キウイの日
~ 九月一日(火) キウイの日 ~
出席番号5番 小野くん
※
しゃべり上手。
暦の上では秋を迎え。
心に体に。
変化を求めがちな今日。
なにやら、急に。
病気が流行りだした。
まあ。
インフルエンサーは明白なんだがな。
「俺と共に! お弁当を食べないか!」
「まあ。私などより素敵な女性は星の数ほどいるでしょうに」
「いいや、あなたしかいない! 俺にはあなたという星しか見えないんだ!」
「うふふっ。そこまで熱烈に言われては。私も心を込めてお返事しましょう」
「では!」
「ええ。一昨日きやがれ♪」
オーバーアクション。
やたら大きな声。
日常生活そのものを。
お題としたエチュード。
休み時間はおろか。
授業中にでも突発的に発作を起こす。
これが世に言う演劇病。
「言わねーよ、世に」
「え?」
思わずつぶやいた独り言に。
小首をかしげるこいつ。
昼休みに広げた弁当が。
机の上で、今にも落っこちそう。
それもそのはず。
「なんでもかんでも貰って来やがって……」
「で、でも。おじいさんがどうしてもって……」
この間、転んだ男の子を助けて以来。
そのおじいさんが、秋乃を見つけては野菜やらなんやら押し付けてくるようになったんだが。
「量が」
「こ、断り切れなかった……」
一抱えはあるザルに。
山と積まれたキウイ、キウイ、キウイ。
「た、食べて……」
「言われなくても助けるけどさ」
持っててよかった料理道具。
俺はフルーツナイフで皮を剥いて。
タッパーの蓋に二人分。
切ったキウイを並べていたら。
また、患者が現れて。
秋乃の席にすがりついた。
「じょ、女王陛下! 我々、民は飢饉に苦しんでおります! だというのにフルーツを山と食卓に乗せて、どういうおつもりか!」
「あ、好きなだけ持ってって……」
「ノリわるっ!?」
「そう言わずに。人助けだと思って……、ね?」
「ちぇっ! 舞浜ちゃんなら悪い女王とか似合いそうだと思ったのに……」
そう言いながら、キウイをひとつ山から取ったのは。
あまり接点がない生意気顔。
Eスポーツ研究会の小野だ。
「おい最上。お前のせいでクラス中めちゃくちゃだぞ」
「……いや、まだまだ熱が足りない」
姫くんは、いつもの演劇馬鹿っぷりを発揮して。
小野に指導を始めたんだが。
こいつは体よくかわして俺に話し始める。
「監督、お前に用があって来たんだ」
「そうだったんだ。いくつ剥く?」
「キウイじゃねえ! 書き割りの絵、困ってるんだろ? 異世界ファンタジーと聞いちゃ黙っていられなくてさ! 俺に任せてくんねえ?」
「おお! そいつはもち……」
「もともとゲームの影響でパソで書いてたんだけど俺の中の天才? ある日目覚めちまってさ! ネットにアップしたらすげえフォロワー出来たレベルでいつかお披露目してえと思ってたんだが書き割りって勝手がちげえだろう? すぐに名乗り出れずに……」
「分かった。すげえ助かっ……」
「だから最初は最上とかに教わろうと思っててさ! こいつ演劇部で大道具もやってるだろ? ペンキじゃ俺の天才が発揮しきれねえかもしんねえけどそれでも是非ともトライしてみたくてさ! 迷惑じゃなかったらでいいんだけど俺に任……」
「止まれえええい!」
なんなんだこいつ!?
新種の演劇病?
まるで台本準備したかのような
こいつのしゃべり聞いただけで。
お隣りさんがくらっくら揺れ始めた。
「大丈夫か、舞浜!」
「……秋乃……」
うん。
大丈夫そうだな。
ひとまず倒れねえように物差し背中に差しとこう。
「お前すげえなあ。しゃべるの早過ぎだっての」
「それな! 姉ちゃんがすっごいトロくてさ、その反動でなんでもかんでも俺がやんなきゃなんねえからこうなったんだよ! で、姉ちゃんはこの学校に去年までいてさ、トロいくせにモテて信じられねえんだ! 立花さんって姉ちゃんの同級生が中学の俺にエッチな本買ってやるから姉ちゃんの電話番号教えろとか言ってきたことあったけどそんなあぶねえヤツに教えねえし姉ちゃんに聞いたらそいつ三バカってやつの一角だったらしくて……」
止まってえええ!
でも、絵を描いてくれるなんて渡りに船。
機嫌悪くさせるわけいかねえから話し終わるまで聞いてなきゃならねえ。
これだから人付き合いとか面倒なんだ。
……それにしても。
小野、どこで息継ぎしてるんだ?
よし、こいつの事はこれから。
バサロと呼ぼう。
そんな、一向に終わりが見えなかったバサロのトークは。
姫くんに肩を叩かれて。
やっと停止した。
最後にこいつが言おうとしてたにゃんこ大橋ってのがなにかは気になるが。
今は長ゼリフが止まった事の方を喜ぼう。
「……おい、小野。もういいだろう。ちょっと保坂を貸してくれ、重要な案件なんだ」
「え? ああ、すまんすまん! 結論だけ聞いて良いか?」
「おお。絵の件は俺も困ってたんだ、逆にお願いさせてくれ」
「やった! じゃあよろしく頼むな!」
そう言いながら、駆け出すバサロ。
ああ、こちらこそよろしくだ。
これで肩の荷が一つ下りた。
「助かったぜ、最上。あいつ止めてくれたんだろ?」
俺が、目を回してる秋乃の口に。
気付け代わりのキウイを押し込みながら聞いてみると。
意外にも、こいつは眉根を寄せて。
「そうじゃない。ほんとに至急何とかしてもらいことがあってな、それは……」
「あっは! 部室じゃなくてこっちにいたか! おーい、姫ちゃーん!」
「ちゃんはやめろこのバカ女!」
いつものように。
王子くんの頭に鉄拳を落とす姫くん。
なるほど、相談ってその件か。
「……なんか、すまん」
「ああ。責任感じてるんなら他のあだ名をつけてくれ。死活問題だ」
「あっは! 僕の死活問題でもあるね!」
王子くん、殴られた頭をさすってるけど。
お前が呼ばなきゃ済む話だろう。
「まあ、考えとくぜ」
「助かる」
そう一言呟くなり。
姫くんは、王子くんと早速芝居の稽古を始め出したんだが。
クラスの連中は、揃って。
熱いまなざしを二人に向けていた。
また。
患者が増えるな。
……嬉しいことに。
「お前らが、クラスに演劇熱広めてくれて助かってるぜ」
先週は、まるでやる気が無かったみんなが。
なんだか積極的になってくれているのは。
間違いなくこいつらが広めた演劇病のせい。
思わず声に出したお礼に。
練習をぴたっとやめて。
俺を見つめるお二人さんへ。
秋乃からも。
丁寧なお礼が贈られる。
「……わ、私からも二人にお礼……」
「って! 山ほどキウイ押しつけんな!」
さすがにチョップだバカ野郎。
俺は、両手いっぱいのキウイをザルに戻して。
剥いてあるものに楊枝挿して二人にすすめた。
「まったくお前は。言ってるそばから演劇熱を冷まそうとすんじゃねえ」
「熱?」
「キウイには体を冷やす効果があるから」
「これで冷えるの?」
え?
目、丸くさせるほど?
ホントもの知らず。
頭に乗せるな。
あと。
確かめるなら自分の頭に乗せろ。
「そういう使い方じゃねえ」
俺は、頭に乗せられたキウイを秋乃に突っ返すと。
王子くんが笑いながら指差してきた。
「あっは! 保坂のあだ名は、キウイに決定!」
「どっちかって言ったらこいつに相応しいだろ」
「こ、これ、貰って欲しい……、な?」
「あっは! 喜んでいただくよ、キウイ姫!」
気前よく、四つほど引き取ってくれた王子くんに。
笑顔を向ける秋乃。
その向こうから。
姫くんがしつこく念を押して来る。
「俺のあだ名も頼むぞ、キウイ」
「いや。広まらねえって」
「あっは! あだ名にはインパクトないと広まらないよ! 姫ちゃんみたいにね!」
前から思ってたけど。
王子くんはバカなのかな。
またもや頭を殴られて。
へらへら笑ってるけど。
「……でも王子くんの言う通り。下手なあだ名考えても、姫くん姫ちゃんに勝るインパクトがねえと広まらねえ」
「おお、一理あるな。どんなのならインパクトある?」
いくつか思い付いたけど。
絶対怒られる。
でも、口をつぐんでいた俺をよそに。
そのうちの一つを。
秋乃が、ぽつりとつぶやいた。
「姫っち」
「ふざけんなっ!」
オーバーアクションからの拳が秋乃に落ちる後ろで。
姫っち姫っち連呼しながら腹抱えて笑う王子くんも殴られてるけど。
俺はひとまず。
涙目で見上げてきた秋乃の頭に。
「熱、冷やさないと」
「痛い……」
キウイを乗せながら。
必死で考えてはみたんだが……。
「だめだ。一つしか思いつかねえ」
「なんだ、思い付いたんなら一つでいいだろ。言えよ」
「……怒らねえ?」
「怒らねえ」
「殴らねえ?」
「殴らねえ」
じゃあ、しょうがねえ。
絶対広まるあだ名をお前に付けてやる。
「姫ぴょん」
「悪化してるじゃねえかっ!」
もう、立っていられない程笑い転げて。
床にお尻ついて足をジタバタさせながら指差す王子くん共々。
俺は姫ぴょんに殴られた。
「いてえ……」
「熱、冷やさないと……、ね?」
そしてすかさず。
さっきのお返しとばかりに。
舞浜が、俺の頭に乗せたのは。
ひん曲がったキューリ。
「あっははははははは!」
「ぶふっ! ちょ、ちょんまげ……」
さすがに今日のは。
「わ、私、お姫様役だから……、ね?」
「…………お戯れが過ぎるっての」
ちょっと笑えねえ。
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