スカウトの日


~ 九月十五日(火) スカウトの日 ~

 会員ナンバー17番 立花さん


 ※伊尹負鼎いいんふてい

  大望のために卑しい身分に落ちる。




「あああああああ」

「あああああああ」


 夕暮れを迎えた教室内に。

 むくむくと発生したゾンビたち。


 両手を前にふらふら突き出して。

 うめき声上げながら。

 やたら高速に駆けずり回る。


 それもそのはず。

 二十分の予定だった劇が。


 先生のせいで。

 なんと二時間。


 絶望的な状況に。

 授業時間すら返上して。


 全員総出の大作業。


 ……まあ、本当は。

 ステージを予約してなかった俺たちが悪いんだが。


「あああああああ」

「あああああああ」


 先生のせいにしなきゃ。

 やってらんねえっての。



 まるで台風の暴風域。

 翻弄されるしかないポリバケツになり下がった俺たちの前に。


「おじゃまします」


 教室の前側の扉から。

 もう一つ、巨大な台風が舞い込んできやがった。


「な、何しに来たっ!?」

「おや、お客様。この度は現金百万円という商品を、素晴らしい品というお金でお買い上げいただきありがとうございます」

「逆だ逆! 誰が客だ!」

「ほう。ではこの商品はいらない、と?」

「くっ……! か、買わせていただきます……!」


 こいつの名前は黒崎くろさき萌歌もか


 ……というソウルネームを持つ。


 西野にしの良子よしこ

 王子くんのお姉さん。


 厚底のサンダルにダメージジーンズ。

 ペンキをぶちまけたような柄のシャツは脇がガパッと開いて。

 短距離アスリートが着る競技服のようなインナーが顔を覗かせていた。


「ライブの依頼が急すぎて、音合わせもろくにできないんですが、お客様」


 そして、こいつが肩に背負うのは。

 まごうこと無きギターケース。


 ほんとにミュージシャンだったんだ。


「すまねえ。それより、こんな急でほんとに客来るの?」

「そっちはお客様の心配には及びません。webに公開した即日ソールドアウト」

「……まじか」

「まじでございます、お客様」


 俺の知らねえ世界だが。

 なんでも、西野姉の所属するアマチュアバンドは。

 この界隈では相当有名らしい。


 でも、だからって。

 三百席が一日で完売?


 すげえな。


「助かった。いや、この度は本当にありがとうございます」

「いえいえ、こちらがお礼を言う側ですよ、お客様。それでは早速代金の方をいただくとしましょうか」


 ……萌歌さんと俺との会話に。

 クラスの連中みんなして。

 作業の手を止めて視線を向けてくる。


 そんな中、委員長の目が。

 やっぱりねって物語ってるけど。


 ちきしょう。

 こんな大々的に話そうと思ってなかったのに。


「お客様?」

「ああ、済まねえ。……で? 何すればいいの?」

「その子とその子。あと、その子。撮影モデルをやっていただきましょう」

「ちょっと待てお前! まさか水着の!?」

「違いますよお客様」

「な、なんだ……、よかっ」

「エロ水着の」

「ふざけんなああああああ!!!」


 許可できるわけねえだろばかやろう!

 無表情でよくそんなこと喋れるなてめえは!


「いやいや、ふざけてなどおりません。売れねえんですよ、あれ」

「それがどうして写真撮ったら売れるようになるんだ!?」

「売れるんですよ。写真とセットだと」

「男性客にかよ警察案件だバカ野郎!」


 頭いてえ!

 こいつとしゃべると寿命が縮む!


「ですが。お客様は断ることなどできないはずでは?」

「俺が払うの! 俺に出来ることにしろ!」

「ですから。そのように説得してくださいよ、お客様が」

「冗談じゃねえ! クラスメイトを巻き込めるか!」


 夢中になって。

 つい、らしくねえ言い方しちまったが。


 そんなセリフに、目を見開いたかと思うと。


 西野の姉貴は。

 優しい笑顔を見せてくれた。


「……驚いた。カッコいいわね」

「う……。つ、つい勢いで……」

「その気概に免じて、他の人は巻き込まないであげる」

「た、助かる。そうしてくれ」

「でも、お客様が着た写真付けたところで売れるかどうか……」

「俺が払うってそういう意味じゃねえええええええ!!!」


 会話を始めて一分。

 もう突っ込みすぎてのどがかれて来た。


「仕方が無いから、写真の方を売ることにしましょう」

「だから着ねえっていってんだろうが!」

「男女どっちに多く売れるでしょうね、お客様」

「考えたくねえ!」

「ですが、ライブの儲けをお買い上げいただけるのですよね?」

「ちきしょうどうすりゃいいんだ!?」


 頭を抱えた俺の肩に。

 手をかけてきた我が親友。


 舞浜まいはま秋乃あきのが。


 西野姉を見上げて。

 一言つぶやいた。


「…………男かと」

「うはははははははははははは!!!」

「やっぱそうですか、お客様の彼女様」

「まだ女に売れる方が納得いくっての! あと彼女じゃねえ!」


 とにかく他のものでってことで。

 しぶしぶながら納得しては貰ったが。


 伊尹負鼎いいんふていってことに変わりはねえ。

 一体、どんな要求吹っ掛けられるやら。



 ……あと。

 お前にはチョップだ、秋乃。



 事情を察したクラスの皆だったが。

 こんな状況じゃあ、まともに取り合う余裕はねえようだ。


 それぞれが何となく応援の声をかけてくれていたんだが。


「いたいた! モカちゃん!」


 ……なにやら。

 また邪魔なのが入って来た。


「だれ。部外者?」

「部外者じゃないよ! 俺はモカちゃんをスカウトに来たんだ!」

「ああ、なるほど。それじゃ部外者ですね」

「違うって! 一応関係者! 去年までここに通ってたんだから!」


 なるほど、社会人一年目か。

 どうりでスーツが似合ってねえわけだ。


 それにしても、スカウトなんて。

 萌歌さん、ほんとに有名なんだな。


「……よし、お客様。こいつをこの世から消してくれたら百万円」

「殺人なんか請け負えるわけねえだろ。でもサービスでこいつを追い払ってやる」

「それは頼もしいですね、お客様」

「またまた~! モカちゃん、冗談きついよ~!」

「えっと……、スカウトさん?」

「立花だ」

「立花さん。あんたは百パー部外者だから。今すぐ出てけ」


 事務室に連行してやる。

 そう思って手を伸ばしたんだが。


 こいつ、すばしっこいな。


「はっはっは! 三大イケメンとして女子の手をかいくぐってきた俺を捕まえようなんて百年はええ!」

「くつ! ほんとすばしっこいなあんた!」

「三大イケメン……。保坂君と同じ、だね」

「それはどうでもいいだろ秋乃。……お? 捕まえた」


 なんで逃げんのやめた?


 あと。

 なんだよその怖え顔。


「てめえ! そんな名前で呼ばれてんのか!?」

「え? ……いや、あんたもそう呼ばれてたんだろ?」

「ちきしょうそうだよこのやろう! そんなイケメンがわざわざレコード会社に就職してメジャーデビューさせようって言ってんだ! だから俺と付き合って! モカちゃん!」


 スカウトじゃなくて交際要求!?

 このおっさん、なに滅茶苦茶言い出した?


 萌歌さんに右手差し出して。

 頭下げてるけど。


 支離滅裂だよ。


「……よし、お客様。あたしの代わりにこいつと付き合ってくれたら百万円」

「億積まれてもムリだっての」

「俺だって御免だ一年坊主! ちきしょう、仲間だと思ってた柿崎もやべっちも彼女作ったってのに、俺は……! だから萌歌ちゃん! 付き合って!」

「あたしは、彼氏にするなら幽霊と決めてるから。今すぐそうなってくれ」

「言ったな!? ファンクラブ会員ナンバー二桁台を舐めんなよ!」


 大声をあげて、窓に向かって走り出した立花さん。

 でも、その足が一瞬で停止する。


「こら立花! また一年生からやり直しに来たのか!」

「うお……、先生……」

「部外者が校内にいると知らせを受けて来てみれば……」

「いや、卒業生だから部外者じゃないだろ!?」

「部外者に決まっているだろうバカもん!」


 先生も知ってる人だったのか。

 そりゃよかった。


「とっととこいつを警察へ連行してくれ」

「なに言い出しやがった一年坊主!?」

「そうだな。社会のルールというものを学んでもらわないと……」

「いや待ってくれ! ……そうだ! 廊下で立ってます!」


 おいおい。

 なに言ってるんだこいつ。


 さすがにそんな話。

 先生が了承するわけ……。


「うむ。そういうことならいいだろう」

「いいの!?」

「……保坂」

「ん?」

「お前、立花の代わりに立っとれ」

「はああああああああああ!?」


 なんでとばっちりが来たのか。

 訳も分からねえ俺の手を。


 立花さんは、両手でがっしりと握って。


「懐かしい……っ! まさか、跡継ぎがいようとは……!」


 涙を流し始めたんだが。

 何事だよ。


「……先生。なんで俺が立たなきゃなんねえ」

「そういうものなんだから仕方あるまい」

「あと、気持ちわりいんだが。こいつ、何?」

「かつて我が校の三バカと呼ばれていた連中のうちの一人だ」

「は? 三大イケメンじゃなくて?」

「ああ。三バカだ」



 なんだか。

 急に不憫になって来た。



 しょうがねえから、廊下に出て。

 こいつの昔話を延々と聞いてやった。



 …………いや、ウソつくなよあんた。

 頭に花が生えた人間なんているわけねえだろ。

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