警察相談の日


~ 九月十一日(金) 警察相談の日 ~

 レジ番号01番 カンナさん


 ※七縦七擒しちしょうしちきん

  南蛮王は心服して蜀に従属したが。

  俺は絶対心服しねえ。




「そこをなんとか!」


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 その店内。


 千疋屋のフルーツゼリーが乗ったテーブルを挟んで。


 営業時間中だというのに。

 ふんぞり返る刃物女。


 こんな異常な光景を目にしても。

 お客は気に留めることもなく。


 いやむしろ。

 俺たちの様子を楽しそうにうかがっていた。



「お前の学校、購買でウチの商品売ってるの知ってんだろ?」

「もちろん!」

「じゃあ、わざわざ学園祭で宣伝する意味ねえじゃねえか」


 学園祭じゃなく。

 文化祭だけど。


 まあ、そんなとこ否定して。

 心象を悪くする訳にはいかねえ。


「なにとぞ! お芝居のポスター、いや劇中でも宣伝しますので……」

「それが有名劇団とかなら話わかるけど。お前らが主役とヒロインなんだろ? 逆にマイナス効果になるだろうが」

「いえ! 必ず出していただいた金額以上の宣伝効果を出してみせます!」

「ねえねえ。友情補正込みでこんなもんだな、出せるのは」


 そしてこいつはポケットを漁って。

 五十円玉をテーブルに置く。


 くそっ! 投げつけてやりてえけど。

 ここで金の価値ってもん学んだからな。

 そんなことできねえ。


「わはは! 学祭んとき、ウチも屋台出す予定だからな! その金で目一杯宣伝しとけ!」


 刃物女が出してきた宣伝料。

 それを有難そうに手にしながら。


「が、頑張ります!」


 この店での定番セリフを口にしたこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 いや、納得すんなよそれで。

 話、終わっちまうだろうが。


「しっかし、もう金は使っちまったんだろ? どうすんだよそんな大金?」

「いや、だから。なんとかスポンサーになってもらえないものかと……」

「知らねえ仲じゃねえから手は貸してえけどさ。ビジネスとごっちゃにされたらたまんねえぜ」


 まあ、仰る通りなんだが。

 でもツテなんてここしかねえし。


「あと、こんな時だけ敬語使うな。気持ちわりいんだよ」

「そういう訳にはいかねえ……、いきませんよ。これだけの金額の意味、分からない俺じゃない。……ほら、お前もなんとか言えよ」

「か、体でお支払いしますから……」

「なに言い出した!?」

「保坂君が」

「だよな! うはははははははははははは!!! ってひでえな!?」


 てめえいつもいつも!

 まあ、刃物女が笑ってくれたからいいか。


 これで攻略しやすくなれば……。


「わはははは! ほんとおもしれえなお前ら! でも、もうあきらめて帰れ。これから客と会うんだから」

「いや待ってくれ! そういう訳には……、むむ……」


 引き下がるわけにはいかねえが。

 でも、誰かと会う場に居合わせるのもさすがに失礼か。


 そう思って、席を立とうとしたその時。


「カンナさん、お久しぶりです……」

「おお来たか! 元気だったか?」


 ドアから入って来たのは。

 以前、一度だけお会いしてる。

 この店の先輩だ。


「……あら? 久しぶりね」

「どうも、お久しぶりです雛罌粟ひなげしさん。春姫ちゃんを笑わせる会の時にはお世話になりました」

「え!? 名前、憶えていてくれてたの? 凄いのね……」


 目を丸くさせている雛罌粟さんに。

 秋乃も頭を下げる。


 愛する妹のために一肌脱いでくださった方だ。

 当然お前も覚えてるよな。


「ご、ご無沙汰してます、副会長……、さん」

「こちらこそ。えっと……」

「舞浜です」

「そうそう、ごめんなさいね?」


 雛罌粟さん、名前覚えてなくて申し訳なさそうにしてるけど。

 それより秋乃。


「副会長?」

「うちの生徒会の、副会長さん……、よ?」

「まじか」


 いや、全然知らなかったぜ。

 こりゃ失礼した。


「すまねえ、知らなくて」

「気にしないでいいわよ。……カンナさん。これ、文化祭の資料です」

「おう! なんだかんだで、夏はプラマイゼロになったからな! 屋台出させてもらって助かったぜ葉月! これで儲けてやる!」


 そして刃物女が資料をめくり出すと。

 手持ち無沙汰になった雛罌粟さんが。


 菓子折を見て。

 俺に問いかけて来た。


「……カンナさんに、何か頼み事?」

「ちょ、ちょっと事情が……」


 相手は副会長。

 トラブルを耳に入れるわけにはいかねえ。


 そう思ってたんだが。

 刃物女が、資料見ながら勝手に話しちまいやがった。


「こいつらバカだから。学園祭で劇やるのに、百万使っちまったんだってさ!」

「百っ……!? ……そ、それ、大丈夫なの?」

「いや、それでこの店にスポンサーになってもらおうと思って……」

「ねえねえ。葉月に頼めよ」

「私もなんとか協力してあげたいけど。お金の援助はできないわね……」


 刃物女の無茶ぶりを。

 この人、真面目に考えてくれてるけど。


「いや、雛罌粟さん巻き込むなって」

「じゃあウチは巻き込んでいいのかよ」

「う。……そ、そこを何とか」

「なんねえ」

「ほら、秋乃も頭下げろよ」

「下げられたって出ねえもんは……、ん?」


 資料から顔をあげて。

 飲み物持ってきてくれた店長さんに遮られながらも。

 俺と秋乃を交互に見始めた刃物女。


 急にどうした?


「お前ら……、付き合い始めたのか?」

「え? いや、ぜんぜん?」


 秋乃も、こくこく隣で頷いてるけど。


「なんでそんなこと言い出した?」

「だって、舞浜って呼んでたろ、お前」

「ああ、そのことか。郡上踊りん時に、友達なんだから下の名前でってことになってさ」

「ふーん。…………郡上踊り?」

「連れてってくれたじゃねえか。もう忘れたのかよ?」

「いや、まてよ? ちょうど百万ぐれえだって言ってたな」


 そしてなにを思ったか。

 刃物女は、携帯を取り出しながら雛罌粟さんに質問した。


「おい葉月。学園祭っていったらステージぐれえあるんだろ?」

「ええ、体育館と校庭に」

「そうかそうか。……おお、もしもし? 今ヒマか? ……ヒマヒマ詐偽ってなんだよ」


 なんだよステージって。

 ハンバーガーのライブクッキングでもする気か?


 商売熱心なのはいいことだが。

 俺たちの必死さも汲んでくれよ。


「……いや、だから話聞けよ。お前さ、タダ働きしてくんねえか?」


 なんて横暴な。

 シェフでも呼んでこき使おうって腹なのかな。


 そういや、郡上踊りん時も。

 宿、タダにさせてたな。


「お前にも関係ある学校で……、そう、そっちの仕事。二十一日。……今からじゃ無理? そこは気合入れろよ。で、売り上げを寄付してもらいてえんだ。……いや、学校じゃなくてクラスに」


 ……ん?

 寄付?


「どうしてかって言うと……、え? 妹からも同じこと言われた?」

「お、おい。それってもしかして……」

「なあ、お前らのクラスに、西野って女いるか?」


 急に話を振られたが。

 これ、どう返事をしたもんか。


 誰かに頼んで仕事してもらって。

 その儲けを俺たちにくれるように言ってるってのは分かるんだが。


 そんな話に。

 王子くんを巻き込んでいいのか?


 秋乃も、不安そうに俺を見てるが。

 ここは刃物女を信じよう。


「…………いる」

「ははっ! 同じクラスだってよ! ……おお、そこまで知ってるなら話がはええ。……報酬? ……ああ、それでいいんじゃね? じゃ、すぐ準備始めてくれ」


 なんだか、話はまとまったみたいなんだが。


 不安だらけ。


「ってわけだ」

「わけだ、じゃねえ。電話向こうの声、聞こえてねえんだから。説明してくれ」


 当然の反論したら。

 こいつは、そりゃそうだとか笑いながら。


 今の電話の内容を。

 丁寧に教えてくれた。



 ………………

 …………

 ……



「…………え? でも、そんな準備誰がやるんだ?」

「そりゃ心配ねえだろ。なあ?」

「大丈夫。生徒会が準備してあげる……」


 雛罌粟さんが即答してくれたけど。

 そんな簡単な話じゃねえだろこれ?


「いやいやいや! 嬉しいですけど今からじゃ大変でしょ!? 大作業だ!」

「さっき言ったでしょ? お金は無理でも、手は貸すって」

「待ってくれ! たった一度会ったことがあるだけの男に、ここまで親切にするやついるか?」


 思わず席を立って。

 雛罌粟さんへ訴えかけた俺に。


 返って来たのは、能天気な笑顔と。

 衝撃的な言葉。


「私の先輩は、もっと親切だったわよ?」

「はあ!?」

「その人からもらった優しさは、とても返しきれるものじゃないから。だから、あなたたちにバトンを渡すことにしただけよ?」

「な、何を言って……」


 返事に窮した俺を尻目に。

 一歩前に踏み出して。


 深々とお辞儀をした秋乃は。


「わ、私も後輩が出来たら! か、必ずバトンを……、渡します!」


 そう、高らかに返事して。

 店内中のお客さんから。

 拍手されていた。




 ……でも。




 こんなの。

 普通じゃねえ。



「わはは! よかったなバカ兄貴! 良い先輩持って!」


 刃物女も、いつものように首に腕まわしてきて。

 高笑いしてやがるが。




 こんなの。


 俺には理解できねえ世界だ。




 ……なにが親切のバトンだよ。


 おかしいだろお前ら。



 自己犠牲ってやつは、確かに美しい。

 でも、それはせいぜい普段の生活レベルの話だ。


 これは。

 そんな基準で語っていい話じゃねえ。


 なのに、なんで。




 お前らは。


 そんなに笑っていられるんだ?




 俺の中の常識が崩れていく。


 これは、成長なのだろうか。

 それとも…………。




「……カンナさん」

「おう、まだなんかあんのか?」

「いや、礼言わせてくれ。…………この度は、ありがとうございました」


 今回ばかりは。

 心底見直した。


 このパターンで。

 今まで何度も裏切られてきたが。


 今日は。

 今日こそは。


 お前のことを、本気で信頼できる人なんだと……。


「いや、礼はいらねえ。当然ただじゃねえし」

「……は?」

「あいつ、性格悪いから。覚悟しとけ」



 …………なにそれ。



「え!? 俺、何させられんだ!?」

「さあ。すげえ嬉しそうにしてたけど、あいつ」



 ……そう、あいつ。

 俺はあいつに。

 百万円分。


 なにされるんだろう。




「……やっぱり」

「ん?」

「やっぱり俺はお前のことを一生信用しねえ!!!」




 だってこの身売り。



 警察案件。


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