グミの日


~ 九月三日(木) グミの日 ~

 出席番号19番

   な……。な……? パラガス


 ※眼中之釘がんちゅうのくぎ

  害をなすもの。いやなやつ。




 原稿用紙。

 ノート。

 携帯。

 パソコン。


 放課後の教室で

 黙々と台本を書く四人。


 細井君と甲斐と。

 俺と、そしてもう一人。


 舞浜まいはま秋乃あきの



 昨日はおおらかだった細井君。

 このメンバーで集まるなり。

 妙にピリピリしてるような気もするんだが。


 絶対、昨日こいつが。

 細井君に失礼なこと言ったせいだ。


 ……でも、台本が完成しねえと。

 他がまったく進まねえし。

 なんとか妥協してもらって。


 四人で一気に仕上げよう。

 そう思っていたんだが……。


「……保坂君」

「なんだよ秋乃?」

「さっきも言った……」

「くっ! わ、分かった。もうセリフは書かねえ」


 どうにも、俺が考えるセリフは。

 イヤミに聞こえるらしい。


「尻に敷かれてんなあ……」

「うるせえぞ甲斐! 手ぇ休めんな!」


 大声を出したのは。

 もちろん、恥ずかしさを誤魔化すためで。


 いまさら自分が。

 どれだけイヤミな言い回しをしてたのか思い知らされて。

 へこんでいると。


「あと、舞浜もちょっと席外せ」

「わ、私、素敵シーンいっぱい書いた……」

「そうだな。セリフも面白くてうまいと思う」

「じゃあ……」

「なんで姫がどのシーンにもいねえんだ?」


 甲斐の指摘で。

 今更気付いた。


 秋乃が書いたシーン。

 姫がどこにもいねえ。


「だって、最初にいてらーしたら、もう出番無い……」

「姫も一緒に来るんだよ冒険!」

「でも、演出的にも三人の王子がクローズアップされた方がいいかなって」

「……ほんとのところは?」

「セ、セリフとか無理……」

「あっち行ってろ」


 秋乃が、あからさまに落とした肩に。

 ポンと手を乗せてやる。


 ばかだな。


 お前だけ楽させるはずねえだろ?



「保坂。ちょっといいか?」


 甲斐に追い払われた。

 俺たち役立たずコンビに。


 丁度良かったと話しかけてきたのは大道具班。


 班長の姫くんが。

 途中でいいからちょっと見せろと言うので。


 四人バラバラに書いてた台本を。

 ほぼ物語の順に手渡してやると。


「…………なるほど。良く書けてるな」

「読むのはええな」

「急に姫がしゃべらなくなるシーンがあって違和感あるな。加筆しとけ」

「今、甲斐がその作業してる」


 だから、肩落とすなよ、秋乃。


 逃がさねえっての。


「……あと、シーン多いな。都度背景変える気か?」

「おお、それを最上に相談しようと思ってたんだ。いい方法ねえか?」


 姫くんは、台本を頭から見直して。

 指折り数えると。


「いや、多すぎる。森と炎の山と氷の洞窟とボスの間……。遠くに見えるボスの居城の書き割りに、色の違う照明当てて雰囲気を出すのはどうだ?」

「なるほどさすがだな。それなら冒険中は背景変えずに済む」


 さすがは演劇部。

 いいアイデアを出してくれた。


 ……でも。

 そうなるとこいつがうるさい。


「いやいや、俺は全部書くぜ? 俺のパッションが行けると言っている! むしろ

オープニング用に姫の家とかエンディング用に海の見える丘とかいくらでも……」


 バサロが息継ぎ無しのトーク始めると。

 姫くんが真面目に考え始めた。


「確かに、短い劇だからこそシーンがぽんぽん変わった方が疾走感は出るんだが……」

「だろ? もうこうなったら書くぜ! 大量に!」

「いやいや、待ってくれよ二人とも。それをどうやって変える気だ?」


 思わず話に割り込んじまった俺に。

 そこなんだよなと頷いた姫くん。


「最近じゃあ、スクリーンとかモニター使ったり。三角柱にして三つのシーン切り替えるとかもあるが……。そんな凝ったの作れねえからな」

「簡単……」

「え? なに言ってんだ、舞浜」


 おお、そうか。

 俺たちにはこいつがいたっけな。


「いや、秋乃がそう言うなら、多分作れる」

「まじか」


 そして、秋乃が具体的なアイデア出しはじめると。

 姫くんがあれこれ注文付け始めて。


 急に大道具の。

 本格的な打ち合わせが始まった。


 ……おお。

 いいな、こういうの。


 二人に敵わないながらも意見する奴がいたり。

 その話を逐一書き留めるやつがいたり。


 バサロは夢中で話し続けていたり。

 それを黙って聞いてる係がいたり。


 誰もが何かのパートを担って。

 一つのものを作り上げる。


 なんだか文化祭の準備っぽくなってきたっての。



 ……そして。

 こっちもある意味。


 文化祭準備っぽいと言えば。

 確かにそれっぽい。



「そっか~! 夢野さん、ーみんって呼ばれてんのか~」

「うん。なんだか、気に入ってる感じー」

「似あう似合う~」

「パラガス君のあだ名も、似合ってる感じー」

「そうだろ~? 俺もそんな感じ~」


 こいつ。

 あだ名、あれだけ嫌がってたのにほんと調子いいな。


 パラガスが話しかけてる夢野さんは。

 柔らかなマシュマロをおしゃれにデコレーションした印象の女の子。


 軽い色に染めた髪に編み込みをした彼女は。

 のんびりしてたせいで入る先が無くなって。

 大道具班に入れられたらしい。


「俺も夢ーみんって呼んでいい~?」

「いいよー。グミ、食べる感じー?」

「貰う貰う~」

「これ美味しいよねー。ほっぺた落ちティー」

「うんうん。ほっぺた落ちティ~」

「ちょっとこっち来いてめえは」


 眼中之釘がんちゅうのくぎになる気はねえが。

 お前ほんと。

 ちょっとは自重しろ。


 姫くんとの話が終わっていた秋乃に声かけて。

 二人でパラガスの両腕掴んで。

 夢野さんから引きはがす。


「こらてめえ。ちょっとは真面目にやれ」

「俺は真面目だよ~。まじめに夢野さん可愛いって思ってる~」


 それが不真面目だっての。

 作業してる皆さんに悪いと思わねえのかお前は。


「あと、夢野さん夢野さんって。おまえ、委員長は?」

「それはそれ~」

「いい加減な男はそのうちだれからも相手にされなくなるぞ?」

「でもほっぺた落ちティ~なグミもらっちったし~。お付き合いしたいな~」


 そんな言葉に。

 秋乃はため息ついてるが。


 俺は、ちょっと別の感情を抱いた。



 あの子がかわいい。

 あの子が好き。



 その手の言葉は。

 パラガスはしょっちゅう口にしてるが。



 付き合いたい。



 これは初めて聞いたかも。


「え? お前、真剣?」

「うん~。お嫁さんにしたい~」

「そ、そこまでかよ!」


 お嫁さんって。

 そこまで惚れたの?


 今度ばかりは本気なのか。

 じゃあ、手伝ってやりてえな。


 俺が顔を上げると。

 秋乃も同時に俺を見る。


 そうだな。

 こいつと友達って名乗るのには抵抗あるが。


 いつも一緒に昼飯を食うメンバーだし。

 協力してやりてえ。


 二人同時に頷いて。

 思いを同じにしたその時。


 パラガスが。

 どうして夢野さんをお嫁さんにしたいのか。

 その答えを教えてくれた。


「夢野さんの家、すげえお金持ちなんだ~」

「それ目当てかよっ!!!」

「うん~。楽して暮らしたい~」


 やっぱ最低だこいつ!

 有害だってことを世間に伝えねえと!


 ……ああ、そうだ。


 秋乃を笑わせようと持って来た。

 標語シール。


 文房具屋で見つけたシートを。

 鞄から取り出して秋乃に見せてやると。


「パラガスに貼るならどれがいいと思う?」

「ぷっ……」


 おお。

 爆笑とはいかなかったけど噴き出してくれた。


「ど、どれを貼っても、意味が変わりそう……」

「えっと……、これがいいかな?」

「ぷぷっ!」


 性懲りもなく夢野さんとしゃべるパラガスの頬に。

 ぴたっと張り付けた標語シール。


 書かれている文字は。



 『カメラ作動中』



「ちょっと~! ただの犯罪者じゃ~ん! なに貼るの~!?」


 慌ててシールを剥がしたパラガスから。

 椅子ごと離れた夢野さん。


「盗撮されてるのー? ちょっと困る感じー」

「違う違う~! してないよ盗撮なんか~!」

「えー? パラガス君、いやらしい感じー?」

「違うよ~!」


 そんな、弁明中のパラガスの元に。

 未だにどれを貼るか決めかねて。

 シートごとシールを持って来た秋乃が。


「じゃあ、下心とかある感じー?」

「無い無い~! そんなの無いよ~!」


 これと決めた一枚を剥がすと。

 隣のシールも一枚剥がれて。


 ひらひらぴたっと。

 パラガスの、ファスナーの所に貼りついたんだが。


 そこに書かれていた標語は。



 『工事中』



「……あ、それなら安心な感じー」

「そう言われると複雑な感じ~!」

「うはははははははははははは!!!」


 なんたる奇跡!

 しかもそんな奇跡の意味。

 やった本人が分かってねえ!



 きょとんとしたまま。

 大笑いする俺を見つめる秋乃。


 こいつが手にしたシールには。



 『雨漏り注意』と書いてあった。

 

 

「うはははははははははははは!!!」

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