バイオリンの日


~ 八月二十八日(金)

     バイオリンの日 ~

 出席番号6番 甲斐くん


 ※朽索六馬きゅうさくろくば

  難しいしあぶねえ。




「監督、ストーリーどうすんだよ」

「監督、主役決まった?」

「監督、ベニヤの調達なんだけど……」

「監督監督うるせえ!」


 音楽の授業中。

 先生がいないのをいいことに。


 いい加減、何も進んでない文化祭の話を。

 ちょっとは進めるぞってことになったんだが……。


「委員長が本当の監督だろ!? そっちに聞けよ!」

「じゃあ本当の監督から命令するわよ。エロ……、じゃない。保坂が仕切りなさい」

「くそう。拒否し辛い言い方しやがって……」


 取りまとめ役の委員長が丸投げしたせいで。

 みんなが面白がって俺をいじる。


 でも、こんなとこでも人付き合い苦手ってスキルが邪魔をして。

 何をどう対処したらいいかさっぱり分からねえ。


 監督監督呼ばれつつ。

 気付けば、お前が決めろと押し付けられた仕事が山のよう。


 これを全部一人で処理しなきゃなんねえのか?


 呆然とする俺に。

 未だに届く仕事、仕事、仕事。


 さすがにふざけんな。


「ああもううるせえ! 一人でそんなにできるわけねえだろ!」

「まあ、保坂だけじゃ回しきれないだろ。俺も手伝うから何でも聞いてくれ」


 朽索六馬きゅうさくろくばぎょすことになりそうだった俺に。

 なんと頼もしい助け舟。


 甲斐が、俺の隣に立つと。

 からかい半分だった奴らが黙り込んだ。


「助かったぜ。でも、助けたってことは、さ」

「ああ。主役はお前がやれ」

「くそう、反論し辛い……。よし。ならば王子くんを主役にしよう」


 こいつ、呆れて苦笑いしてやがるが。

 昨日、お前だって俺の大根見て笑ってたろうが。


「よし早速、『逆』選挙活動始めねえと。なんとか、王子くんに最多票を獲得してもらうためには……」

「ん? また多数決取る気か?」

「ああ」

「……お前さん、多数決には反対だって言ってたじゃねえか」


 がーーーーーーーん!!!


「反対だってもんに頼るとか、お前……」


 がーーーーーーーん!!!

 がーーーーーーーん!!!



 ……自分の利益のために。

 嫌いな多数決を利用しようとするなんて。


 あまりのショックに自分が嫌いになりそうだ。


 頭を抱える俺の肩を。

 笑いながら叩く甲斐。


 ちきしょう。

 なんて大人の余裕。


「ほら、もう諦めて主役と監督両立させろ」

「それはそれだ。主役に関しちゃまだ保留。でも、監督業だって二人じゃどうすることもできねえだろうが」

「お前は頭固いなあ」


 おいおい。

 融通利かねえカチンコチンのお前に言われたかねえぞ。


 文句言おうとしたら、甲斐はみんなに向けて。

 張りのある声で語り掛ける。


「そんじゃ、今日はジャンル決めようか。時間が余ったら大体のストーリーを決めて行こう。誰か、意見あるか?」


 甲斐の問いかけに。

 みんなはそこそこ真面目に隣の奴らと話し合う。


 ……なるほど。


 一人でやるんじゃなくて。

 みんなを頼りながら意見をまとめる要役。


 それが監督って訳か。



 さすがは甲斐。

 ありがとう、よく分かったぜ。



 ……その仕事が。

 俺には無理だってことがな。


 

 これ一つじゃねえ。

 今後いくつもの課題をこなさなきゃならねえ。


 その都度、苦手な人付き合いをしなきゃいけねえのか?


 冗談じゃねえ。


 再び頭を抱える俺の耳に。

 ようやく、意見が一つ届いたんだが。


「……ジャンルって。中世の王宮ものしかなくない?」


 まあ、そうだよな。

 姫と王子が出るんだ。

 それしかねえだろ。


 俺を含めたみんなが納得。

 これこそ多数決。


 そう思ってたんだが。

 甲斐のやつ。


 周りをよく見てるし。

 俺のこともよく分かってくれてる。



 どうしてお前はそんなに。

 中身までイケメンなんだよ。



「シナリオ担当は細井だったよな。どう思う?」

「僕は、異世界ファンタジーもありだと思いますよ?」


 甲斐が拾い上げた別意見。


 でも異世界ファンタジー?

 いや、それはどうだろ。


 美形に長髪の秋乃が。

 お姫様風ドレスで剣を振るのか。



 なるほど。



「……ありかも」


 もちろん、王子くんに主役をやってもらいたい女子からの反撃の声で音楽室が満たされることになったんだが。


 少数意見ながら、これは貴重。

 これこそ、俺が信じる。

 非・多数決。


 思わず甲斐を見上げると。

 どうだとばかりに胸を張られたんだが。


 お前がモテるの分かるぜ。

 男の俺でもほれそうだ。


 だが。


「じゃあその二択ってことで保坂に決めてもらって構わねえな。えっと、次はシナリオなんだが……」


 おいおい。

 サクサク進めようとすんじゃねえよ。


 ほらみろ。

 女子からぎゃーすかと。

 文句が雨あられだ。


「どうして保坂に決めさせるのよ!」

「そうよ! 多数決取ればいいでしょ!?」

「こいつに決められたらろくなことにならないわよ!」

「なに言ってんだお前ら。さっきまで、こいつ一人に何でも決めろって仕事振ってたくせに」


 甲斐の言葉に、一気に鳴りを潜めた女子たちが。

 恨みがましくにらみつけてるが。


 こいつはしれっと頭を掻いて。

 片手で謝りながら。


「わりいな、意地悪な言い方して。でも、どんな芝居になったって西野はかっこいい芝居してくれるから大丈夫さ。なあ、西野」

「あっは! もちろんだ! 保坂が決めたことに従うけど、僕は異世界冒険ものも演じてみたいね!」


 そしてポーズを決めた王子くんに。

 今まで騒いでた女子が色めきだつと。


 甲斐は俺に振り返って。

 サムアップしてきた。



 …………きけ子には悪いが。

 今日、俺はこいつと。

 腕を組んで帰りたい。



「何を騒いでいるの!?」


 そんな騒ぎの中。

 先生が教室に戻ってくると。


 全員そろって。

 慌てて姿勢を正す。


 でも、先生の後に続いて入って来た奴の姿を見るなり。

 あっという間に元通り。


「似あうー!」

「まるでお嬢様!」

「すげえ嫉妬する!」

「静かになさい!」


 ……先生に叱られて。

 口をつぐんだみんなが見つめる深窓の令嬢。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 普段通りの柔らかい微笑に。

 普段通りの夏制服。


 ただ一点。

 普段と違うところがあるとすれば。


 それは、手に持った。

 高級そうなヴァイオリン。


「チューニングに手間取っちゃったけど、それじゃあ今から授業を始めます」


 先生は、楽譜台を秋乃の前に置くと。

 俺たちに背を向けて、指揮棒を掲げた。


「……おい保坂。なんで舞浜が?」

「本人たっての希望でな」

「すげえな。弾けるんだ」

「どうだろ。ただ、親父さんと特訓してたらしいから……」

「え? あいつ、お嬢様だったのか?」


 どうだろう。

 そこは分からねえ。


 俺は、甲斐の質問に答えることもできず。

 黙ったまま、ヴァイオリンを構えた秋乃の姿を見つめた。



 ……光沢を湛えた重厚な風合いを腕に沿わせ。

 透明感すら感じる細い顎で固定する仕草の色っぽさ。


 軽く振るった弓を構える手もしなやかに。

 美しい曲線を描いた後、ぴたりと静止する。



 誰もが思わず息を飲むその美しさ。

 俺の目には、秋乃の背後に王宮のテラスが見える。


 大きく開け放たれた両開きから吹き込む風が。

 穢れを知らない王女の髪を梳いてたなびかせる。


 さっきは、アクションシーンが似合いそう、なんて考えたが。

 こんなの見せられた日にゃ……。


「……俺、決めた」

「ん?」


 やっぱり。

 中世の宮廷物にしよう。


 イメージが。

 滾々こんこんと湧き出して来る。


 お姫様の誕生日会。

 その末席にようやく参加を許された小国の王子。


 許されざる恋は王の怒りを買い。

 王子の国を滅ぼすための戦争へと至る。


 そんな悲劇を生んだきっかけは。


 ……王女様。

 ああ、王女様。


 今、弓を静かに弦に落とした。

 あなたに心を奪われてしまったせい……。




 ぎっぎっぃぃぃ! ぎゃぎぃぃぃぃぃ! ぎょっ!




「うはははははははははははは!!! カットだバカ野郎!」



 もう、どこへ行くにも持ち歩いてるカチンコ鳴らして騒音を止めながら。 


 俺は、全員に宣言した。



「異世界ファンタジーに決定!」



 監督の一声に。

 一同揃って頷いた。

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