世界老人給食の日


~ 九月二日(水) 世界老人給食の日 ~

 出席番号24番 細井君


 ※滄海遺珠そうかいのいしゅ

  有能な在野人材。




「細井です」

「………………すまん」

「お気にせず。慣れてます」


 一度も話したことが無かったクラスメイト。


 まるまる太った細井君。


 ほんとすまん。

 苗字ばかりはどうしようもねえもんな。



 そんな彼が。

 汗を拭きながら差し出して来たもの。


「さあ、どうぞどうぞ」


 それは。


 見たことが無いサイズの。

 大きな大きなお弁当。


「購買の裏メニューというやつです。お値段するような品ではないのでお気にせず」

「はあ」


 誰もいない文芸部の部室。

 昼休み、お弁当を準備するから脚本の打ち合わせをして欲しいと言われ。


 こうして足を運んで来たんだが……。


「の、残しちゃうといけないから……」

「そうだな。申し訳ないけど一つ頂いて半分でちょうどいいかな」

「ああ、これは失礼」

「いやこっちこそ」


 自分の分を蓋にとりわけて。

 差し出してやった残りを見つめるのは。


 なんでついてきたのかよく分からない。

 舞浜まいはま秋乃あきの


「お野菜、私の方が多い……」

「揚げ物得意じゃねえだろ。今日は老人給食の日だからな」

「関係……、なくない?」


 秋乃の返事に。

 おなかを揺すって笑う細井君が。


 こいつの言葉を優しく否定した。


「いえいえ、今の保坂君の言葉はですね。野菜中心、栄養バランスを整えるための定期的給食。その大儀を端的に表した見事な表現ですよ?」


 なんだか、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなこと言われたが。


 すげえなこいつ。

 老人給食の意味知ってる奴なんてそうそういねえ。


「さすが学年主席。博識ですね」

「いや、気を付けてるのにまたやっちまった。気持ち悪いだろ、うんちく?」

「そのようなことはないですよ。人はだれしも、己を基準にするもの。そこからプラスマイナスある程度のしきいを越える人に嫌悪感を抱くものです。だから天才は迫害され続けてきた。コペルニクスしかり、ガリレオしかり」


 その二人を引き合いに出すのは微妙な所だが。

 まあ、言いたいことは分かる。


 でも、みんなが口をそろえて気持ち悪いとか言うのには。

 別の理由があるんじゃねえかと俺は思う。


 ……それにしても。


「細井君、すげえな。そんなこと考えたことも無かった」

「はっは。ご謙遜を。……では、余った分は僕がおいしくいただきましょう」


 え?


 こいつの前には。

 同じ弁当。

 既に二つあるけど。


 ……三つ食う気?


 秋乃が、いつものお祈りしてる間に。

 俺の前から余った方を取って。

 食べ始めた細井君。


 おいしそうに食べる姿にも感心するが。



 その早さは何。


 噛んでる?



「そうそう。脚本、千文字程度にまとめて来たのですが」

「ああ、あらすじってやつか」


 食事をしながら。

 細井君が机の上に。


 なんと、手書きの原稿用紙を並べたんだが。


 几帳面で丁寧な文字に目を走らせているうちに。

 思わず俺は唸り声をあげちまった。


「主人公、三人……」

「ええ。もめているようでしたので、このような方法を取らせていただきました。ご迷惑でしたか?」

「いや、すげえよ。これで宿題が一つ減った」


 俺の苦悩に気付いてくれたなんて。

 それだけでも感動してるのに。


 このあらすじの。

 クオリティーの高さと言ったらどうだ。


「……それぞれの王子からの求愛。姫の願いをかなえるための戦い。なるほどね」

「題して、ファンタジーかぐや姫です」

「上手いなあ。舞台、三十分って話だし。みんなで手柄を取り合うドタバタ劇は絶対うけると思う」

「本番は練習のようにいかないのが常ですからね。正味二十分くらいのお話にまとめればOKでしょう」

「おお、なるほどな」


 いやはや、頼れるやつだ。

 広い視野を持っている。


 こんな奴がクラスにいたなんて。

 まったく知らなかった。


 監督役を押し付けられて。

 始めて良かったと思えた瞬間だ。


「すげえ。これで二つ同時に重荷がなくなった」

「はっはっは。それはよかった」


 心から感心していた俺の隣。

 お祈りを終えた秋乃にも。


 彼の凄さが伝わっているだろうか。


 俺が見つめる先で。

 顔をあげて。

 柔らかい笑顔を細井君に向けた秋乃は。


 どうしてだろう。

 細井君の手元を見つめると。

 急に、ぷるぷる震え始めたんだが。



 ……おい。

 注目すべきところはそこじゃねえ。


 彼の視野。

 大人な感性。

 そしてこの才能に目を向けろ。


 でも、まあ。

 気持ちは分かるけど。


 これだけしゃべってるのに。

 秋乃がお祈りしてる間に。




 弁当が一つ空っぽ。




「…………細井君…………」

「はい。なんでしょう、舞浜君」

「ううん? なんでもない……。細井君……」


 こらお前っ!!!


 子供とか爺さん婆さんには親切なくせに。

 あと、女子には優しいくせに。


 男子にはびっくりするほど失礼だな!


 こいつ、細井君細井君言いながら。

 太もも捻じって。

 笑いこらえてやがる。



 ……って、言ってるあいだに。

 もひとつ弁当箱が空になった。



「……細井君」



 ぎゅっ



 だから。

 やめろそれ!


「あ、えっと、あらすじなんだけどさ!」

「ええ」


 何とか誤魔化さねえと!

 こんな失礼、気付かれたら気まずくなる!


「えっと、中ボス的な戦闘のたびに景色の指定があるけどさ。背景の数は減らしたいんだが」

「なるほど、背景を都度変えると大変ですね」

「二十分しかねえし」

「模造紙に書いて垂らす……、だとリスキーですかね。詳しい方と話してみたい」

「じゃあ、その辺は最上に聞いておくか……。一緒に話を聞いてもらえるかな、細井君」



 ぎゅっ



 …………あああきいいいいいのおおおおお!!!!!



「喜んで。とても興味があります」

「あ、あ、あとはさ! 衣装なんだけど!」


 こいつ!

 気になってしょうがねえ!


「最近はレンタルなどもありますが。手作りより安いのでしょうか」

「そう思うな。……なるほどレンタルか。これは自分で調べておくか」

「私もちょっと当たってみましょう」

「おお! 助かるよ細井君!」



 ぎゅっ



 てめええええ……っ!



 さっきからそのタイミング!

 ずっと俯いてぷるぷる震えて!


「おや? どうしました?」

「ななな! 何でもないよ!」


 失礼だっての!

 いい加減それやめろ!


「でも、舞浜君が……」

「気にしねえでくれ、太い君!」





 …………あ。





 やっちまったあああああ!!!




「す、すまん! いや本当に申し訳ない!」

「あははははははははははははは!」


 こらてめえ!

 笑ってんじゃねえ!


「ほんと、何て言って詫びたらいいか……! 心底すまねえ!」


 俺の謝罪に。

 無言のまま、最後の一口分をぽこっと放り込んで。


 まるで噛まずにごくんと飲み込んだ細井君。


 弁当の蓋をしめながら。

 にっこり微笑む彼が言うには。



「……お気にせず。慣れてます」



 ああ、なんて大人な奴。


 そんな細井君に。

 俺はなんてことしちまったんだろう。


 頭を下げる俺に。

 かえって申し訳ないから頭をあげて欲しいと言ってくれた彼のために。


 いつも持ち歩いてるカチンコで。

 笑い続ける秋乃の頭をひっぱたいた。


「お前、クラスの男子にはほんと容赦ねえよな!」

「あは、あはははははははははははは!」

「いつまで笑ってんだよ!」

「……お」

「お?」

「お気にせず」



 気にするわ!!!


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