セプテンバーバレンタイン


~ 九月十四日(月)

  セプテンバーバレンタイン ~

 商品ナンバー10 竹皮包3本入


 ※箪食壺漿たんしこしょう

  自分たちを救った軍隊を、民がもてなす




「なんとか、なった」


 俺の一言をきっかけに。

 歓声が湧きあがった朝のHR。


 みんながまとわりついてきて。

 監督監督うるせえから。


 王子くんのお姉さんが払ってくれると伝えて。

 矛先を、その妹に挿げ替えた。


 先生も、珍しく席に着けと叫ぶのを二回で諦めたほどの。

 ぶんぶんうるさいミツバチの群れ。


 ようやく俺から離れて王子くんに群がると。

 そばに残っていたのは、隣の席の。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 と。


「……あんた。なんか隠してるわよね?」


 超高感度センサーを内蔵した委員長だった。


 なんで分かるんだ、こいつ。

 俺、F22に乗ってても委員長に見つかりそう。


 このままじゃ、得体のしれない仕事をさせられそうなことがバレちまう。


 ひとまず誤魔化そう。


「これで問題は全部クリアーできたぜ! 後は余裕だな!」


 そんな俺の言葉に。

 委員長の機嫌は急降下。


 しまった。

 誤魔化す方向間違えて。

 面倒なことになった。


「全然クリアーできてないわよ! まるで今日からスタートだってのに、あんたは……」

「わ、わるい! そうだよな、委員長の言うとおりだ!」

「本番まであと何日あると思ってんの!? そんなことじゃ……、そういえば。何日目のステージなのよ」

「え?」

「え? じゃないでしょ? 土日月のどこでステージ押さえたのよ」


 一瞬の沈黙。

 そのあと。


 俺が自分の鼻先に指を向けたら。


「あんたまさかステージ押さえてないの!?」


 一斉に、ミツバチたちが。

 真っ青になった俺の顔に目を向けて。


 学校中に響き渡るほどの叫び声をあげた。


「「「「監督~ぅ!!!」」」」

「全員でパラガス化すんな」

「静かにせんか!」


 そして今度こそ落ちた攻撃系最大呪文に。

 みんながマヒしたその次の瞬間。


「貴様らが忘れていたようだからとっておいたぞ? 二日目だ」


 さっきを上回る大歓声が。

 遠くの山にこだました。


「うおおおおお!!!」

「先生カッコいい!」

「さすが先生!」

「よし! 先生を胴上げだ!」

「これ食べてください!」

「あたしも、これ!」

「……次に俺が目を開けた時、席に着いていないやつは中間の点から五点引く」


 そんな恐怖のだるまさんが転んだ。

 鬼が目を開けた時は全員が座ってたんだが。


「うはははははははははははは!!! 席! バラバラじゃねえか!」

「……貴様は九十五点で満足か?」

「いや、百五点取ればいい話だ。それよりほんとに助かった」


 まるでアイドルのバレンタインデー。

 教卓の上に積まれたお菓子の山をちょいと避けて。


 俺は、刃物女攻略最後の手段のためにとっておいた。

 ちょっと有名な羊羹の封を切る。


「……悪い気はせんが、勉強に必要のないものは学校へ持って来るな。全て没収」

「まあまあ、固いこと言わずに。箪食壺漿たんしこしょうだ」


 秋乃と食べようと思ってたからな。

 三本入りのとこ、一本だけだが。


 お使い物として名高い羊羹を教卓に置くと。

 

「……ほう?」


 この目。

 ぴくっと持ち上がった片眉。

 豹変した態度。


 好物と見た。


「この菓子の山、みんなの感謝の気持ちなんだから、笑顔で受け取ってくれ」

「俺はバレンタインデーにも菓子は貰わんと決めているんだがな……」


 そう言いながら羊羹に伸ばした手。

 こいつは使えるな。

 覚えとこう。


「まあ、今日から変節したっていいじゃねえか。ちょうど今日はセプテンバーバレンタインだしな」

「なんだ。菓子をばらまく日がまた増えたのか」

「いや? 女性から別れを切り出していい日ってだけで、菓子は関係ねえ」

「世知辛い話だな!」


 そして菓子の山を見ながら。

 複雑な顔してやがるが。


 さっきも言っただろうに。

 べつに、別れたい相手に菓子渡すって日なわけじゃねえ。


「それより、ほんとに助かったぜ。何時からなんだ?」

「十三時から……」

「おお! 理想形!」


 昼飯直後。

 一番客が入りやすい時間帯。


 よく取れたな。

 二本目の羊羹を進呈しよう。


「十五時まで」

「…………ん? 今、なんて?」

「ちゃんと聞け、バカもん。十三時から十五時までだ」

「二時間んんんんんんんんんん!?」

「ああ。よく分からんが、文化祭実行委員のやつに、俺の受け持ちのクラスならそれぐらいだろうと言われたが……。足りなかったか?」


 足りねえどころか!

 映画一本分!


「長すぎだバカ野郎!」

「きさま! 教師に向かってなんて暴言を……」


 先生の反撃が聞こえたのもそこまで。

 再び湧き起こった大騒ぎが。

 全ての音を遮断した。


「使えねえ!」

「どうする気だ!?」

「信じらんない!」

「どうしようもねえな!」


 そして怒れる民衆が次々に教卓へ押し寄せると。

 お菓子はすべて回収されて。


 残ったのは。

 羊羹二本。


「……なんだその剣幕は。まずかったか?」

「いや、別れを切り出す日だから。丁度いいんじゃねえのか?」

「お前は菓子を回収せんのだな」

「ギャラだ」

「ギャラ?」

「芝居は二十分だ。後はお前の手品とお前の小話とお前のびっくりイリュージョンとお前の腹芸で全部繋げ」

「そうはいくか。任せたぞ、監督」

「じゃあこれは回収だ」

「こら、よこせ」


 力任せに二本の羊羹を回収した先生が教室を後にする。


 扉が閉まった後の沈黙たるや。

 耳鳴りが、やけに大きく聞こえるほど。


 そんな中。

 余った羊羹を手に、みんなへ振り向いた俺は。



 一つ深呼吸してから…………。




「どうしたらいいんだああああ!!!」




 俺があげた悲鳴を皮切りに。

 校舎を揺るがすほどの騒ぎが始まった。


「授業なんて聞いてる場合じゃねえ!}

「シナリオ直せシナリオ!」

「出演者も増やさねえと!」

「シーンを! あと三か所は増やすぞ!」

「大道具プラン全部やり直しだ!」

「小道具どれだけ作れば済むの!?」


 阿鼻叫喚。

 上を下への大騒ぎ。


 そんな中。


 呑気に俺の元に近寄って来た秋乃が。

 残った羊羹の封を切る。


「こら。羊羹は棒で食うと美味くなくなるぞ?」


 そもそも。

 朝、約束したからって。


 全部やるとは言ってねえ。


 大口開けて齧りつこうとしてたこいつは。

 一旦元に戻して。


 いつものカチンコを取り出したんだが。


「どうする気だよ」

「カットカット」



 ……さすがに今日は。

 笑ってる場合じゃねえ。


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