第22話 企画展示室にて①
ミカたちは燃え盛る在明商事のあった雑居ビルから命からがら、博物館へと戻ってきた。
「また、振り出し……?」
龍ヶ崎から得られた情報では真の目的にたどり着くことができなかった。
「こういう時は作品をもう一度見ることが大切だ。宮前に連絡する」
「どうするの?」
嗣道は小さく笑った。
「こうするんだ。………宮前、まだ企画展示室は空いてるな? 計画からずいぶん押しているじゃないか。……まあいい、企画展示室の一角を借りるぞ」
そうして内線を切った嗣道はミカに向き直った。
「ミカ、警視庁が押収した贋作も集める。企画展示室に展示するぞ」
「ど、どうするの?」
「全部並べて見比べる」
数時間後、関係者が集まる企画展示室の中で、宮前が声を上げた。
「やっと展示終わったよー」
企画展用に閉鎖され、準備を進めていた室内には今、贋作工場から押収された浮世絵や日本画が集められていた。
大小さまざまある作品を、ある作品は額装し、ある作品は展示ケースに入れて資料抑えで広げ、そのすべてが最適な状態で展示されていた。
手伝っていたミカもじんわりと汗をかいていたが、展示室内のほとんどは、宮前が一人でてきぱきと展示したものだ。
ゆるふわとした雰囲気に似合わず、てきぱきと動く手先は惚れ惚れするほどの手際だった。
「ごめんね、宮姉ぇ」
「いいのいいの、ただ展示するだけなら気分転換になるし……」
「宮姉ぇ、一番苦手なの、展示ストーリー考えるのと、キャプション書くことだもんね……」
そしてその様子を離れたところから見ている三人の影があった。
「それで、こうやって並んでるわけか……」
地球博物館に訪れた望月と晴斗だった。
「ああ。警察の視点でも見てもらいたい」
「並べてみると、壮観ですね。それに、やはり僕には贋作なのか、本物なのか区別がつきません」
そういうのは晴斗だった。
「そうだ。あそこにいる宮前は優秀な学芸員だが、その彼女でも区別がつかないほど精巧な贋作だった」
「しかし、儲からないのに、なぜこれを作った? しかも、さらに謎なのが、精巧なのに、なぜ、書き換えなんかしたんだ……?」
望月は頭を掻きながら、頭をひねった。
「嗣道、たしかこの浮世絵に書き足されているものは、店の暖簾だったな」
「そうだ」
「他の作品はどうなんだ?」
「それも調べてみたと思って並べたんだ。……宮前!」
展示室の床にへたり込んでいた宮前がむくりと起き上がり、嗣道のそばに寄ってきた。つられてミカも移動してくる。
「はいよ、嗣ちゃん」
「展示助かった。それで、お前にも意見を聞きたい」
「どーいたしまして。それで? あと何を聞きたいの?」
宮前がわかりやすく顔に疑問符を浮かべた。
「ミカが見つけたが、この浮世絵はこの暖簾部分が描きかえられていた」
「そうだね、これはミカちゃんのお手柄だよ……」
「それで、教えてほしい。犯人はなぜこんな改変をしたんだと思う?」
「実は、歴史的に見れば、偽物の一部を変更するってことはよくあるの」
「ほう、そうなのかい?」
宮前の説明を聞いて、望月は意外な顔をした。
「そうなの。例えば、土地の権利の書類を偽造するときに、ありえない元号を使ったり、とかね。あとで、その書類を役人に見咎められたときに言い訳できるように、わかりやすい、でも初見じゃ分かり辛い改変を入れたりしているの」
「なるほどな」
「でもね、この改変はそういうのじゃないと思う」
「写し間違いということでしょうか?」
晴斗が言うが、もちろんそれを信じているわけではない。
晴斗も再び訪れたあの贋作工場を見ていたし、陰謀も何もない単純なミスなのであれば、在明商事の事務所でも、ミカたちは命を狙われることはなかった。
「違うよ、若い刑事さん。……嗣ちゃん、この改変こそが、この贋作を作ったきっかけなんだと思う」
宮前は嗣道をまっすぐ見ながらそう告げた。
「やはり、宮前もそう思うか」
嗣道もうすうす、そうではないかと思っていたようだった。
その様子を見て、ミカは握りこぶしを作って訴える。
「嗣道、やっぱり、全部あたるしかないんじゃないかな」
「そうだな」
そんな時、望月はポン、と手を打った。
「あ、俺、今気づいたぞ。これ、俺達人手のために呼ばれたな」
望月は、ある意図に気付いてしまったらしい。
「あっ……」
「総当たりには人手が必要ですから」
晴斗が望月の肩を叩く。いや、肩をたたくだけでなく、結構力を入れて肩を握りしめていた。
いつも面倒ごとを押し付けられている晴斗から、逃がさない、という意図を感じるほどに。
「美術品の知識はないぞ」
その晴斗の様子に気おされながら望月が言う。
「大丈夫です。押収されたものと、地球博物館の収蔵物、または過去撮影された記録写真と比較すればいいのです」
にっこりと笑ってミカが告げた。
望月には逃げ場がなかった。
「それなら、僕たちでもできそうですね、望月さん」
晴斗が表面だけの笑顔を望月に向けていた。
「しょうがねぇなぁ」
そして、嗣道は別の人物に声をかけた。
「宮前もな」
「ぎっくぅ……」
話の流れから、逃げ出そうとした宮前も、嗣道は確保したのだった。
「さあ、全部確認するぞ」
5人は企画展示室に飾られた作品を手分けして比較確認し始めた。
すると、次々と、書き換えられた箇所が見つかった。
「この古地図は店の名前が書き換えられています」
「別の角度から描かれたこっちの浮世絵にも、この店が描かれているぞ」
「この番付も書き換えられているねー」
そしてそれらの情報を集めていくと、一つの事実が浮かびあがってきた。
「すべて、この店がかかわっている」
「ああ。しかし、この店になんの意味があるんだ?」
「店があったことにしたい、ってことは、なかったものを作ろうとしているんだよね」
ミカも一緒に考える。
「とはいえ、見たところ、普通の飯屋のようだな」
「たとえば、今を飲食店を経営している人間が、江戸時代から営業している、と言いたいがためにここまで手の込んだことをするだろうか?」
「ええ、しないでしょうね。そもそも、歴史ある店と名乗るなら、戦前からあるといえば、今時老舗扱いですよ」
皇海は現代人の感覚を代表していった。
だが、それがきっかけとなった。
嗣道と、望月が同時に頭を上げて、見合った。
「ん? 戦前……。おい、嗣道、この描かれているところは今のどのあたりなんだ?」
「どうやら同じ意見か。……ここは確かに戦中、戦火で更地になっている」
「そういうことか」
ミカは二人の会話についていけなかった。
「え? 嗣道、どういうこと?」
「ミカ、お前もわかるだろう? 戦火ですべてが燃えると、住民票もたどれない」
嗣道の言いたいことはミカにはよくわかった。
なぜなら自分も経験者だからだ。
「そうだね。だから私の本当の名前もわからないんだし……。あっ、そういうこと!?」
都市が区画ごと蒸発し、家も、住民票も、紙媒体も電子データも失われれば、自身がその土地に生きていたことを示すものは自分の証言だけ。
ミカも嗣道が保証人となり、自分の証言だけで名前と戸籍を得た。
「ああ、そうだ。誰かがこの土地に生きていたことにしたかった。住民票だけなら何とかなっただろうが、このだれかは、この飯屋を描くことで、江戸時代からそこに住んでいた人間にということにしたいんだ」
望月も理解が追いついた。
そして警察のカンから犯人の特徴を導き出す。
「おそらくすでにそういうことになっている人物だろう」
「何かのはずみで江戸時代からいる、と言ってしまった人物……」
ミカには想像できなかったが、これまで分からなかったヒントが転がり込んできた。
「成りすまそうとして、戦争で区画ごと吹き飛んだ土地を選んだはいいものの、江戸時代まで辿られて、なにか困ったことになった、というところでしょうか? 江戸時代の浮世絵なら全国に史料が広まっていますからね」
「それがばれそうだから、急いででっち上げようとしていたってことだな」
それなれば、これまでの事件の筋が通る。
「おそらく。だから、赤字でもよかったし、拉致などの強硬な手段に出たんです」
「……美大生や売れない作家ども、よく生きているうちに救出できたな」
「ええ、間違いなく、殺されていました」
「しかし、だれが成りすまそうとしているんだ……?」
ミカはふと、展示室に飾ったものの中で、一つ浮いた存在の物を思い出した。
「どうしたのー、ミカちゃん?」
ミカは吸い込まれるように、その展示物の前へ行く。
見つめる先にあるのは、一つの写真だ。
在明商事から唯一持ち出した写真は、集合写真。戦前の風景を背景に、若い男女が集まって写真に写っている。
「集合写真……。どこかで……」
「これ、秋山さんの家にもあった写真じゃないー?」
ミカの隣に来た宮前がその写真を見てつぶやいた。
そして、それを聞き、ミカも思い出した。
「そうだ、秋山瑞枝の家にあった写真!!」
ミカが突然上げた声に驚き、残る三人が写真のそばに集まってきた。
「どうした」
「何か見つけたんか?」
ミカは写真を見ながら三人に説明した。
「うん、この在明商事で見つけてきた写真、秋山瑞枝の家でも見たことある。……でもおかしい、一人増えてる……だれだろう、この人……見たことある顔……」
「なんだと?」
ミカは考え込んでしまい、嗣道の質問に答えなかったが、答えは宮前から得られた。
「嗣ちゃん、私も見たことあるんだよ! これ、秋山瑞枝の家にもあったの!」
「あの贋作を寄贈したっていう秋山瑞枝と、龍ヶ崎弦儀に贋作を贈った在明商事はつながっている、ということか」
「おい、晴斗、すぐに調べろ!」
嗣道の推理に反応し、望月がすぐに皇海に指示する。
「了解!」
(増えた人物……何かがつながる……。あと、何かが……)
ミカは一人思考の中にいた。
その間に晴斗は携帯情報端末と電話を駆使しながら二人の関係性を調査した。
そして、結果はすぐに分かった。
「在明商事の社長、在明義男は秋山瑞枝と同じ環境団体に所属していました。戦前の話です」
一同は集合写真に向き直った。
「集合写真の、下段、左から三番目が在明商事社長、在明義男です。そして、上段、右から5番目が秋山瑞枝です」
「こいつとこいつか」
嗣道が見る先には若い二人の姿があった。
「二人の仲はどうだ」
「はい。……そして、これ、最近の通話履歴です」
晴斗はさらに重要な資料を持っていた。
望月は晴斗の持っている資料を奪い、目を通し始めた。
「!? 在明と秋山は何度も通話しているな」
「ええ。しかも、その通話が行われた時期は、美大生たちが拉致された後、すぐの時期からで、それ以前にはまったく通話記録が残っていませんでした」
「それは秋山が余命宣告を受けて、昔の仲間に連絡をとった、というだけではないのか?」
「これだけじゃ判断材料にならないが……」
もう一つ、切り口が欲しい。そんなことを思ったときに、宮前が声を上げた。
「やっぱり有名人の多い写真だねぇ。……現役タレントに、弁護士、あとはタレント医者とか……あれ? この人、尾久議員じゃない? 前見たときは気付かなかったなぁ」
宮前は写真に写る一人の人物を指さした。
「ん? 尾久議員だと?」
宮前の後ろから、嗣道も写真を確認した。
「そのようだな。……議員もこの組織に所属していたのか」
「環境団体での活動が政治人生の原点、と何度か演説で主張していますね」
情報通の皇海が、どこかで得た情報を告げた。
その言葉にピクリ、とミカは反応した。
「……嗣道っ!」
「どうした、ミカ」
嗣道はこれまで黙っていたミカの反応に注目した。
ミカが、宮前の指す写真の中の尾久を指さす。
「この写真、尾久議員が足されてる」
告げた言葉に衝撃が走った。
「なに!? 嬢ちゃん、どういうことだ」
「すごく自然になじんでるけど、たぶん、この尾久議員は後から足したんだと思う」
嗣道がもう一度、写真を見る。
だが、嗣道の眼にも写真は自然なように映った。
「画像加工面での判断か?」
「違うよ、嗣道。私は秋山瑞枝の家で、尾久議員がいない、同じ構図の写真を見てるの。秋山瑞枝の家で」
ミカははっきりとした口調で答えた。
その言葉に宮前も得心がいった。
「あそっか、じゃあ私も尾久議員が写ってない写真を見たってことね。確かに、見覚えがないなぁ、とは思ったんだよ」
二人の証言に、望月は眉間にしわを寄せ、顎に手をやった。
「そいつぁ……」
「写真すら、贋作か……」
嗣道も同じ気持ちだった。
「……ちょっとまって、よくわかんないんだけど、そうすると、この尾久議員が、犯人の可能性があるってこと?」
周囲の様子を見て、宮前が言った。
誰も明確に頷かなかったが、そこにいる人間が皆同じことを疑っているのは確かだった。
「嗣道、尾久の選挙区は首都圏第2区だ」
その選挙区は嗣道たちがすでに意識していたある地域と丁度重なる。
「そのエリアは、この浮世絵に描かれている場所に当てはまる」
望月はその言葉に駆けだそうとして、立ち止まった。
天を仰ぎ、頭を掻きむしり、ため息をつく。
「……守山よう、すまんが、俺達で議員先生を捕まえるには、令状を取らないといかん。だが、その令状を取るにも、この証拠だけだとちと弱い」
望月は犯罪を許さない、正しく、法に基づき、規則を守る、この国の警察官であった。
望月の悔しさは、ミカにも分かった。
そして、それを解決する方法にミカはたどり着いていた。
「今ならわかる。嗣道、龍ヶ崎の話を覚えてる?」
望月がミカを見た。
「龍ヶ崎ってのは、嬢ちゃんたちが会いに行った美術品コレクターだったな」
嗣道はミカの言いたいことが分かった。
「龍ヶ崎が我々に伝えた言葉だな」
「……そして、尋ねてきて展示室を訪れた人物は二組だけ」
ミカは指折り告げる。
「一組目は、私たち。そして、二組目は民和党の尾久典司議員だった」
望月の眼が怪しく光る。
「そこにも尾久議員がかかわってくるのか」
「そう。それで、龍ヶ崎が言うには、尾久議員がこう言ったんだって」
ミカは周りの一人一人を見渡し、その言葉を聞いた時を思い出しながら、皆に伝わるようにはっきりと告げる。
『この浮世絵には私の先祖の店が描かれているのです』
「それは……」
「だが、なぜ、議員がそんなことをするの? 尾久議員は地元育ちを自慢にしていたのは知ってるけど……」
宮前はまだ話の流れについていけなかった。
それに、嗣道が端的に答える。
「それが嘘だということだ」
「だが、それが、こんな大それた計画を立てるか!? いや、この話の大きさ、議員先生一人の給料で何とかなる話じゃないぞ!!?」
そういう望月ですら、もはや尾久が怪しいということは理解していた。
だが、犯行に至る背景がさっぱりと理解できなかった。
それでも、するべきことは決まっていた。
「警察で令状を取るにはまだ証拠も弱く、議員相手となれば、上の尻込みもあるだろう。だが、我々学芸員なら可能だ。可能性があるなら、話を聞かなければならない」
嗣道はそう告げると、ミカに視線で合図した。
ミカも同じ気持ちであり、すぐに向かうつもりだ。
しかし、その出鼻は、晴斗の言葉によって遮られた。
「ちょっと、そういう訳にはいかなくなりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます