いだしているのだろうか。

 大島は嗣道の説明で理解できたようだった。


「それで。後ろにおいてた壺はどうなんだよ」

「お前が見つけた壺は、確かに、派手さはないが、時代背景を考えると、きわめて高価かつ、文化、政治的な背景を見ることができる一品の青磁器だった。ミカ、日本で青磁器はどんなものだったか、説明できるか」


 突然の知識問題にミカは少しだけ慌てたが、この事件の調査で壺について勉強したことを思い出しながら答えた。


「えっと、青磁器は中国発祥の磁器で、後漢時代ぐらいから作られていたけど、日本で自作できるようになるのは17世紀ごろからなんだよね」

「そうだ。ということは、16世紀より前に日本国内にあった青磁器は海外からやってきたということになる」

「そうだね」


 そこで嗣道は大島に向き直った。


「お前の見つけた青磁器はおそらく13世紀の南宋時代に作られたものだ。詳しくは調べなければわからないが、貴重なもので、国内では当時から中々手に入らないものだった。それが長い年月かけて、行方が分からなくなり、今回お前が見つけ出した」

「そうか、俺のカンは当たってたか……」


 大島は、手錠に繋がれた両の手を顔に当て、天井を仰いだ。


「そうだな」

「昔、ばあちゃんに言われたんだ。あんたはいいものを見つけるねってさ」


 天井を仰いでいた顔が再び机の上へと落とされる。見つめる先は、自分に掛かった手錠だ。


「それが今や盗品の売人よ。……どこで間違えちまったんだろうなぁ」

「まあ、お前が現状殺しはやっていないのが事実なら、また社会に戻ってくることもあるだろう。その時は、その特技を生かせる仕事を探すんだな」


 嗣道の言葉は本当だった。

 あれだけ大規模の密売品を取り扱いながら、殺しという犯罪には手を染めていないのが彼だった。


「悪いことにはそれこそ数えきれないほど手を染めたが、殺しをやってねぇのは本当だよ。あんな鉄砲持ってるやつ雇うのも今回が初めてだったんだ。……でけえ話をぶちかまして、大きくなろうと思ったんだよ……」

「その言葉を信じられるように、今後はしっかり質問に答えるんだな」

「ああ……」


 もはや大島には抵抗する気は無いようだった。

 その様子を隣の部屋から見ていたのだろう、取調室に望月が現れた。


「それではこちらからの質問だ。お前が高級車に武器弾薬に違法ドラッグ、他にも博物館から盗み出したりした陶磁や絵画を売ろうとしていたのはわかっている。それで、とりあえずは美術品の話から聞くが、誰に売りさばこうとしてたんだ?」


 それこそが、今回最大の関心事になっている事件の根幹だった。

 売り手がいても買い手がいなければ、商売にはならない。

 しかし今回は売り先になる三人組の商談相手を取り逃がしてしまっていた。


「客の名前まではしらねぇよ、刑事さん。でも、客のさらなる売り先の話なら出てた。美術品を集めている大金持ち。そいつにコネがあって、売りさばこうって魂胆らしい」


 しかし、期待していたよりも情報は少なかった。


「美術品を集めている大金持ちといわれても、何人も思い当たるぞ」


 これには嗣道も唸った。


「ああ、そうだろうな。だけど、おそらくだが、あいつらは龍ヶ崎商会の隠居した元会長に売ろうとしてるんだと思うぞ」


 しかし、大島は持っている情報からその先への予測を立てていたようだ。


「なぜそう思う?」


 望月が大島に尋ねた。


「実は、俺が最初に売ろうとしたのが、龍ヶ崎のところだった。なぜかといえば、俺でも知っている有名人で、若いころにはいろいろ無茶したっていう噂だったからだ」


 後ろ暗い噂のある有名人。確かに、大きく名を挙げたい闇の商人としては取引したい相手だろう。


「だが蓋を開ければ門前払い。取引をしている業者を通さないと買わないといわれたが、たぶん、盗品だということがあいつにばれちまったんだと思う。んで、龍ヶ崎の言ってた取引している業者ってのが、多分あんたらがに逃がしちまった客の方さ」

「……ほう」


 嗣道は興味を示し、大島に先を促した。


「まぁ、じっさいのところ正規の業者じゃなかったわけだが。龍ヶ崎が俺の商品に興味を持って業者に指示を出したのか、龍ヶ崎が興味を持ちそうだと思って業者が俺に接触を図ってきたのか。……どちらかはわからないが、あいつらの目当ては最初から美術品だった。それに、あいつらはそれをコレクションする人間の雰囲気じゃなくて、商売する人間の顔だったから、確かさ」

「覆面被ってる人間の表情がわかるのか?」

「目だよ。金勘定している目だ。あれはモノが欲しいときにする人間の目じゃない」


 これまでの大島の観察眼から、ミカは確証はなくとも信じてもいい情報かと思った。

 望月と嗣道は目を合わせ、頷きあった。どうやら二人なりの結論が出たようだ。


「分かった。俺が聞きたいことは以上だ。今後も質問には答えるんだぞ」


 嗣道はそう大島に告げると、取調室を出ようとした。

 ミカも嗣道を追いかけた。

 二人が扉をくぐる直前、嗣道に向かって大島は声をかけた。


「なあ、あんた。社会に戻ってきても、俺のできる仕事があると思うか……?」


 嗣道は振り返らずに言った。


「お前にとっては幸いにして、戦後の混乱期、後ろめたい行いもなく生き残れた人間はそう多くない。真面目に頑張れば、死なないくらいの収入が手に入る仕事はある」


 そしてそこで少し自嘲気味に笑う。


「お前の鑑定眼を生かせる仕事も紹介できる。寿司にたんぽぽを乗せる仕事並みの給料でいいなら、だが」

「ふっ、相当薄給そうだな。……でも、ありがとうよ」


 ミカと嗣道はそのまま警視庁の庁舎を後にした。

 調べなければいかないことができたからだ。

 二人を乗せた車は元来た道を走るのではなく、郊外へ向かう方向へと進む。


「ミカ、ちょっとした外出のつもりだったが、遠出になりそうだ」


 ちらりと時計を見ながらハンドルを握る嗣道が言った。


「大丈夫だよ。すぐに行こう、嗣道」

「行先は聞かないのか?」

「嗣道が行かなきゃいけないと思うところなんでしょ? それはきっと行かなきゃいけないところなんだよ」


 ミカは自信満々に言った。

 だが、その言葉を聞いてむしろ嗣道は不安に思ったようだ。


「ふむ……。信頼してくれるのはいいが、少々心配だ。頼むから、他の男にはそういうことはするなよ」

「大丈夫だって。……それで、そこまで言うなら聞くけど、どこに行くの?」

「さっき話に出ていた龍ヶ崎の家だ」


 行先はミカも予想できた候補のうちの一つだった。


「嗣道が知っている人なの?」

「まあな」

「えっと……突然家に行ける関係ってことは、もしかして友達?」


 犯罪者の関係先と友達だとすれば、嗣道が自分で言った通り、付き合いを考えたほうがいいだろうか、なんてちょっと妄想しつつ、ミカは嗣道の顔をまじまじと見た。


「そうではない。業界内の有名人だ」


 ミカからのあらぬ疑いに嗣道はため息をついていった。


「龍ヶ崎商会の元会長、龍ヶ崎弦儀の現在の家は岐阜県にある」

「岐阜かぁ。ちょっと遠いね。4時間ぐらい?」

「高速道路から離れたところだからな。高速を使っても5時間は掛かる」


 戦災で被害を受けた高速道路も、今はすべて再開しているものの、車線の制限などで、戦前のようにスムーズな移動は望めない。


「なかなかのドライブだね」

「ああ。昼飯を食べておくべきだった」


 それぞれが時計を見れば、明らかに昼食時を過ぎていた。


「そーだね。どこかで食べられるといいんだけど」

「高速道路ならSAがある。今でも営業はしているはずだ」


 その言葉にミカは目を輝かせた。


「そっか! 私、屋台の串焼き食べたいなー」


 そんなミカを嗣道は横目でちらりと見た。


「それは奢れということか?」


 そして、嗣道の言葉ににんまりと笑う。


「そう聞こえた?」


 確信犯だった。

 嗣道はそんなミカに降参した。


「分かった。出してやる。その代わり、運転は俺しかできないんだ。ミカは今のうちに龍ヶ崎について調べておけ」

「わかった」


 ミカは車に備え付けられた情報端末を広げると、早速龍ヶ崎について調べ始めた。

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