第24話 森の中から見つけること①

 男たちは潮風の吹く船の船橋にいた。

 今男たちの見下ろす甲板ではクレーンに吊られたコンテナが続々と積み込まれている。コンテナが甲板に下ろされると、手早く四隅を固定され、船からの電源へと接続される。

 ふと男が目をやると、遠くには戦争を経ても眠らない街の明かりが見える。


「マスコミの方は抑えられているのですか?」


 男たちの中でオートクチュールのスーツを隙のなく着込んだ男が言った。

 壮年の男だが、背は高く、髪は黒々として、勢いを感じる男だった。


「はい、先生。今回の疑惑に関しては、与党の陰謀という世論形成を進めています」


 男の後ろに控える、こちらもスーツに身を包んだ男が言った。


「いいでしょう。ただ、あまり無理に進めないように。この船が出港すれば、証拠が事実になるのですから。秘書のあなたに抜けられると困ります」

「かしこまりました」


 秘書と呼ばれた男は、そういうと深く腰を折った。

 その様子を満足そうに見て、壮年の男は重ねて尋ねた。


「支持率はどうですか?」

「従来の支持層の支持率は揺るいでおりません。ただ、今回の疑惑で無党派層の支持が若干落ちております」


 頭を下げる男は、何の資料を見るでもなく、状況を諳んじた。


「圧倒的支持率は快感なものですが、最悪当選すればいいのです。めんどくさい手を使うことになりましたが、疑惑の火の粉はここで消さなければいけません」

「はい、清く正しい世界のために」


 心酔、という言葉が適当だろう。秘書はそういうと、一歩下がり、船橋を離れた。

 これから再び各方面からの情報収集とマスコミ対応をするのだ。

 秘書が下がったのを見て、船橋の影からまた一人、男が現れた。

 黒い戦闘服に身を包んだ男だ。


「先生、どうやら捜査が続いていたようです。情報提供者から連絡がありました」

「ふむ、どこが捜査を続けていたというのです?」

「地球博物館のようです」

「……ずいぶんと小さい組織に尻尾をつかまれたものです」

「は。申し訳ありません。……作業を急がせます」

「そうしてもらいましょう。……ただ合同捜査になった分、相手の動きが読めますね。状況は逐次確認するように」

「了解です」

「……それと、与えた兵隊はどうです?」

「は。先生の熱狂的な信者ということで、武器を与え、一応は訓練を施しました」

「その言い方ですと、満足にはいっていないようですね」

「は。……ご推察の通りです。ですが、装備もよいものを頂いておりますし、最悪、

死兵となる覚悟はできております。盾にはなるかと」

「清く正しい世界のために」


 そういって男の前から戦闘服を着た男も去った。


「予定外はありましたが、準備はできました。……この国は私を止めることができるかな?」


 煌めく港湾を遠くに見ながら、男はつぶやいた。

 男は、スリーパーと呼ばれる、潜入工作員だった。人々が明日をも知れぬ日々を過ごした戦争の真っ最中に、戦後戦略のために送り込まれたのだ。

 そして、戦後のある時、この国の政治家として立候補するように指令を受けた。

 そしてその時から男の名前は尾久典司となったのだ。


 嗣道はミカと望月、晴斗を連れて企画展示室を出た。

 そして、敷地内をずんずんと進んでいく。


「港湾を回るには、車では遅い。今回は空から行く」

「ヘリコプターを呼ぶの? でも、どこから……」

「こっちだ」


 ミカや、望月が嗣道に言いつのったが、嗣道は迷いなく、地球博物館の敷地を進んだ。


「ここは、地球博物館。地球のすべての物品を収めようという施設だ」


 嗣道がたどり着いたのは、大きな扉のある建物だった。


「ここって……。交通分野の収蔵庫……」

「そうだ。そして、今日ここには、これがある」


 嗣道は収蔵庫に備えられている巨大な扉を解放した。

 そこには一つのヘリコプターが格納されていた。


「黒鷹……」


 黒い鷹の名をつけられたそのヘリコプターは日本国内で運用されていた多目的ヘリコプターだった。

 最近地球博物館の上空を含めて、航空祭の予行練習に飛び回っていた機体と比べると、2世代は古い、歴戦の機体。

 そんな機体のそばには二人の男が立っていた。


「このヘリコプターは入間で行われる航空祭後に当館に収蔵されるため、今日、自衛隊の基地からテスト飛行してきた」

(嗣道が受け入れ準備をするって言ってたやつか……)


 そこまで言い、嗣道はにやりと笑う。


「いや、正確にはまだ、この博物館には『到着していない』」


 嗣道の説明を受けて、フライトスーツを着た男が答えた。


「なに、機体をフェリーする途中に、この機体に最後東京湾を見せるために寄り道をしようと、そう考えて、当機はまだ飛行中。そう、まだ博物館には『到着していない』んです。……それに、この機体のすばらしさ、学芸員のみなさんに見せられれば、今後のこいつの余生も少しはましな扱いになるということを期待して、『遊覧飛行』をするのもいいですなぁ」


 ミカはあんぐりとした。

 男たちはその間にも機体の準備を進めていた。

 もともと今朝到着した機体なのだから、再飛行するのにそれほど時間はかからない。一緒に収蔵される予定の機体の左右に飛び出して装着されている機関銃も、ラペリング装置も、現役のままだ。

 これで、すぐに飛び立てる。


「燃料・弾薬は補充してある。すぐに行くぞ」


 ミカは嗣道の言葉に頷き、ヘリコプターに飛び乗った。

 ミカが飛び乗ると同時に、ヘリコプターはエンジンを始動した。

 徐々に回転翼の速度が上がっていく。

 その様子を見ていた望月も、後に続いて乗り込んできた。


「俺もいく! 晴斗、お前は情報を集めて俺たちに送れ!!」


 エンジン音に負けないようにと、望月が残る晴斗に叫んだ。


「了解!」

「望月さん!?」


 ミカは驚いた。

 その表情を見た望月はミカにやさしく笑って見せた。


「令状もなくちゃ俺が逮捕するわけにもいかないが、合同捜査、だろ? 行く末だけは見届けさせてくれや」


 望月の想いに、ミカもうなずく。

 そして、全員がそろったと見たところで、嗣道が機長に告げた。


「よし、東京湾へ向かってくれ」

「了解! お客さんたち、この黒鷹の力、良く見ていてくれよな!」


 ヘリコプターに乗り込んだミカの頭上から、一層轟音が響き、ヘリコプターがふわりと浮き上がる。

 そして、一瞬の後には、窓から見える眼下には地球博物館の敷地の緑が見えた。


「ミカ、これを装備しろ」


 嗣道は飛行が安定したところで、ミカに一つのリュックサックを差し出した。

 チャックを開けて中身を取り出す。

 現れたのは黒い外套だった。

 それはミカが大島逮捕の時に着用し、銃撃戦で穴を開け、隠しながら補修に出していた装備だった。


「……あっ、バレちゃった」

「もとから、お前が撃たれて服に穴をあけたのはあの時に直接見ている」

「……ごめん」

「今はいい。それから、これを持っていけ」

「……嗣道、これって、攻性装備じゃ……」


 学芸員は銃撃戦が発生しても文化財を傷つける可能性を限りなく抑えるために、威力の高い武器の使用を制限されている。

 だからこそ、ミカはいつも低威力の拳銃程度しか携行していない。

 だが、嗣道がミカに渡したのは、制限されているはずの高威力の銃だった。


「そうだ。今回はどうなるかわからない。持っていけ。だが、許可なき使用は禁止だ」

「わかった」


 ミカが手早く装備を身に着けたときには早くも期待は沿岸部に差し掛かっていた。


「もうすぐ東京湾に出るぞ!」


 機内の轟音に負けないように、嗣道がインカムに吹き込む。


「もっと低く飛べ! 見つかったら撃ち落される可能性がある!」

「ちっ、物騒な奴らが相手だな!」


 言われて機長はビルの間を縫うように飛んだ。


「腕は信頼している。頼んだぞ」


 ヘリコプターは東京湾に出て、コンテナの集積されたふ頭上空を旋回した。


「どこにあるんだ……」


 ミカは目に双眼鏡をあてて、眼下を眺めた。


「パナマ船籍、らふれしあ丸」

『輸送計画までシロです』


 ヘリコプターから確認した船の名前を伝え、皇海が情報を確認し、ミカたちに伝える。


「日本船籍、黒白丸、はどうだ!」

『内航船です』


 幾度のやり取りでも、怪しい船は見つからない。

 眼下では色とりどりのコンテナが、船に積み込まれていくが、怪しいと感じる船はなかった。

 夕暮れ迫る東京湾は次第に闇に包まれつつあった。


「東京湾内のコンテナ船が停まっているところは全部回ったよ!」


 すでにコンテナ集積場を三つ回っているが、どこにもそれらしき船はない。


「仕方ない、少し範囲を広げよう。機長、大黒ふ頭にも向かってくれ!」

「了解! 到着まで10分!」

「できるだけ急いでくれ」


 ミカは双眼鏡から目を離さずに、情報を繰り返した。


「コンテナ長は20フィート……」

「おそらく、完全に普通の荷物と一緒に運ぶことは避けるはずだ」


 望月も犯罪捜査のベテランとして意見を言う。


「美術品として出荷しているわけではないはずだが、コンテナで運び出した、ということは美専表示のあるコンテナではないはずだ。しかし、美術品用に空調が必要だから、食品用コンテナの可能性が高い」


 嗣道は学芸員としての知識から、ターゲットを絞った。


「コンテナへの電源が必要だね」

「ああ。このあたりに無登録のコンテナ船があればわかりやすいんだが……!」


 はずれか、またはもうすでに出港されたか、ミカはそう思いかけていた。


「コンテナヤードにない、ってことは、別の、地方の港かな? でも、それだと目につきやすくなる……」

「晴斗、船の方は調べられたか?」

『現在確認できる船はすべてシロです』


 夕闇に染まる港湾部は高輝度の照明がたかれ、コンテナヤードが闇の中に浮かび上がる。

 眠らぬ都市と、24時間操業する臨海工業地帯はまばゆい光を放っていた。

 だが、その光も戦前ほどではなく、眼下のいくつかの人工島は闇の中に沈みつつあった。

 それを見て、ミカが気づいた。


「ねえ嗣道! あそこはどうかな!!? この間連合軍から返還されたっていうふ頭は?」


 ミカから言われた場所を嗣道も知っていた。


「穂積ふ頭か!!」


 穂積ふ頭は、横浜市神奈川区穂積町にある人工島だ。そこは戦前から米国のふ頭がぽつんと存在していた。そして戦中はそこに連合軍が一大輸送拠点を築いていたが、つい最近日本政府へと返還されていたのだ。


「あそこなら軍関係の秘密貨物といえば疑う者もいないし、民間企業もほとんどいないから目につかない」

「ちょっとまて、確か、コンテナ船にコンテナを積むにはデリックっていうクレーンがないといけないって話じゃなかったか!?」

『いえ、そうとも言えません。画像を転送します。これを見てください』


 晴斗がミカたちの端末に転送してきたスクリーンショットは、あるSNSの記事だった。記事には数行のコメントの下にある船の写真が載っている。


「SNSか? この船がどうしたんだ?」

『船マニアの間で、新造の小型コンテナ船が穂積ふ頭に入港していくのを撮影したのが話題になっています。まぁ、その後撮影者はなぜかスパイ活動の罪で逮捕されたんですが、その記録が警察のサーバに残っていました』


 ミカはその画像に映った船の特徴に気付いた。


「この船、コンテナ船にクレーンがついてる!」

「自立積み下ろし能力のあるコンテナ船か。中小港向けにこういう船あるが、新造船か。怪しいな」


 ミカは機長へとお願いをした。


「機長さん! 針路を穂積ふ頭へ!」

「了解!」


 即座に機体が傾き、針路を変える。

 低く、海面を這うように進む先に、穂積ふ頭が見えた。

 ふ頭全体は明かりも少なく、周囲の街明かりから沈んで見えるが、岸壁だけは、明るく照らされていた。


『この船はパナマ船籍登録、会社は……、ペーパーカンパニーのようですね』


 嗣道は決断した。


「この船に学芸員の権限で突入する」


 ミカも頷き一つ。そして、心配そうな望月に笑って見せた。


「望月さん、任せて!」

「バカタレ、任せてられるか! くそ、本当に怪しい船がありやがった。 晴斗!  ここまで来たらしょうがねぇ、海上保安庁に連絡だ! SSTの応援を呼べ」


 望月はそんな様子のミカに、唾を掛ける勢いで悪態をつき、すぐさま、自分のできることを始めた。


『すぐに手配します!』


 ヘリコプターの正面窓を通して、ミカは穂積ふ頭に停泊している一隻のコンテナ船を見た。

 大きな船体に多数のコンテナを積み込んだ姿のその船は、今、目の前で煙突から煙を上げていた。


「見えた!! ……離岸しようとしてる!?」


 ミカは焦ったが、嗣道は冷静だった。


「大丈夫だ。船はそんなにすぐには出られない」


 嗣道はシートベルトを外し、装備を背負った。


「このままヘリボーンする。ミカ、ロープで降りるぞ」


 そして慣れた手つきでロープを準備し、機長に声をかける。


「ヘリを船のコンテナの上に寄せてくれ! ロープで降りる」

「了解!」


 船の甲板には、近寄ってくるヘリを不審そうに見上げる人の姿がいくつも見えた。

 幸いにして、まだ銃弾を撃ち込まれてはいない。

 嗣道はミカの返事を待たず、ラペリングロープを伝って、船に降りた。


「望月さんはヘリで待ってて!」


 そういって、ミカも嗣道に続いた。

 開け放たれたドアから身を乗り出し、望月はロープを下りていくミカに声をかけた。


「くそ、絶対にケガするんじゃないぞ!」


 その言葉に、ミカはロープを伝いながらも上を向き、望月に応えた。


「行ってくるね!」


 数秒の浮遊感の後、トン、とミカはコンテナの上に降り立った。

 そしてヘリが船から離れていく。


「ミカ、散開しろ。船を制圧するには人数も、武器も足りなさそうだ。ミカは、この積み込まれたコンテナの中から、確実な証拠を探せ」

「わかった! 嗣道はどうするの?」

「人数では負けているからな、派手に暴れて目を引きつける」

「了解! 気を付けてね嗣道っ!」


 ミカそういうと、軽やかにコンテナから飛んだ。


「お前もな!」


 コンテナの影に消えていくミカの背中に嗣道はそう言葉を投げかけると、振り向き、ブリッジからこちらを見る人影に向けて大声を張った。


「地球博物館、緊急文化財保護チームの守山嗣道だ! 貴様らの悪事はわかっているぞ! 停船し、投降しろ!」


 もちろんそれで船が停まるとは思っていない。

 注目を集めることが目的だ。


「まだ撃ってこないか? 意外と動きが遅いな。今のうちだ」


 嗣道もコンテナの脇にあったキャットウォークをつかって甲板へ降りる。

 そこでやっと嗣道にむけて発砲があった。


「いまさらか!? ほら、かかってこい!」


 嗣道は振り向きざまの一発で船橋から撃ってきた一人を射抜くと、コンテナの影へと隠れた。

 甲板上は大慌てだった。


「右舷側に一人走っていったぞ!」

「侵入者だ! 全員武装し、第一班は甲板に集まれ。第二班はブリッジを守れ!」

「俺たちはどこに向かえばいい!?」

「お前たちは左舷側から回り込め!」

「うっ、撃っていいんだな!」

「侵入者は射殺しろ!」


 ミカはコンテナの影に隠れることができていた。

 目の前を通り過ぎた人影に安堵しつつ、影から顔を出して周囲を探る。


『くそっ、人数は多いな。ミカ銃声に紛れて進むんだ』

「わかった」


 自分の立てる足音を銃声に紛らせて、ミカは甲板を進んだ。

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