CMソングの日
~ 九月七日(月) CMソングの日 ~
出席番号30番 夢野さん
※
事情と心情とをよく聞いて、間っこをとる。
なんとか上がった脚本を手に。
今更思う事。
これ、二週間で間に合うのかな?
でも、文句は言うまい。
俺たちも手伝ったとは言え。
結局ほとんどこの人の作品。
土日できっちり仕上げてくれた。
細井君が心なしか細く見える。
ようし、課題もほとんどクリアーできたし!
あとは本番まで一直線だ!
「さて、監督! 劇伴どうする?」
……まじか。
出鼻くじくんじゃねえよ。
でも、文句言おうと思っていたら。
「まずは自分達で考えてから相談しなさいよ!」
「じゃあ……、CMソングとか使っていいのかな?」
「著作権は?」
「お客からお金取らないんだから平気だろ?」
「平気じゃねえだろ」
「フリー音源使おうぜ」
「よっしゃ、じゃあネットで探してみるか」
なんと。
勝手に解決してくれた。
そんな方向に導いてくれた救世主。
最初に、自分達でやってみろと言ってくれた人は。
「……助かったよ、委員長」
「あんたは大根なんだから。そっちに集中しなさいよ」
台本を指差したあと。
各班の状況を確認しに行ってしまった。
なんだかんだ文句言いながらだけど。
あと、とげとげしいけど。
衣装の件と言い今回と言い。
頼りになるな、委員長。
そんなこと考えてた俺に。
パラガスが、図面片手にまとわりついてきたんだが。
「しまっちゅ、かっこいいよな~」
「おまえ、夢野さんは」
「それはそれ~」
「……なんで大道具がこっちに混ざって来たんだよ」
「だって~。班長がこっちに来たんだからしょうがねえだろ~?」
言われてみれば。
台本に真剣に目を通しているのは。
誰あらん、大道具・小道具の班長。
姫くんだ。
「……よし。細井、稽古の都度書き直し入れてくぞ。もうちょっと頑張れ」
「も、もちろんですよ……」
「じゃあ早速読み合わせするぞ。甲斐と西野がいないから、俺が代役やる」
一人で二役か。
さすが姫くん。
そして。
ふらふらしてる細井君に。
チョコバーを一本渡しながら。
俺と一緒に姫くんの横に立つのは。
いつになく真剣な表情を浮かべてるが。
そうだな。
俺も真剣にやるか。
「よし、じゃあ通しでいくが、ちゃんと感情を込めて読むように」
「うん」
よし。
俺たちの本気。
見せてやろうぜ!
「……ああー。あの月が満ちる時までにー。私は事を成せるのかー」
「姫様ー。なぜー。あなたは月を仰ぎながら嘆いていらっしゃるー」
「カットカット!」
まだ二行。
始まったばっかりだってのに。
姫くんは、秋乃が作ったカチンコを打ち鳴らして。
俺たちの真剣な芝居を止めた。
「おいおい。一行ごとディレクション入れる気か? 終わらねえだろ」
「ディレクション以前の問題だ! なんだ今の棒読み!」
「いや、そんなこと言われても……」
カチンコこっち向けて鳴らすな。
怖えよ。
「はあ……。芝居経験ない小学生でももっとまともにできるぜ?」
「まじか」
「読み合わせどころじゃねえな。先に舞浜に指導するから、お前はセリフ暗記しとけ」
そして始まる熱血指導。
秋乃にも分かりやすく心情を説明してからの、姫くんのお手本。
「ああ……。あの月が満ちる時までに、私は事を成せるのか……」
そして湧きあがる拍手と黄色い悲鳴。
やっぱ、姫くんがお姫様やった方がいいんじゃね?
「ほら、みんなさぼるな! 本番まで二週間! 遊んでる余裕なんてねえぞ!」
いやはや、姫くんが怒るのもごもっとも。
俺も、言われた通り。
台本丸暗記しておこう。
……たった二十分の劇とは言え。
シーンは多い。
でも、姫が各王子に依頼した中ボス退治は。
一つのシーンにまとめたのか。
「なるほど……」
焦って剣を落とすカイン王子をかばうニシーノ王子。
敵に掴まったカイン王子を前に、やむを得んと剣を地面に突き立てるタツヤー王子。
「……ん?」
泣いて許しを請うカイン王子に襲い掛かる中ボスたち。
それを颯爽と助けるアキノ姫。
「ちょっとまて」
なんか、甲斐の役だけ。
かっこ悪いし、ひどい……。
「ほ、細井君。これ」
俺は、チョコバーを齧りながら姫くんの指導を眺めていた細井君に。
週末にみんなで書いていた台本と随分違うと指摘したら。
「ふっふっふ……」
「ふっふっふ?」
なんだろう。
今までのおおらかな雰囲気はどこへやら。
口元を歪めて、顎のお肉を揺らしながら。
細井君は、急に大声を上げ始めた。
「文化祭と言えば! 恋!」
「どうしたんだよ、パラガスみてえなこと言い出して」
「だがそれは、なにも始まりばかりを表す言葉じゃない! 恋の終焉をも演出する舞台となりうるのです!」
「そ……、そうなのか?」
急な騒ぎに、教室内にいた連中が。
一斉に手を止めて見守る中。
細井君は握りこぶしを振り上げて。
その想いをぶちまけた。
「甲斐君には、せいぜいかっこ悪い姿をさらして恋人と別れてもらいましょう!」
「はあ!?」
「私は……、私は! 入学式の日からずっと夏木君が好きだったんだ!」
おお。
という声も上がったには上がったんだが。
ほとんどの皆が上げた声は。
うわあ。
それもそのはず、我がクラスのベストカップル。
甲斐ときけ子の仲は誰もが認めるレベルだからな。
当然と言えば当然の反応。
それを当人たちがいない今だからとは言え。
ぶちまけられてもなあ。
それにしても、これ。
絶対奴らの耳に入るだろうな……。
「それは……、諦めろよ」
「あいつら似合いすぎだから」
細井君の肩を叩く幾人かの腕を振り払って。
彼の叫びは続く。
「いいや! 先日は宿題忘れを指摘して立たせるような真似をして! 私だったら自分が犠牲になりますよ!」
「だからって、この台本?」
「そうです! この劇で、私は甲斐君の沽券を破壊し尽くしてみせます!」
「そうは言っても……。こんな台本じゃダメだよな、最上」
「なんでだ? 王子それぞれに個性を付けるならこれぐらいでちょうどいいと思うが」
この芝居バカめ。
この扱いは可哀そうだっての。
もはやどう畳まれるか見当もつかない風呂敷に。
誰もが固唾を飲んだまま見守る中。
呑気な方から数えて一、二を争う。
この二人がもそもそと会話を始めた。
「細井君、熱いけどー。迷惑な感じー?」
「ぐはっ!?」
「も、もう二人はお付き合いしてるから……、諦めた方がいい……、よね?」
「ぐははっ!?!?」
おまえら。
そういう話は聞こえるように言わないであげて。
夢野さんと秋乃がばっさり切り捨てると。
のけぞって苦しみもがいた細井君。
でも、徳俵いっぱい持ちこたえて。
土俵中央まで押し戻す。
「いやいや! 可能性はゼロではないはずです!」
「そうかなー。なさそうって感じー?」
「CM前の、『この後、衝撃の展開に!?』的な!」
「CM明けたらー、大したオチじゃなくてー、そのまま次の番組に行くパターンっぽい感じー?」
「ぐはっ!? ……よ、良くありますよねそのパターン……」
ひでえ!
「言い方! 細井君、立ち直れなくなるっての!」
「えー?」
「秋乃、頼む!」
俺の嘆願に、任しとけと。
胸を叩いた秋乃が。
細井君の肩に、そっと手を添えながら。
うまいことオブラートに包んだ言い方をしてくれた。
「……細井先生の次回作にご期待ください」
「うはははははははははははは!!! ってばかやろうオブラート穴開いてんじゃねえか! 細井君! 細井くーん!」
仰向けに倒れちゃったけど。
恋愛経験ない俺にも。
ちょっとだけ気持ち分かるぜ。
女子は恋を三日で忘れるって言うけど。
男はしつこいんだ。
「こ、こうなったら最後の手段……。姫を色香でたぶらかして、ぼろ雑巾のように捨てるシーンを追加してくれる……」
「だれか! 細井君に日常系四コマ雑誌を! このままではフォールダウンが始まる!」
「いや、ネコ動画だ! 誰か狭いところに入っちまう子猫の動画を!」
今にも堕天しそうな細井君を押さえ付けて。
みんなが右往左往する中。
ばっさり切り捨てた張本人が。
細井君の目の前にしゃがみ込む。
「夢ーみん、離れろ! 頭から飲み込まれるぞ!?」
「細井にブクブク取り込まれて、腹から顔出す図しか想像つかねえ!」
なんだか失礼千万な言葉が飛び交うのも意に介さず。
夢野さんは、グミを差し出しながら。
「えー? でもでも、細井くん、優しいからすぐに彼女出来ると思う感じー? はい、これ食べて元気出してー」
「は、はあ……」
「これ美味しいよねー。ほっぺた落ちティー」
「は、はい。ほっぺた落ちティー」
おお。
なんとか暗黒化はまぬかれた。
マッチポンプに見えなくもないが。
でもこれで、細井君も次の恋に進むことができるだろう。
……まあ、そのお相手が。
夢野さんになったとしたら……。
「そ、その。つかぬことお伺いしますが……」
「あ、ちなみにあたしは細井君NGだよー?」
「ぐはああああああ!」
あわれ。
彼が立ち直るには。
もうちょっと時間がかかりそうだ。
「あー。監督ー」
「ん?」
「大道具の材料、明日あたしが買って来る感じー」
「そうなのか?」
いや、もちろんすぐにそろえねえと間に合わないんだが。
「すまん。まだ費用集金してねえから金ないぞ?」
「わかったー。じゃあ、たてかえとくー」
助かった。
とは言っても、すぐになんとかしねえと。
早速徴収の準備をしねえと。
そんなこと考えてたら。
パラガスが巻き付いてきた。
「……なんだよ」
「夢野さん、可愛いよな~」
「おまえ、委員長は」
こいつには。
あとで細井君のつめの垢。
煎じて飲ませよう。
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