くしの日


~ 九月四日(金) くしの日 ~

 出席番号16番 知念さん


 ※綾羅錦繍りょうらきんしゅう

  煌びやかな服。あるいはそんな服を着てる人。




 ここのところ。

 放課後はいつもこんな調子。


「監督。音楽どうするよ」

「げ。……ああ、考えとく。教えてくれて助かった」


 順調に宿題はクリアしている。

 でも、減った分増えるから。

 まるで終わりが見えてこねえ。


 音楽か。

 どの班に任せりゃいいんだ?


 でも、今はこの。

 最大の問題に目を向けるターン。


「音楽って……、金かかるのかな?」

「どうだろ。……はい、計算できた」


 最大の問題。

 費用について計算してくれたのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 邪魔しているのやら手伝ってくれているのやら。


 トントンな所ではあるが。


 でも、慣れねえ監督業をする俺と。

 一緒にいてくれるだけで。


 心強かったりしている。


「やっぱかかるな……」


 そんな秋乃が作ってくれた費用一覧。

 合計の欄に書かれた数字は。


 十万円。


 クラス、一人ひとりから。

 三千円ずつの徴取。


 屋台とかだったら儲けも出るのに。

 芝居だと払うだけ。


 中には、芝居なんかやりたくねえ奴もいるだろうに。

 三千円って。


「……しょうがねえ。費用減らすためなら何でもするか」


 そんな決意を呟いたところへ。

 お騒がせ女がやって来た。


「あっは! 暗い顔してるね!」

「この顔はうまれっつきだよ。何の用だ、王子くん」

「姫ぴよから頼まれててね。メイクにこれだけかかるからよろしくってさ!」

「姫ぴよって」


 いくら殴られても気にもしねえで。

 その日の気分で呼び方変えてるけど。


 どMなのかなこの人。


 ……って!


「たけえよ! なんでメイクに五万もかかるんだよ!」

「あっは! 姫ぴよは本物志向だからねっ!」

「却下に決まってんだろ。部活と違って、みんな好き好んで金出す訳じゃねえんだから」

「でも、姫ぴよのことだから予算が無いと自腹切ると思う」

「そうか……。よし、後で話しとく。なんとか安く済ませてもらえるように」


 五万ってのは論外だ。

 費用一覧見せて、ノーメイクで芝居するのを納得してもらえればベストなんだが。


 どうしても必要だって言うなら。

 なんとか安く済ませられるように考えねえと。


 でも、安くって言っても一万円くらいかかりそうだよな。

 どこからそんな費用出そう。


 削れそうなところを探して。

 費用一覧とにらめっこしてたら。


 秋乃と王子くんが。

 顔見合わせて、にやにやしてる事に気が付いた。


「……なんだよ」

「別に~? ね、舞浜ちゃん!」

「うん。……なんとかなりそう?」

「いや、なんとかなるのかどうかすら分からん」


 正直に答えた俺に。

 不意にかけられた声。


「そんなことでどうすんのよ、保坂……」


 冷ややかなトーンとオーラを放つのは。

 委員長だった。


 ……いけね。

 こいつに弱みとか見せたくねえ。


「おお、大丈夫だ。順調だから、安心して見とけ」


 そんな強がり言ったところで。

 費用一覧取り上げられたら。

 あっという間に剥がれるメッキ。


「これで安心しろったって。衣装どうする気なのよあんたは」

「う」


 そういやこいつに相談したのに忘れてた。

 衣装代もかかるのか。


 呆然とする俺に。

 盛大なため息を吐いた委員長は。


「みいにゃん!」

「ふえっ!?」


 丁度帰ろうとしていた女子に声をかけて。

 手招きしてるんだが。


 小動物的な。

 おどおどとしたところが可愛い知念さん。


 びくびくしながら近づいてきたところへ。

 委員長に肩を組まれて縮こまる。


「ひうっ!?」

「衣装なら、みいにゃんが何とかしてくれるから」

「え? 小道具班じゃないのに?」

「それ言ったら、役者チームが総出で台本作ってるじゃない」


 まあ。

 確かにそうなんだが。


「わた、私がですか!?」

「みいにゃん、こう見えて貸衣装屋のカリスマ店員なのよ?」

「カカっ!? カリスマくないよ~!」


 まるで秋乃のわたわたを小さく高速にした感じ。

 胸の前でぱたぱた両手を振って否定する知念さんなんだが。


 思いっきりのけぞって。

 むーって顔して。


 なんか癒される。


「……でも、貸衣装って。ファンタジー風の衣装もあるの?」

「う、うん。うちのお店、団体様にも対応できるほど大量のストック持ってる」


 団体様って言い方。

 まあ、言いたい事は分かるけど。


「いくらぐらいするもんなんだ?」

「えっとえっと、その、レンタル代なんだけどね?」


 そう言いながら。

 ちょこちょこ歩いてきた知念さん。


 座ってた俺に、まるですがるように近付くと。


「…………条件次第では、タダにもできるのよ?」


 あご下からずいっと。

 やたら声を低くして。

 いやらしい目で見上げて来た。


「こわっ! なにその豹変!?」


 知念さん、可愛い小動物系だと思ってたのに!

 まさかの肉食獣!?


 これ、絶対OKしたらまずい奴だよね!


「み、みいにゃんさん!? 離れて! 腿から一歩ずつ上って来ないで!」

「ちょーっと協力してくれるだけでいいんだけど……」

「大丈夫。さっきこいつ、予算減らすためなら何でもやるって言ってたから」

「ちょっと聞いてたの!? お、王子くんとか秋乃じゃダメなのか!?」


 すでに、胸まで手が上って来た雌豹から逃げるように。

 慌てて話を丸投げしたら。

 二人からすげえ不服そうな顔でにらまれたけど。


 しょうがねえだろ!?

 誰だって他の奴巻き込みたくなるだろこんなの!


「だいじょぶだよ? 別に、怖い話とかそういうんじゃないから!」

「いやもう今の時点でものすんごく怖い!」

「これ着てくれるだけでいいんだ……、んしょ……」

「え? ……服?」


 知念さん。

 机に下げた袋を持ってきて。


 そこから、洋服らしいものを出してきたんだが。


 ……これ着たら。

 貸衣装がタダになる?




 意味分かんねえんだけど!?




「やっぱ怖いよなにこの服っ!」

「普通の服っ♪」

「普通なわけねえだろなにその裏がある笑顔!」

「ええい、ぐだぐだ言ってないで着替えて来い!」

「ま、待って委員長! 確認してから……? なんだこれ?」


 ベルトで繋がって。

 歩きにくそうな裾のパンツ。


 チェーンだらけのコートに。


 指抜きグローブ?


「……は? これ、何?」

「キングダム・サクリファイスのグレン様!」

「え?」

「キングダム・サクリファイスのグレン様!」

「コスプレしろと!?」


 みいにゃんさん。

 すげえ高速で頷いてるけど。


 あと。

 呼吸とよだれ。


「……そういうことなら、なんでもやりたがる適任者がいる」


 適材適所。

 俺は秋乃を見上げると。


 こいつは、任せとけとばかりに胸を叩いて。


 鞄から。

 櫛を取り出した。


 うんうん。

 やっぱ興味あるか。


 そして、俺の後ろに回り込むと。

 髪を撫でつけ始める。


「こら俺じゃねえ!」

「ひ、費用削減にもなるし。適任だし、一石二鳥……、ね?」

「俺はやりたがってねえよ!?」

「またまた~」


 呆れた勘違いに頭を抱えたが。

 まあ、確かにこれで費用がタダになるなら安いもの。


 仕方なく、妙な衣装に着替えた俺なんだが……。



 ……

 …………

 ………………



「きゃっはーっ! 王子くん、最高!」

「あっは! 次はどんなポーズがいいんだい?」

「じゃあじゃあ、このキービジュのポーズでお願いします!」

「あっは! 何でも似合ってしまう僕の美しさは! 罪!」


 ……みいにゃんさん曰く。

 俺じゃあ、なんか違うとのことで。


 結局、王子くんがコスプレして。

 二十人近くの女子に囲まれての撮影会。


 でもまあ、わかるけど。

 俺が着たらただの奇抜な服でも。

 王子くんが袖を通せば綾羅錦繍りょうらきんしゅう


 男の俺が見てもかっこいい。


「……なあ、秋乃」

「ん?」

「最初に俺が着た意味」

「ちゃ、ちゃんと、ある……、よ?」


 そう言いながら。

 携帯に収めた俺の写真眺めてやがるが。


「お前に笑われる目的!?」

「もっと撮ればよかった……」

「やめい。一枚撮られただけで寿命が縮んだ心地だっての」

「レア。ギャップ。オールバック」

「恥ずかしいっての。……どんな感じよ」


 そして秋乃が見せてくれた写真は。

 顔のどアップなんだが。


「うはははははははははははは!!!」

「お、おかしくない……、よ? かっこいい」

「服! 写ってねえ!」

「…………あ」


 やっぱり。

 俺が着た意味はゼロ。


 でも、役立たずだった俺をよそに。

 大盛り上がりになった撮影会が。

 衣装の問題を一気に解決してくれた。



 ありがとな、みいにゃんさん。



「もっとゴミを見るような目で私を見てっ! そうそれっ! くっはあたまらん!」



 …………うん。

 楽しんでくれたようで。

 よかった。

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