第23話 企画展示室にて②

 そういうわけにもいかなくなった、という晴斗は、尾久について話題が出てすぐに情報を集め始めていた。

 そうして見つけたものを晴斗は皆に見えるように情報端末の向きを変えた。


「みなさん、見てください。尾久の話が動画ニュースになっています」


 そこに写っていたのは、尾久典司議員の出自に関しての疑惑だった。


『現場レポートの田村さん。尾久議員は今回どのような疑惑に晒されているのでしょうか?』

『はい、現場からお伝えします。有料情報サイト芸春の取材によりますと、尾久議員は海外からの多額の闇献金を受けている、という話です。ただ、本日尾久議員は自宅に戻っていないようです。また、情報によりますと、議員宿舎等にもおらず、今その行方に全国民が注目しています』


「どうやら、尾久議員が海外からの支援を受けて、外国に有利なように取り計らっているのではないか、という疑惑が浮上しているようです」


 動画の再生を止めると、続けて、皇海は文章で書かれた記事を開いて見せた。


「さらに無料の情報サイトでは海外からの多額の献金とだけ書かれていますが、有料版の情報並びにメッセージアプリでは、尾久議員が海外から送り込まれたスパイだ、という話になっています」


 皇海はいくつかの情報サイトを表示し、そこに記載されていること、今尾久がどのような目を向けられているのかをミカたちに示した。


「……尾久議員は、海外からのお金を使って、この贋作を作り上げたの……?」


 ミカは話の大きさに衝撃を感じながらも、これまでの流れをまとめた。


「あんなに国民想いの議員がそんなことをするなんて……」


 信じられない、そう思う人がいる。

 出自なんて、なすべきことをなすのならば、問題にならない。

 そうなのかもしれない。

 国民の、政治家への感想としてはそれは正しいのかもしれない。


「……出自なんて関係ない。嘘の史料を作って、事実と異なる歴史を残そうとする、それはどんなに『いい人』でもやっちゃいけないことだよ」


 ミカは学芸員として、ここにいる。

 鹿島のゴミ山で過ごした子供たち、親友のメイがこの世に遺した本物とは違う、邪で、想いを踏みにじる行い。

 ミカは断じてそれを許せなかった。


「私たちは、学芸員。収蔵品を評価するのは未来の人でもいい。私たちは、正しく保存して、未来に伝えていかなきゃいけない。だから、その仕事を、想いを、自分の都合で変えようとする人がいるのなら、議員でも誰でも、止めなきゃいけない」

「だがな、嬢ちゃん。ここまでの俺たちの捜査で見つかったのは、すべて状況証拠だけだ。議員先生がかかわったという証拠はない。それだけじゃ、捜査機関の腰は重いままだ」

「でも、私たちなら大丈夫。嗣道も言っていた。学芸員なら、直接話を聞ける」

「どこにいるかもわからないんだぞ?」

「大丈夫だ。手がかりはある」


 嗣道は言った。


「何があるの嗣ちゃん?」


 手詰まりと思った宮前が嗣道に尋ねた。


「尾久は今、世間の目から身を隠している。それは、自分の出自を確固たるものにする材料がまだそろっていないからだ」

「贋作はもう日本には出回っているんだろう? あとは何があるんだ?」


 嗣道は、指を一つ立てる。


「残る贋作の行く先は一つ。海外だ」

「海外……。だが、工場から出荷された贋作の行く先はまだ見つかっていない。そうだとしても、海外の協力者の手に渡るまで尾久は身を隠すだろ?」


 逆だ、と嗣道は言う。


「身を隠しているということは、まだ海外の協力者に贋作が渡っていないということだ。それを見届けなければ、尾久は表に出られない。尾久は今、贋作とともにあるとみていい」


 ミカはそこでハッとした。


「私たちが工場に突入したからだ……」

「嗣道、工場にはまだ出荷前の贋作と、コンテナのつながったトレーラーがいたよね?」

「よく気付いたな」


 ミカは嗣道に頷いて見せる。


「私たちの突入した時、村崎たちは、作らせるのを中止して、美大生たちを始末して、証拠隠滅をしようとしていた。……あの時はまだ、予定量には達してなかったけど、私たちが突入したから、生産をやめるのを速めたんだ」

「どういうことだ? そうだとしても、順次、発送しているんじゃないか?」


 望月の考えは正しい。ただし、国内であれば。


「ううん、たぶん発送できていないと思う」

「そいつはなぜだ」

「トレーラーにつながっていたコンテナは20フィートコンテナ。海上輸送用のコンテナだよ。あのままだと、飛行機には載せられない。だから、船に乗せようと思っていたはずだよ」

「なるほど」


 望月が頷く。


「だけど、船はすぐには呼べない。船の移動には時間がかかるから」

「そうだ。コンテナ船は定期的に運行しているが、そういった船に積むには到着を待たなければいけない。定期的に運行している船を勝手には動かせない。それにもし、自前で船を用意するにしても、長時間停船させておくこともできない。怪しまれる」


 皆も理解できる話だった。

 運ぶ手段が到着しなければ、いくら早く用意しても運び出すことはできない。


「だから、たぶん、船の到着が予定されていた日に合わせて生産をしていたんだよ。夜間に作らせていたのもそう。インクのせいで、生産が遅れたって言ってた。……あの時は何に間に合わせようとしていたのか分からなかったけど、きっと、船の到着に間に合わせようとしてたんだよ」

「それで、嬢ちゃん、船の到着はいつだと思う」


 ミカは指折り数えた。


「私たちが工場に突入したのが、一週間前」

「呼び寄せるコンテナ船の位置によるが、アジアなら、突入した後呼び寄せて、……今日すでに到着している可能性が高い」


 嗣道は周辺航路の所要日数を諳んじて言った。


「嗣道、港に向かおう!」


 急いで飛び出そうとするミカ。

 だが、望月がそれを止めた。


「車じゃ間に合わんぞ!」


 ミカは嗣道を見た。

 いつだって、何かの方法を見つけてきた嗣道。


「なに、こういう時は、秘策がある」


 嗣道は信頼に応えるべく、自信満々に言った。

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