休養の日


~ 九月八日(火) 休養の日 ~

 出席番号 18番 保坂凜々花


 ※袒裼裸裎たんせきらてい

  無礼な事。元々は、裸になるって意味。




 今日は一日休養日。

 その理由はもちろん。


 けん引役の姫くんと王子くんが。

 部活の方で忙しいから。


 という訳で。

 珍しくまっすぐ家に帰ってきたら。


 俺より珍しい人が先に家にいた。


「お袋ぉ!?」

「あんた、第一声がそれ?」


 いや、そうなるわ。

 珍しいったらありゃしねえ。


「こっちで仕事か?」

「そう、明日っからしばらくは。今日は代休にして移動と休養!」

「……それで休養になるのか?」

「いやあ、この子、年々重くなって堪えるわ」

「えへへへへ!」


 手を洗ってうがいして。

 牛乳入れてダイニングのいつもの席に腰かけると。


 お袋も、べったり張り付いた凜々花を背負ったまま。

 俺の向かいに腰かけた。


「……そっち、親父の席」

「んなもん決まってないでしょうが」

「いや、決まってるっての」

「そんなことどうでもいいから。ここんとこ遅いって聞いてるけど、部活でも始めたの?」


 ああ、これは。

 勉強時間の心配か。


「ちげえよ。文化祭の準備」

「凜々花、おにいの文化祭行ってみてえ!」

「ちょっとうるさい! 耳元で大声出さないでよ!」


 今更耳押さえて渋い顔するお袋には台本差し出しながら。

 はしゃぐ凜々花に条件を出す。


「春姫ちゃんと一緒になら来ていいぞ。お前、保護者いねえとぜってえ問題起こしそうだし」

「ほんと!? よっしゃ、ハルキーに拝み込んでみる!」

「拝むのか!?」

「そんでそんで! どんなバンド来るの!?」

「東京の学祭じゃねえんだからそんなの来ねえよ」

「じゃあ、凜々花がバンドやる!」


 牛乳飲みながらこいつと話してるとあぶねえな。

 危うく噴くとこだった。


「……うちの学校入れたら思う存分やればいい」

「おお、そんまでおあずけでござるか……」

「当たり前だ。そもそも楽器なんかできねえだろ?」

「凜々花、あれうめえよ! ボイパ!」

「はあ!?」


 ボイスパーカッションやってるとこなんて聞いたことねえ。


「じゃあやってみろよ」

「いいよ! ……くっちゃ、くっちゃ」

「きたねえ!」

「汚いわねあんた! それ何の音のつもりよ!」

「イカ燻噛んでる時の音」

「……っぽい」

「ぽいわね」


 ぽいけども。

 得意げになってるとこわりいが。

 それはボイパとちょっと違う。


「やれやれね……。それよりあんた、王子様役?」

「ああ、そうなるな」

「へえ! おにい、王子様やるんだ!」


 いつの間にやら、台本読んでたお袋が。

 蛍光ペン入れてあるとこで判断したんだろうな。

 俺が芝居やるなんて珍しい事件に。

 今更目ぇ丸くしてやがる。


「……できるの?」

「やるしかねえだろ」

「あんたが?」

「…………やるしかねえだろ」


 そして腹抱えて笑い出すとか。

 それでもお前は俺のマミー?


「失礼だな! なんだそのリアクション! あと、凜々花も一緒に笑うな!」

「だって! できるわけないでしょ!?」

「おにい、木の役はプロいけどね!」

「ああ、あれね! 本気でどこにいるか分からなかった奴!」

「ぼっちにかけちゃ右に出るものなし!」

「こら凜々花! 俺だって泣く時は泣くぞ!」


 覚えとけよ!

 今日のチャーハンはいつもよりしょっぱくなるからな!


 俺は、腹立たしさにまかせて台本をふんだくって。

 牛乳を一気飲みして席を立ったんだが。


 お袋が、ちょっと待てと声をかけて来た。


「あんた、練習しといた方がいいんじゃないの?」

「う。……明日っから演劇部の奴が指導してくれるから平気」

「お母さんが教えてあげるわよ」

「いや、そうは言っても……」


 確かに、ちょっとは練習したいんだが。

 それが家族相手となると、勝手が違う。


「……なんか、恥ずかしいし」

「バカ言ってんじゃないわよ。このお姫様、秋乃ちゃんなんでしょ?」

「よく分かったな」

「じゃあ、みっともない真似させるわけいかないじゃない! ほら、席に着く!」


 なんで相手が秋乃だと大根役者じゃダメなのか。

 なんでお袋に指導されなきゃならんのか。


 もろもろ葛藤はあるが……。


「……よろしくお願いします」


 改めて台本差し出すと。


「やらして!」


 話の流れも読まねえで。

 凜々花が姫を演じ始めた。


「カイン王子様……! 私が敵をひきつけます! その隙に……、聖剣を!」

「うめえな凜々花!」

「……え?」

「え?」


 いやいや。

 初見でどうしてそこまで上手く読めるんだよ。


「まあいいか。じゃあ、ママがカイン王子?」

「いいねいいね!」

「ひ、姫様、しばしのご辛抱を! ええい、くそっ! なんで僕の剣はこんなに重いんだ!? これじゃみんなの足を引っ張るばかりじゃないか!」

「うめえなお袋も」

「え?」

「……いや、上手くもなんともないでしょ。それよりひどい劇ね、これ」


 あれれ?

 なんだこの状況?


 普通なの?

 あんたらには芝居が出来て普通だっていうの!?


「いや、うめえって」

「まあ、女は生まれつき役者とは言うけど……」

「ねー! 凜々花も役者!」

「そんなことより。あんたのセリフよ?」

「お、おお」


 こりゃ、負けてらんねえ。


 バッチリ丸暗記した俺のセリフ。

 二人には敵わないまでも。


 しっかり張った声で!

 お見舞いしてやるっての!


「カインー! 剣ならー! 俺のレイピアを使えー! さあともに姫を助けよー!」

「え? 冗談よね」

「おにい、ガチならすげえよそれ。凜々花、お風呂上がりのアイス、今日はおにいにあげる」

「そこまで下手!?」


 そして始まる酷い形容。


 いや、絶望的とか。

 人前に出しちゃいけないとかは分かるけど。


「牛の方がマシってどういう意味だよ!」

「そのまんまの意味よ! この大根役者!」

「もーもー言ってる方が上ってこたねえだろ!?」

「牛王子がいたら会場大爆笑でしょ? しかも王子、打ち上げでも大活躍!」

「食ったよな!? 今、頭ん中でキャンプファイアーに王子突っ込んだよな!」

「これは……、凜々花!」

「がってんしょうちのすけろくゆかりのえどざくら!」


 お袋の号令で。

 背中から飛び降りた凜々花が。


「ちょおっ!? おま、なにしやが……っ!」


 いきなり俺の服に手をかけて。

 制服剥ぎ取ると。


 自分でそいつを着始めて……。


「どう!?」

「どうもこうも! どうする気だよ!」

「おにいの代わり!」

「バカなの!?」


 バレるとかどうとか言う問題じゃねえ!


「行ける?」

「うーん……、ギリ、行けるかな」

「行けねえよ!? なに言ってんの二人して!」


 お袋も、大真面目に制服の裾折り返してるけど。

 わざとだよね冗談だよね?


「これは……、タック入れて、丈詰めて……」

「凜々花、牛乳飲んで来る!」

「無理だから身代わりとか! こら凜々花! 制服引きずるな!」

「一リットル飲めば一センチは伸びるから! 頑張れ凜々花!」

「うい! ごくっ、ごくっ。保坂家の名誉のためにガンバ……、げふっ!」

「このばか! 制服に牛乳零すんじゃねえ!」


 ああもう、制服びっしょびしょじゃねえか!


「大真面目に身代わりとか言ってんじゃねえ! 無理に決まってんだろ!?」

「なに言ってんのよ。真面目にそんなこと言ってるわけ無いじゃない」

「当たり前だよおにい」


 こいつら……っ!


「真剣にやってたようにしか見えなかったんですけど!」

「女は生まれつき役者だからね!」

「ねー! 凜々花も役者!」


 まったく!

 呆れ果てて物も言えん!


 俺は台本掴んで。

 部屋に戻ろうとしたんだが……。


「何やってんのよ。ほら、練習始めるわよ?」

「はあ!?」

「あんな大根のままじゃ、あたしが恥かく! ほら、シッダウン!」


 やれやれ。

 さんざん遊んどいて今更なに言ってんだ。


 でも。

 この剣幕には逆らえん。


 とりあえず従うとしても、だ。

 一応文句は言っておこう。


「……このままでか?」

「それがどうした! ほら、最初のセリフから!」

「ほんと、勘弁してくれ……」



 こうして俺は。

 親父が帰って来て、下着姿のまま熱演する俺の姿を見て悲鳴を上げるまで。


 お袋に特訓され続けることになった。

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