ジェラートの日


~ 八月二十七日(木)

     ジェラートの日 ~

 担任 ……そういや、名前覚えてねえな


 ※無理無体むりむたい

  俺の気持ちを無視してみんなが強引に決める事


 


 現在。

 大絶賛反省中。


 反省はするが。

 文句は言わせてもらう。


「俺のだ。食うな泥棒」

「泥棒じゃない……、よ? これは罰なの」


 授業中、立てた教科書に隠して。


 俺から奪い取ったジェラートを食べるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 わざわざ保冷バッグに入れて持ってきたんだ。

 これ以上食われてたまるか。


 まずはこいつから取り上げねえと。

 さて、どう言いくるめよう。


「……罰だったら、それを食う権利があるのは委員長だ。あとで渡しとくから返せっての」

「だって、私のせいにした」

「うぐ」


 そう。

 とっさの時って人間性が出る。


 生まれ持った本質。

 これはどれだけ反省しても。


 変わらねえものなんだろう。



 ……ついさっき。

 授業と授業の間。


 十分休みの間に発生した事件。


 学生生活を送っていると。

 年に一度は必ず訪れる。


 まあ、何と言うか。

 男子にとってはラッキーな何かが発生したんだ。



 机に突っ伏して。

 指に刺さった棘を抜こうと格闘してた俺の頭の上に。


 多分、委員長は。

 面白がって、水の入った紙コップ置こうとしてたんだと思う。


 そこに舞浜が。

 鞄を漁りながら、刺抜き出して。


 こっちも見ずに声かけたもんだから……。


「ちゃんと避けないと」

「無茶言うな。でもちょっと当たっただけでちゃんと逃げたぞ?」

「パラガス君が、うずもれてたって言った」

「こいつの言うこと信じるな」


 あと、パラガスよ。


 いつまで涙流して俺をにらみつけてやがる。


「代わってもらいてえぐらいだ。未だに水かけられた背中が気持ちわりいっての」

「はぜろ~! はげろ~!」


 まあ、こいつはほっとこう。

 それよりもジェラートだ。


「あんなの事故だ事故。ほら、それ返せ」

「でもそれを、私のせいにした」

「うぐ」


 延々と続く迷いの森。

 気付けば同じ場所に出る。


 しょうがねえ。

 ちゃんと謝ろう。


「ほんと悪かったって、舞浜」

「……秋乃」

「すまん、秋乃。とっさにお前が声かけたせいにするとか、悪いことした」

「いいの。でも、意地悪だった分の仕返し……」


 そう言いながら。

 ジェラートをしゃくり。


 嫌味な笑顔がおれを横目に見る。


「こら。もう罰なら受けてるから。返せそれ」

「……罰?」

「委員長、言ってたじゃねえか。罰として、芝居にも出て、進行監督もやれって」


 今考えたらひでえ話だが。

 これもとっさのこと。

 わかったわかったって返事しかできなかったんだ。


「監督って……、メガホンの?」

「それじゃなく。進行管理する方だな」

「ああ……。大変そう……」

「まとまり最悪だからな、このクラス」


 なるほどねえと頷いて。

 こいつは再びジェラートをしゃくり。

 

「こら、食い過ぎだっての。珍しく凜々花が作ってくれたんだ、返せ泥棒」

「凜々花ちゃん? 美味しい理由、分かった……」

「おまえ、ほんと凜々花好きな」

「昨日はお父様とも楽しく過ごせたし。嬉しいことって続く……、ね?」


 ああ、そうなのか。

 未だに親父さんの意図は分からんが。


 秋乃が楽しめたんなら、まあいいか。



 ……だが。



「もう十分だろ、半分も食いやがって。返せ泥棒」

「泥棒じゃない」

「泥棒」

「泥棒じゃない」

「泥棒」

「泥棒じゃない」




「返せ泥棒っ!」




 うわ!

 なんだ!?


 授業中だってのに、立ち上がって大声上げた王子くん。


 姫くんのことをにらみつける彼女に。

 秋乃が慌ててジェラート差し出した。



「うはは……、ごほっ!」


 その反応、すげえおもしれえけど。

 今は笑ってる場合じゃねえ。



「返せも何も。お前がくれるって言ったもんだろう」

「あげるなんて言ってないよ!? どこにお金ただであげる人がいるっていうのさ!」


 うわ、お金の話か。

 これはまずい。


 なにがあっても友達とお金の貸し借りだけはしないこと。

 これは数少ねえ親父からのアドバイス。


 まあ、友達いなかったから。

 役に立った試しはねえが。


「そもそも、ちょいちょい飯食わせてやってるだろ。ぐだぐだ言うな」

「言うさ! 僕の生活苦しい事、知ってるだろ!?」

「こらお前ら!」


 誰もが目を丸くさせて。

 呆然としながら二人のケンカを見守っていたんだが。


 まあ、当然のことながら。

 先生が口を挟んだ。


「重大な話だからきっちり決着がつくまで俺が話を聞く! だが今は授業中だ! 静かにしろ!」


 額に青筋浮かべて仲裁に入ったがなり声。

 でも王子と姫は、お構いなしにケンカを続ける。


「生活生活って。じゃあ逆に聞くが、俺がどうして飯をタダで食わせてやってると思ってんだ?」

「なにそれ。どういうことさ」

「困ってる時は助けてやりたいってのが友情だからだ。今は俺が困ってるんだ、お前が助けろ」

「冗談じゃない! そんな友情あってたまるか!」



 ……昨日まで。

 いや、ついさっきまで。

 本当にお似合いだと思っていた二人の仲が。



 今。

 粉々に砕け散った瞬間を見た。



 見守っていた誰もが。

 苦しい胸にさらに息を押し込んで。


 そのまま止まってしまった時の中。

 王子くんの涙だけが頬を伝う。



 ああ、もう見てられない。

 なんとかこの悲劇を止める方法はないのか?


「……じゃあ、友情も何もない。お前との仲もこれまでだ」

「ああいいさ! お前がそんなやつだとは思わなかった!」


 止める方法……。

 止める方法は…………。


「きっちり返してもらうぞ!」

「何を」

「僕が貸したお金!」

「……ちっ! いくらだよ」

「銀貨三枚!」

「カットカットカットおおおおおお!!!」


 銀貨って!

 お前ら、なに言ってんの!?

 

 魔法のカチンコ打ち鳴らした瞬間。

 主演の二人は並んで立って。


 客席へ向けて深々とお辞儀してるんだが。


 バカ野郎。

 拍手出来るやつなんか一人もいねえっての。



「授業中にエチュード始めやがって! バカなの!?」

「いやあ! どうだった? 迫真の演技だったろ?」

「ダメだな。必死さの中に弱々しさを籠めろ。そのためには息を多めに……」

「ディレクション始めんな! まず謝れ!」

「ん? 本番間近なんだ。一分一秒無駄にはしない」

「あっは! いつでもどこでもエチュードするよ!」


 なに言ってんの!?


 とんだ演劇馬鹿コンビ!

 やっぱお似合いだよお前ら!


「…………西野、最上」


 うわ、先生も芝居中みてえだな。

 あんなおっかねえ顔初めて見た。


 叱られて当然だぜ。

 仲良く生徒指導室にでも行けばいい。


「監督は誰だ」


 は?


「答えろ。監督は誰だ」


 あいつ、意味分からん事言い出したけど。

 監督って何のことだ?


 俺は思わず首をひねったが。

 その時気づいたね。



 ……バカコンビが。

 俺をじっと見てることに。



「待て待て! さすがにおかしいだろ!」

「そうか。この騒ぎはお前の責任だな?」

「ちげえっての! 俺は監督じゃねえ!」


 慌てて弁明する俺の。

 シャツの裾をくいくい引っ張るお隣りさん。


「そうかお前、弁護してくれるのか! さっきの芝居みたいな偽りじゃねえ、本物の友情を見せてやれ!」

「…………保坂君。今更だけど、監督ならカチンコじゃなくてメガホンだと思う」

「うはははははははははははは!!! ぜってえワザとだろそれ!」


 秋乃の裏切りに。

 クラス一同大爆笑。


 なんて無理無体むりむたい

 そんなことされたら。

 こう答えるしかねえじゃねえか。


「ごほん! ……じゃあー、友情も何もないー。お前との仲もー、これまでだー」


 とっさに借りてみた姫くんのセリフ。

 笑いか拍手か。

 期待していたんだが。


 せっかく舞浜が起こした笑いが掻き消えた。


「……あれ?」

「おい、西野、最上。監督に演技指導しておけ」


 こうして、授業が終わるまで。

 俺は廊下でみっちりしごかれた。




 監督なのに。




 いや監督じゃねえ!!!

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