第05話 目利きのわけ①

 嗣道が昨晩出動した際に乗っていたバンとは違い、今日は公用車のセダンでミカと嗣道は都内を進む。

 二人が向かった先は警視庁の庁舎だった。

 昔からある桜田門の庁舎は戦災により崩壊したが、現在は同じ場所に再建されている。

 警視庁前に着くと、嗣道は先にミカを下ろした。


「ミカ、俺は車を停めてくる。望月さんか、晴斗君に声かけておいてくれ」

「任された」


 こういうやり取りはよくあることだ。

 特に気負った風もなく、ミカは正面から建物の中へと入っていった。

 中に入り、まずは受付で担当者の呼び出しをお願いする。


「こんにちは」

「こんにちは、お嬢さん」


 受付に立っている警官は年嵩の女性制服警官だった。

 お嬢さん呼びをされミカは少し気恥ずかしさを覚えたが、仕事で来た人間として、しっかりと要件を告げた。


「地球博物館日本分館の学芸員補、鹿嶋ミカです。望月さんに呼ばれてきまして……」


 併せて、腰のベルトから下げている地球博物館学芸員補の証でもある懐中時計をちらりと見せる。

 さりげなく、できるオンナ風に。


(よしっ! 今日はなかなか恰好よく名乗りが決まったんじゃないかな)


 ミカも仕事はしていても、年頃の女の子なのである。

 恰好をつけたくなる時もある。

 しかし、この受付の警官にはそれでは意図が伝わらなかったようだった。


「博物館の学芸会? あんまり大人をからかっちゃいけませんよ、望月は少年課の刑事ではないですからね」


 そして、えーっと、少年課はどこだったかしら、とつぶやきながら内線を掛けようとし始めた。


「え、ちょっと待って! 私、学芸員補だから! 出頭した不良じゃないから! ほら、時計! 仕事で来たんだから!」


 今度は格好をつけるどころではなく、ミカは手元に懐中時計を取り出して、しっかりと見えるようにカウンターの上に出した。

 その懐中時計を受付はまじまじと見る。

 よく見れば、懐中時計には古代ギリシャ神殿のような模様と、小さな文字が刻まれている。

 文字はよく見れば『Museum of Earth Cultural property Emergency Protection Service』と書かれているが、パッと見ただけでは、この意味は取れないだろう。


「ずいぶん細工の細かい、いい時計ね。でも、それがどうしたの? ……あ、山岸さん、ちょっと女の子が今受付に来てまして。ええ、対応してくださらない?」


 だが、受付の警官、ミカを完全無視である。


「だから、仕事なんだってば!」


 ミカはちょっとしたお使いもできない自分が情けなくなってきた。

 しかし、救いの手はちょうどよくやってきた。


「やあ、嬢ちゃん。よく来たな」


 何度も仕事で聞いたことのある声だ。

 同じ嬢ちゃんという呼ばれ方でも、この時ばかりは気恥ずかしさよりも、安心感が勝った。


「望月さん!」


 振り返ると、刑事、望月が立っていた。


「あら、望月さんのお知り合いだったの? 姪っ子さん?」


 受付の警官もそれに気づいたようだった。

 しかし、相変わらずの的外れなコメントにミカは疲れを覚えた。


「わりいな、嬢ちゃん。学芸員なんて仕事を知ってるやつは少ないんだよ」


 望月は肩をすくめ、指で所内の奥を指すと、移動を勧めた。


「こっちだ、取調室に案内する」

「あ、でも嗣道がまだ……」


 ミカは嗣道がまだ来ていないことを告げた。

 すると、望月は自分で呼んだはずなのに今思い出したかのような反応をした。


「おおそうか、あいつか。呼んだんだったな。……ああ、すまんが、でかい男が俺を呼んだら、取調室まで通してくれや」

(あ、忘れてたんだ………)


 今度は受付の警察官も望月の指示を理解をしたようだ。


「え? はいはい。わかったわ」


 その返事を確認し、ミカと望月は取調室へと移動した。

 取調室は、庁舎が建て替えられても、映画やドラマで目にするそれと、大きく変わりはない。同じ大きさの部屋が二つあり、間はマジックミラーで仕切られている。

 すでに片方の部屋にはミカが捕まえた大島が座っていた。


「……遅れた」


 そして、反対側のミカたちが控えている部屋に嗣道が最後に到着し、望月に集められた全員がそろった。


「ちょうどそろったな。……話を始めよう」


 まずは嗣道が口火を切った。


「司法取引に応じると?」


 それに答えたのは、望月と組んでいる若い刑事、皇海晴斗だった。


「ええ、守山さん、そうみたいです」


 司法取引に応じるといえば、あとは洗いざらい話して、大島につながっている悪人やら当日逃がしてしまった顧客やらを捕まえてめでたし、というようにも思える。

 しかし、二人の顔は晴れない。


「おう、本人はそう言ってるんだがな。条件を付けてきやがった」


 カラッとした性格の望月までもが言葉を濁した。


「望月さん、その条件のために私たちが呼ばれたってことだよね?」

「そうだ。嬢ちゃん、大島はな、あの壺の鑑定結果を聞きたいっていうんだ」


 望月が言いづらそうにミカに教えてくれた。


「どうにも、自分の感覚がなんであっていたのか、を知りたいっていうんですよ」


 晴斗はこれまでの聴取記録だろうメモに目を落としながら、望月の言葉の意味を説明した。


「どういうこと? 大島はあの壺が価値の高いものだって知ってたんだよね?」

「どうにも明確な知識があったわけではなく、「高価な感じ」という感覚だけで仕入れたようだ」

「だから、なぜ高価なのか、ということを教えたら、洗いざらい吐く、と言っている。しかし、俺達にはそんな壺の価値なんてのはわからねぇ。そこでだ。守山、頼めるか?」


 どうやら、望月は嗣道に壺の価値の説明をさせたがっていたようだ。


(ああ、言いづらそうなのは、自分たちで解決できなかったからか。責任感があるのはいいことだと思うけど、嗣道なら……)


 ミカはそう思いながら隣に座る嗣道の横顔を見上げた。

 いつも通りの無表情だが、これは本当になにも感じていない顔だとミカは知っていた。

 そしてミカの予想通り、嗣道は気負うでもなく素直に承諾した。


「分かった。そういう話なら」

「助かる。恩に着るぜ」


 望月は頭を下げてお願いをしてくるが、やはり嗣道は望月の願いになにも感じていないようだった。


(ま、事件解決のためになるなら、多少めんどくさいぐらいだと嗣道はなんにも感じないんだよねぇ……)


 嗣道は早速立ち上がった。嗣道にとっては、壺の価値の説明など、資料を用意するまでもないことのようだ。

 しかし、嗣道はそのまま隣の部屋へ移ろうとはせず、ミカに声をかけた。


「……ミカも来るか?」

「いいの?」


 ミカは声を掛けられ、ビクっとした。

 こういう犯人と直接対峙して尋問するような機会は、これまで嗣道がすべて担当してきた。だから今日も嗣道を見送るつもりでいたのだ。


「何事も経験だ。……ミカは一目見てあの壺の価値を当てた。大島の知りたいこともそういうところかもしれない」


 ところが嗣道は今回、ミカにも成長の機会として同席させることにしたようだった。


「じゃあ、行く」


 ミカも椅子から腰を浮かせる。

 しかし、二人のやり取りに、望月から待ったがかかった。


「ちょっと待ってくれ。それじゃあれか、あの後ろの方の壺がどうこうっていうのは嬢ちゃんが判断したのか」

「そうだよ?」


 なぜ知っているのだろう? とミカは不思議に思ったが、どうやら大島はミカから撃たれた流れをすでに証言していたのだった。

 顔に疑問符を浮かべている望月に嗣道が説明する。


「そうだ。ミカは大島が手に持った壺が偽物で、後ろに隠した壺が文化的価値の高い品だと『感じた』。俺は盗品の情報を事前に得ていたので、ミカの見た情報と感覚から判断したに過ぎない。ミカからもらった無線も、手に持った壺を割っていいかという許可と弾が大島を貫通するかどうかの確認だった」


 ミカは嗣道の説明に頷き、補足するように昨日のできごとを思い出しながら答えた。


「貫通しなければ、後ろに置いてあったあの壺は壊れないからね」


 それを聞いて望月はガシガシと頭を掻きながら唸った。


「そうだったのか……。てっきり嗣道が嬢ちゃんに指示して撃たせたんだと思ったぜ」

「調書にはそう書いてもらって構わない。ミカの主観だとされると、この先が困るのだろう?」

(私は学芸員補だもんね。先に突入しちゃったけど、嗣道の指揮下で行動したってことにしないとまずいのかな? まぁ、嗣道に確認してから撃ってるから大丈夫かな?)


 ミカの想像の通り、今後の裁判などを考えたときに、できるだけこの射撃判断はすっきりとさせておきたかったようだ。

 ミカとしても、そういうことであれば、調書の書き方については異存はない。


「まぁ、そうだな。学芸員の判断で射撃指示をした、と残しておこう。大島は無線で指示されたミカに撃たれたと証言しているし、実際間違いではないようだからな」


 調書に残す文言を決め、望月は晴斗に一言一句確認しながら書かせた。

 お役所仕事にとってこういう書類が大切なのは、世界を巻き込む大戦を経ても変わっていない。


「この内容でいい」

「守山さん、ありがとうございます」


 嗣道と晴斗が書類のチェックをし、サインなどを済ませている間に、望月はミカに話しかけた。


「しかし、嬢ちゃんも、文化財に詳しくなったんだなぁ」


 望月はなんだか娘の成長を見守る父親のような表情だった。


「うーん、知識が増えたって言うより、もともと、かな?」


 ただ、望月の想像はミカの感覚とはズレていた。

 不思議そうな顔をする望月にミカは言いよどんだ。


(なんて説明しよう……?)


 そんなミカの助け舟は嗣道からあった。


「いや、ミカの価値を見通す目は天然だ」

「あ、うん。……それで納得してもらえるならいいんだけど」

(嗣道は時々言葉が少なすぎて……)


 やはり、嗣道の説明では望月も納得できないようだ。

 これにはミカも素直に説明するしかなかった。


「なんだか人の気持ちの籠ったものがなんとなくわかるんだよね。……それで、私は嗣道にスカウトされたの。結構役に立つんだ、これ」


 望月は、その説明も納得はできないようだったが、飲み込んだ。


「オカルトか、と言いたいところだが、本当なんだろう?」

「まるで魔法みたいですね」


 二人の言葉がミカを見る一般的な感覚だった。


「そんなつもりはないんだけどねぇ」


 えへへ、とミカはわらった。

 本人としては、魔法を使っているような感覚はない。

 昔から自然と身に着いていた自分の目だった。

 こればかりは人に聞かれていつも説明に苦労する。

 その様子を見てか、望月は話を切り替えた。


「わるい、引き留めたな。それじゃあ、大島をよろしく」


 今度こそ、ミカは立ち上がり、望月に笑いかけた。


「まかせて、望月さん、皇海さん。ちゃんとばっちり、話を聞きだしてくるよ」

「おう。任せたぜ、嬢ちゃん」


 そうしてミカと嗣道は連れ立って隣の取調室へと移動していった。




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