マッチの日
~ 九月十六日(水) マッチの日 ~
王子様とお姫様
※
人と人との出会いはすべて運命。
人のバロメータというものを推し測る、いい手段を知った。
日に日にみんなの髪が。
ぼさぼさになっていく。
文化祭まであと三日。
自分たちが所属する部活の出し物もあるし。
なんとか金曜までに準備を終わらせたいところだが。
「まあ、無理だよな」
おそらく土曜まで。
いや。
本番直前までドタバタしそう。
「は……、半分! 台本終わりました……!」
「よし! 読み合わせ始めるぞ! 読み合わせしながら台本直すが、そこからは変更しないつもりだから必死に覚えろ!」
「いや、絶対無理だろ……」
「姫ぽん! 大道具班がパニーック!」
「姫ぽんとはなんだこのやろう!」
王子くんを殴った後。
既に完成してた書き割りをのこぎりでぶった切ったパラガスが磔にされている大道具班の方へ向かった姫くん。
いやはや、姫くん一人におんぶにだっこじゃだめだと思わなくもないが。
こと、演技についてはあいつがいねえとどうしようもねえし。
ちょっと手が空いちまったな。
「しょうがねえ、芝居のけいこでもしてるか?」
「…………エチュード?」
「ではなく。本番の」
俺の知らないところで。
舞台装置を徹夜で作り続けていたらしい。
さすがに疲れがたまってるようだな。
本番まで何日あるのか分かってないのかもしれない。
いつもの美貌も鳴りを潜めて。
生あくびなんかしてた秋乃に。
「マッチ買ってください! 一個二百円!」
「ひうっ!?」
「…………客に抱き着いて買わせるのは反則だぜ、マッチ売りの少女ちゃん」
文化祭というビッグチャンスをものにすべく。
日向さんがエチュード始めたんだが。
「うるさいし邪魔だし離れてるし。保坂菌うつるから」
「小学生みてえなこと言わないでくれる!?」
「ちょっと放すし! ああん、秋乃様ああああ!」
さすがにそんな場合じゃねえだろうと。
小道具班の連中に連れ去られていった。
「よ、よかった……」
「悪いな舞浜、あいつの件じゃ役に立たなくて」
「……秋乃」
「へいへい」
女子相手だから腕を掴んで剥がすわけいかないし。
口じゃ絶対勝てないし。
「今の……、お芝居?」
「マッチ売りの少女改め、押し売りの少女」
「…………マッチ売り?」
「うそだろ? 知らんの?」
膨れんなよ。
さすがに世間は俺の味方すると思うぞ。
「夜道で、年端も行かない女の子がマッチを売るお話しだ」
「あ、知ってた……、かも」
「だろ?」
「通りかかった不良が、ジャンプしてみろって」
「そうそう。それでポケットの中の売上金がチャリンチャリンってばかやろう」
チョップしたら。
えへへとか笑ってやがるが。
知っててわざと知らないふりしやがったな?
すっかり騙されたけど。
これもまた。
「……女性は役者ってことか」
「え?」
「そう! 女子はいつでも役者! だからマッチ買ってくれし! 一個二百円!」
「ひんにゃああああ!」
さすがに、一瞬で顔背けたけど。
こいつ秋乃に後ろから抱き着いて。
掴みやすいでっぱりにボルダリング。
「……日向。お前、あとアウト一つで追放だからな?」
「スリーアウトでチェンジなら、あと二つ残ってるし」
秋乃から手を放して俺をにらむアシュラに向けて。
俺は、両手をワキワキさせると。
「今のはダブルプレー」
「……なるほど」
こいつも一緒に、両手をワキワキ。
「そう言えば日向。なんでマッチ売りの少女?」
「今日はマッチの日だし」
「ああ、確かに」
アシュラとしたのは。
ごく普通の会話。
だと思っていたんだが。
みんなが一斉に遠ざかる。
「なんだ?」
「なんだし?」
「保坂菌……」
「保坂病だと……!?」
「お前ら、ほんとに戦う気ならさすがに覚悟決めちゃうぞ?」
良心派の弁護士探して来てやる。
かかってきやがれ。
……それにしても。
みんな、くたびれてるから。
ちょっと羽目を外したかったんだろうな。
こんなくだらないやり取りに。
みんなして乗って来る。
挙句に。
お前まで来るんじゃねえよ。
「マッチの日なら~、マッチングゲームする~?」
「とんでもねえ事やらかしたくせに。遊んでねえで仕事しろ」
「だって、邪魔だって言われたから~」
「だからって逃げてくんな。あと、そのマッチじゃねえ」
「じゃあ、選挙管理委員会はしまっちゅと監督な~!」
日向の騒ぎで。
集中力が切れていたってこともあるんだろう。
パラガスの世迷言に。
半分以上の連中が乗っかってきやがった。
……連日の疲労とお祭り気分。
双方が拍車をかけた。
普段なら絶対にやらないお遊び。
「じゃあ、気になる異性の名前と自分の名前書いてしまっちゅか監督に渡して~」
きゃーきゃー盛り上がる女子グループ。
けん制し合う男子グループ。
一部、真面目に作業してる連中を尻目に。
マッチングゲームが、今スタート……。
「なんだよ。裾引っ張んな」
「ど、どういうゲーム……、なの?」
ああ、こいつには。
ピンと来ないか、やっぱ。
「紙に仲良くなりてえ異性の名前書くんだ」
「なんで? お金儲け?」
確かに金とったら一儲けできそうだが。
「異性の側も同じ名前書いてたら、まあ、仲良くなれるってゲームだな」
「ふーん……。はい、マッチ代」
二百円渡された。
「いや、そのマッチじゃねえ!」
「な、仲良くなるチャンス……」
そしてなにやら鼻息荒くさせて。
紙と鉛筆取りに行った秋乃だが。
こいつ、ぜってえ女子の名前書きそう。
…………いや。
ひょっとして。
クラスの中に、気になる男子が?
どいつだろう。
こいつじゃなさそうだし。
あいつじゃなさそうだし……。
「監督~! 助けてくれよ~!」
「お前はねえ」
「なんの話~?」
「いや、なんでもねえ。それよりどうした? 深刻そうだな」
「俺~、しまっちゅと夢-みん、どっち書いたらいいんだ~?」
驚いた。
本気でどうだっていい。
「……あたしは選管だから投票しないし。名前書いても意味ないわよ?」
「いや、これはマッチングできなくても~。しまっちゅって書いたのを見てもらう事でアピールしようと~」
「じゃあ、夢野さんとどっち書いたらいいかって聞かれちゃったのは失敗よね?」
「しまった~!!!」
思った事全部口に出すからそうなる。
隠すとこは隠さねえと……?
「ってお前も! 隠せバカ野郎!」
秋乃が折らずに出した紙。
俺の名前だけ書いてあるけど。
ほっとして。
心底バカ。
「自分の名前書かなきゃ、誰が書いたか分からんだろう」
「……あ」
「そして俺は選管だから投票しねえ」
「…………あ」
呆れた連中のせいで頭抱えてたら。
遠くから聞こえたこんな声。
「姫くんはだれにする?」
「遊んでんじゃねえ!」
「だって、ちょっとは気晴らししたいよ!」
「そうだそうだ!」
爆発。
って程じゃねえが。
ちょっと溜まってたうっぷんが。
姫くん一人に降りかかる。
さすがにこれを無視するわけにはいかなかったらしく。
めんどくさそうに。
「じゃあ。西野でいいよ」
そんな公開告白したもんだから。
黄色い悲鳴が至る所から上がった。
……しかも。
指名された王子くんが。
「あっは! じゃあ僕も姫ぽんって書いといて!」
そんなこと言ったもんだから。
騒ぎは俄然ヒートアップ。
カップル誕生の瞬間に。
周りは大騒ぎだが。
当人たちは。
大道具の修理にかかりっきり。
「……当たり障りのねえ相手の名前言っただけなのかな」
「そうかな……。実は本心……、かも」
秋乃に言われて気付いたんだが。
王子くんファンの女子たちも。
二人がお互いの名前を言ったことを歓迎してるように見える。
女子の目から見たら。
お互いに好き同士なことが分かってた。
そういうこと?
「でも、二人とも役者だし。ほんとのところはどうなんだろ」
「……私たちの勘違い?」
「揺すってみたら、意外な本心が顔出したりしてな」
「揺すると、本心が…………」
「俺を揺するんじゃねえ」
小銭がポケットで鳴ったじゃねえか。
カツアゲか。
「本心……」
「出ねえよ、小銭しか」
「……ようよう。マッチで儲けた金寄こせよ」
「うはははははははははははは!!! お前が本心出してどうする!」
というかこれ!
お前の金だ!
「ほれ、マッチングゲームの紙も、お前ら以外出す奴いねえし。そろそろ真面目に練習するぞ」
「うん……」
そもそも、好きなやつへの公開告白。
始める前は、散々盛り上がったけどさ。
冷静になったら誰もそんなことできねえよ。
委員長も、茶番に付き合わされたとかぶつぶつ言いながら。
台本の手伝いに戻っていくと。
みんなも再び作業へ戻る。
でも、そんな中。
なにやら、女子が王子くんと姫くん見ながら。
密談してるけど。
……ほんと。
遊んでる場合じゃねえからな、お前ら。
「ようよう。ジャンプしてみろよう」
「いつまでやってんだお前は!」
「え? 台本通り……、よ?」
おいおい。
この芝居、ほんとに大丈夫か!?
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