第11話 未来の技術は定説を覆す

 地球博物館の収蔵庫で贋作を発見した日から、ミカたちには、大島を逮捕した時に取り逃がした三人組の顧客、龍ヶ崎の話にあった怪しい浮世絵の商人、そして収蔵庫にあった贋作の出どころの3つの調査を並行して行っていた。


「なにも手がかりがない……」


 しかし、以前から調査していて手がかりのなかった前者2つの件はもちろんのこと、贋作の出どころもまた手がかりがなく調査は行き詰まっていた。

 唸っていると、ミカのところにコーヒー缶を持った嗣道が現れた。


「仕方ない。一度状況を整理しよう」

「そうだね、嗣道」


 二人はコーヒーを一口飲み、キャップを締めてから席を離れ、資料を集めている机に集まった。

 そしてミカと嗣道は机にこれまでの調査結果を机に並べていった。


「まずは、収蔵庫の贋作を地球博物館に寄贈した人物だ」


 寄贈者についてはミカが調べていたので、報告する。


「うん、名前は秋山瑞枝、85歳。寄贈したのは、昨年の11月。9月に申し出があって、宮姉ぇが現地で現物を確認。博物館に移送されたのが10月下旬。それから調査と書類作成をして、正式に収蔵手続きが完了したのが、11月18日だったみたい」

「その受け入れ手続きに不審な点はない。書類のミスで一回書類を作り直しているが、不審な点ではないな。宮前の場合、書類ミスをしているのをよく見るしな」


 その様子を一緒に見ているミカは嗣道の言葉にクスリと笑って本人から聞いた話も付け加える。


「この時は書類を製本した後に直しが入ったから相当怒られたって宮姉ぇ言ってたけどね……」


 それを聞き、嗣道も何に怒られたのか想像がついたようだった。


「総務部長からか。あの表紙、地味に高いからな。……それはいい、続きだ」

「うん、その後秋山瑞枝は今年の2月に死亡。死因は、病死。末期の癌だったみたい」


 ミカは取り寄せた医療記録を確認しながら言った。


「病死か。病院でか?」

「うん、山の手中央病院」

「死亡診断書は?」

「一応取り寄せた」


 ミカは嗣道に取り寄せた診断書を渡した。

 日付、死因、人名、診断した医師の名前。嗣道は順に確認していったが、ミカと同じ結論に至ったようだった。


「ふむ。これだけだと、おかしな点はなさそうだ」

「そうだね。宮姉ぇは気付かなかった、って言ってるけど、寄贈の問い合わせがあったころにちょうど医者は余命宣告をしていたみたいだよ」


 それを聞いて嗣道は納得することろがあったようだ。


「そうか。生前の遺品整理をきっかけとした寄贈はよくある。その点も違和感はないな」


 ミカも調べていて同意見だった。


「そういう話、よく聞くもんね」

「それで、寄贈者の家の様子はどうだった」

「えっとね……」


 ミカは寄贈者秋山瑞枝の家を調査した時のことを思い出していた。

 子どもがいなかった秋山は山の手地域に家を持っていたが、相続する者もなく売りに出される直前だった。

 令状を示し、鍵を入手したミカは、秋山の家に入った。


「きれいにしてる……」


 秋山は生前、環境保護活動に邁進していたことがわかっていた。

 家の中では環境保護活動に賛同する人間同士の集まりも開いていたようで、キッチンやテーブルは大きなものが置かれていた。

 だが、最後に入院する前にすべて持ち物は整理したのか、少しの生活用具のほかは、きれいに片付けられ、部屋の中はがらんとしていた。


(ここで、贋作を作ったってことはなさそうだよね。……写真?)


 ミカは窓辺に飾られた写真を見つけた。

 写真も多く飾られていたようだが、今は写真立てだけ残して多くの写真は抜かれている。

 ミカは秋山が病室に写真を飾っていたと病院に問い合わせた際に聞いていた。家に残る写真立てから写真を抜いて病室へもっていったのだろう。


(これは集合写真かな……? 珍しいな銀塩プリントだ……。大切な写真だったんだね、なんだかそう感じる)


 少しだけ残された写真の一枚は、集合写真だった。

 秋山が活動していた環境団体の集合写真のようで、背景の様子から、戦前の写真であることが分かった。


(有名人が並んでるなぁ……)


 秋山が活動していた環境団体は極端な性格を持っていたようで、情報化された時代には珍しく、ネット上にサイトを持っていなかった。情報化された社会が実際の世界の環境をないがしろにする根源だと思っていたらしい。

 当初は有名な団体だったらしく、現在も芸能情報や政治情報でネットをにぎわせている人物が何人も所属していた。世俗に疎いミカですら知っている顔が何人もいる。

 だが、そういった極端な団体の常として組織は戦前、戦争直前のころに空中分解し、方向性の違いによって今はいくつかの小さな団体が独立して活動しているらしい。

 秋山はそんな小さな団体のうちの一つの長だったそうだ。


「……って感じ」

「そうか」


 ミカが実際訪れた家の様子も聞き、嗣道は秋山が贋作を作ったわけではないと判断したようだった。


「寄贈者についてはわかった。次は作品本体の話だ」


 こちらは嗣道が調べた情報だった。

 嗣道は贋作を前にして、その周囲に作品についての情報を並べた。


「まずはこの色について、さらに詳細に分析にかけた。その結果、色は違うが、ずいぶんとこだわって作った色だったということが判明した」


 嗣道が指さしたのは、色の成分を分析したグラフだ。

 二つの色について、含まれている成分を書き出しているが、二色は見た目には色は一緒だが、含まれている成分には違いがあるようだ。


「どういうこと?」

「宮前から聞いた情報だが、今の時代だと、同一の色を化学的に合成できるらしい。実際、うちの博物館の展示室にある浮世絵の出来上がる過程を描いた模型にもインクは化学的に合成したものを使っている。模型だし、そのほうが安いからな」


 嗣道はグラフから目を離し、贋作を見た。


「だが、これは違う。当時、この色を作っていたであろう製法を忠実に再現して作られた塗料を使っている」


 ミカは嗣道の話を聞いて唸った。


「うーん、なんだかすごいお金のかかりそうな話だね」

「そうだ。この一枚だけ作るのはもったいないほどの金がかかっている。何枚か作って売っている、というのはありえそうな話だ」

「それじゃあ、その塗料を作っているところを探せばいいんじゃない?」


 嗣道はミカの言葉に頭を振った。


「そうだな。だが、見つからなかった」

「どうして?」

「今はもうこの製法で作っているところがないからだ。この塗料は、贋作を作った人間が自作したものだと思われる。……だが、調べられたのはここまでだ」


 そういって嗣道は腕を組んだ。

 嗣道でも見つからない手がかりにはミカもお手上げだ。


「そっか……。じゃあ時間はかかると思うけど、材料の購買ルートを洗えないかな」

「そうだな、それに取り掛かるしかないだろう」


 嗣道もミカの案に賛成のようだった。


「一緒に探すね」

「ああ。また手分けして探ろう」


 その後二日ほどかけて、ミカと嗣道は材料を仕入れられそうな店を当たった。

 しかし、なかなか手がかりは見つからない。

 ミカが手ごたえのなさに頭を抱えていた時、一件の手がかりとなる電話が嗣道の端末に直接かかってきた。


「ん? ……ミカちょっと席を外す。どこからか電話がかかってきた」

「ん。わかった」


 しばらくして戻ってきた嗣道は、急いでいるようだった。


「ミカ、情報が入った。当たりを引いたようだ。急いで現場に向かう」

「見つかったの!? 分かった、すぐ行く」

「急ぐぞ」


 ミカは嗣道にせかされるまま、装備を手に持ち、車へと乗り込んだ。


「ミカ。今回高い金をかけて贋作をつくった奴が、あのAIによる退色分析の結果を見たときにどう考えるだろうか」


 嗣道が運転をしながら、そんなことをミカに尋ねた。


「えっと……。すぐにばれる、やばい、と思うよね。だから逃げなきゃ、かな?」


 ミカは自分が犯人だったと想像し、答えた。

 だが、嗣道は違うことを想像したようだ。


「そう考えるやつもいるだろう。だが、悪事をやるやつは、金が何としても欲しい奴らだ。そして、そんな奴らには金がない。だから、だれかから金を借りて計画を始めるものだ」

「なるほど。お金がないとまず作れないもんね」


 そういわれるとミカも納得できた。

 その様子を見て嗣道も話を続ける。


「そして、借りた金を使って贋作を作る。だが、その計画が今回AIの分析によって破綻する。だから、これまで高い金をかけて作った贋作はもう売れない」

「そうなるね。……あれ? でも、借りたお金は返さないとまずいよね」


 まさにそこだ、と嗣道は前置きをして言う。


「表の社会でも裏の社会でも借りた金は返さないと行けない。ましてや、裏の社会で金を借りて踏み倒したら命が危ない」

「借金を踏み倒せないってことは、何とか使ってしまった分のお金は儲けなきゃいけないってことだよね。でももう今ある在庫は売れない。……! そっか、犯人は今インクを新しい色に変えて贋作を作っている!?」


 ミカは犯人の思考に追いつき、理解した。


「そういうことだ。可能性があるとは思わないか?」


 ミカは大きく頷く。


「そうだね。ってことは、今私たちが向かっているのは……」

「AI分析よって判明した新しい色のインクを取り扱っている店だ」

「そこでそのインクを買った人物が犯人! 防犯カメラがあれば、それを分析しよう!」


 そこで嗣道は少しだけ口角を上げた。

 嗣道はさらに一歩先まで情報をつかんでいたのだ。


「安心しろ、ミカ。最近その店で大量のその色のインクを買ったやつがいるらしいことまで分かっている」


 久しぶりの進展に、ミカは興奮していた。いつもは冷静な嗣道もそれは変わらないようだった。


「急ごう、嗣道!」

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