宿題の日

~ 八月三十一日(月) 宿題の日 ~

 出席番号20番 夏木


 ※樗櫟庸材ちょれきようざい

  役に立たねえ人とか物とか。




「監督、シナリオの希望聞いてもらえる?」

「脚本班に伝えとくからメッセでくれ」

「監督、木材ってどこで買うことになってる?」

「夢野さんたちが担当だったと思うからそっちから返事するよう言っとく」


 甲斐のおかげで。

 餅は餅屋制度。

 担当ごとに仕事を振って。

 俺が交通整理と管理を引き受けるって術に気が付いた。


 各班ごとに。

 仕事する奴しねえ奴が出てくる事とは思うが。


 済まんがそこまでは面倒みれねえから。

 自分たちで解決して欲しい。


 この手法で。

 はじめは、とんでもない量の仕事が振られたと頭を抱えていた俺も。

 ようやくパニック状態からは脱出できたんだが。


 それでも、まだまだ仕事も問題も山積みで。

 日曜はともかく、土曜は朝から晩まで。


 少ない人脈。

 慣れねえ交渉。


 不向きな監督業に。

 右往左往しながら過ごしたんだ。



 ……そんな俺が。

 目下直面している大きな宿題。


 どこに話を持って行けばいいか。

 まったくわからない事案が数件。


 書き割りの絵はどうするか。

 脚本は誰が書くか。


 あと。


「監督、衣装はどうする?」

「それな」


 男の俺には。

 あてなんかまるでねえっての。


 ……しょうがねえ。


 あの一件以来。

 取り付く島がねえ委員長。


 溺れた心地で、頼みの綱を掴んでみるか。


「委員長、衣装についてなんだが。あて、ないか?」

「エロ坂君がみんなに聞いて回ればいいでしょ?」


 綱かと思ったら。

 ただの藁でした。


「ひでえな。呼び方も対応も」

「うるさいわね、じゃあ、上手い対処法言えばいいのね?」

「ぜひ頼む」

「一人で作ればいいじゃない。もみ坂君が」

「もんでねえ!」


 どうやら完全に怒らせちまった。

 しまっちゅこと、委員長の安西さん。


 出席番号一番。

 最初の自己紹介で、そのままあだ名になるほどのインパクトある噛み方をした彼女が。


 翌日に委員長にされたのは。

 やむを得ない事だろう。


 でも、悪目立ちしたせいで委員長にさせられたこいつは。

 委員長によくある、優しいタイプでも寛大なタイプでもねえ。


 つまらんイタズラしようとしたのは自分なくせに。


 いつまでもねちねちと俺をいびりやがって。


 席に戻ってため息一つ。

 そんな俺の隣の席。

 心配そうにするのは。

 

 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつに頼んでも。

 人脈に関しちゃ俺以下だろうし。


 気持ちだけ。

 有難く貰っといてやるよ。



 ――俺が、気にすんなと片手をあげて。

 苦笑いしてると。


 前の席から面倒な長い腕が伸びて来た。


「あはは~! 立哉、しまっちゅに嫌われたのか~?」

「うるせえ。お前も手伝え」

「でも俺~。できること無いよ~?」


 樗櫟庸材ちょれきようざいをあっさり認めたパラガスが。

 鼻歌なんか歌ってご機嫌そうにしてやがる。


 何のつもりだお前。


「腹立つなお前は。人が大変な目に遭ってるってのに」

「え~? だって文化祭だぜ~? 恋のビッグイベントじゃ~ん」

「……お前は人生いつでも幸せそうだな」

「うん~。しまっちゅ、可愛いよな~。立哉が嫌われてライバル減った~」


 ん?

 それで機嫌よかったのか?


 でも。


「お前、珍しく委員長だけはタイプじゃないって言ってなかったか?」

「それがな~? 立哉がしまっちゅのおっぱいに顔うずめたろ~?」

「うずめてねえよバカやろう!」

「それ以来、しまっちゅの胸、ずっと見てたら好きになった~」



 …………こいつはほんと。


 どうしようもねえ男だな。



 だが一点だけ。

 すげえ奴だと感心できるところがある。


「よくそれを女子のいるとこで話せるよな」


 秋乃は苦笑いしながら椅子を少し遠ざけただけだが。


 近寄るなと、パラガスとの間に水の入ったペットボトルを置くのは。


 珍しく昼休みに教室にいる。

 きけ子だ。


「きもいこわい。ここ越えたら容赦なくセクハラと認定する」

「え~? だって好きになっちゃったもんはしょうがないじゃ~ん」

「気に入る場所に問題があるのよあんたは!」


 授業中は普通にこんな調子だけど。

 昼休みに四人で騒ぐのは久しぶり。


 文化祭じゃあ、チアもステージがあるらしく。

 二学期が始まるなり連日猛練習だったからな。


「保坂ちゃん、あんま手伝えなくてごめんね? 苦手っぽいのに頑張ってるのよん!」

「ありがとうな。お前の素敵な彼氏のおかげで超助かってるぜ」

「きゃはは! 融通利かないけど真面目だからね、仕事がんがん振っちゃって!」


 そう言いながら笑うきけ子の横顔。

 なんだか少し、大人びた?


 ……いや。

 これは。


「夏木、チアのせいで痩せたろ」

「痩せた痩せた! あれだけヘビーな練習してたら当然だって!」

「だよな」

「そんなのが放課後だけじゃなくてね? 朝もお昼休みもみっちり練習! でも、たった一つだけ良いことがあってね!」

「ほう。それは?」


 訊ねた俺に、こそこそ近付いて。

 きけ子が耳元でささやくには。


「……やっかまれるから小声で言うけど」

「おう」

「ちょっと痩せた」

「進化した?」


 おまえ、とうとう。

 自分の話したことすら聞かなくなったのか。


「進化? よく分かんないけど。それよりさ、文化祭間に合うの?」

「どうだろうなあ。今んとこ、宿題だらけだし」


 土曜日丸々一日がかりで決まったのは。

 みんなの担当くらい。


「……まあ、まずは脚本できねえとどうしようもねえ」

「そうだね。……あ、先生きた」


 少しだけど、久しぶりに昼休みに話せたきけ子が。

 手を振りながら席に着く。


 残念そうな顔をする秋乃が俺を見るけど。

 さすがにその顔は分かる。


 どうせなら甲斐と過ごせばいいのにねって思ってんだろ?


 二人の仲。

 今、どんな感じなんだろうな。



 まあ、そんなこと考えてたら。

 また立たされちまう。


 今日は集中しねえと。


 ここんとこ、授業中も文化祭の作業ばっかしてて。

 目ぇつけられてるからな。


「じゃあ、授業始める前に宿題集めるぞ」


 …………え?


 宿題!?


「うわあ! 忘れてた!」

「……なんだ。貴様が文化祭の内職していたから連帯責任で課した宿題だというのに忘れたのか? どういうつもりだ」

「いや、その……」


 そう、ただの宿題じゃねえからな。

 これはまずい!


 言い訳もなにも思い浮かばずに。

 立ち尽くしていたら……。


「……先生。保坂を許してあげてもらえませんか?」


 席を立って。

 俺をかばってくれたのは。


 委員長だった。


「文化祭準備について、全部保坂に任せていたので。負担が大きかったかと」


 おお!


 つめてえ奴だとばっかり思ってたのに。

 優しいとこあるじゃねえか!


「……それとこれとは関係ないぞ」

「いえ、ですけど……」

「これ以上言えばお前の内申に響くが?」

「あ、じゃあいいです」

「うおいあっさり引く!? もうちょっと頑張って!」


 なんてこった!

 万事休すか!?


 だが、ここで救世主。

 きけ子が颯爽と立ち上がった。


「先生! クラスの皆は、保坂ちゃんが週末もフルに頑張ってたのをグループメッセ見て知ってるんです! 罰を受けるんだったら、クラスの全員が罰を受けるべきです! そうは思いませんか!?」


 きけ子!

 お前がいいやつってのは知ってたけど。


 まさかそれほどまでとは……!


 俺は、熱くなった目頭を思わず押さえると。

 秋乃がハンカチを差し出してくれた。


 ……バカだな、そいつは受け取れねえよ。

 お前の目にも、涙が溜まってるじゃねえか。


「……なるほど。なら、お前も罰を受けると?」

「当然です!」

「見上げた根性だ。ならば貴様に免じて、今回の宿題は無かったことにしてやろう」


 おお!

 あの先生を黙らせるなんて!


 俺は、思わずきけ子とハイタッチして喜びを分かち合っていたんだが。


 どういうわけか。

 手をあげている一人の生徒の姿。


 ……甲斐だ。


「先生。一つだけ確認取っていいですか?」

「ん? ああ」

「菊花。………………お前、宿題は?」

「う」

「……宿題は?」

「出席番号20番、夏木菊花! 急用を思い出したので帰ります!」

「ならん! 立っとれ!」


 こいつ!

 ってことはまさか!


「てめえ! 俺を利用しやがったな!?」

「だってチアの練習土日もあったんだもん!」

「うるせえ今すぐ廊下行け! ……ああ、俺もか」


 クラスの連中に笑われながら。

 廊下へ向かう俺ときけ子。


 それにしても、ほんと融通利かねえ奴だな甲斐は!

 彼女にしていい仕打ちじゃねえからな!?


「せ、先生……」


 だが、そこで立ち上がる真の救世主。

 秋乃が、訥々と語り始めた。


 お前ならできる!

 あること無いこと言って、俺を助けてくれ!


「なんだ。お前も保坂をかばうつもりか?」

「は、はい。保坂君、土曜日はまるで時間が無かったうえに、日曜は私の妹が無理を言ってしまったせいで……。丸一日、一緒にゲームを……」

「うはははははははははははは!!! カットカット! ほんとのこと言ってどうする!」


 『呆れた』って言葉が。

 空気の粘度を表す言葉だってことを初めて知った俺は。


 きけ子の背中を押しながら。

 廊下へ出ようとしたんだが……。


 ちょっと。

 間に合わなかった。


 

「保坂」

「……へい」

「お前はツチノコ三匹捕まえてくるまで帰って来るな」

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