人権宣言記念日


~ 八月二十六日(水)

     人権宣言記念日 ~

 出席番号27番 最上君


 ※戦々恐々せんせんきょうきょう

  びくびくおろおろ。




 多数決という仕組みに疑問を感じたことはないだろうか。


 最も平和的な意思決定。

 民主主義を端的に表した正義と自由の象徴。


 でも、多数決を絶対のものだと肯定する人は。

 こんな事実を受け入れなければならない。


 51パーセントの人たちが幸せに暮らすため。

 49パーセントの人たちを奴隷のように扱っても構わない。


 そう言っているのだということを。



 これを最初に。

 数の暴力と評したのは。


 一体、誰だったのだろうか……。



 ……

 …………

 ………………



「「多数決」」

「指差すんじゃねえぞふざけんな! 俺はイヤだぞ!?」


 三人の主人公候補による首脳会談。

 五秒で閉幕。


 俺だけ全部ドンかぶりだっての。


「いいじゃねえか。主役って言っても出番の量はシナリオ次第だし」

「うるせえ! だったら甲斐が主役やればいいだろ?」

「あっは! 面倒だな保坂は! もう何票か増やそうか?」

「王子くんも周りの女子に色目向けてねえでちょっと黙れ。俺は友達いなかったから、多数決は一切認めてねえんだ」

「あ、うん。そうだね、保坂って性格悪いしめんどくさそうだしすぐにうんちくとか語りだすし。友達いなさそうだもんね」

「俺には人権ねえのか!? でも合ってるから何も言えん!」


 そうだとも。

 だからお前らが有利な仕組みなんか断固認めねえ。


 多数決ってシステムは結局んとこ。


 欲が深くて遠慮がなくて。

 カリスマがあってウソが上手くて。


 シビリアンコントロールできる勝ち馬と。

 それに乗って他を顧みない厚顔無恥が得をする。


 つまり。


 自己犠牲精神があって、人付き合いが苦手な人間に。

 面倒な主役を押しつける仕組みなんだ。


「でもさ、いつまでたっても主役が決まらないんじゃ話が進まないよ?」

「なにがなんでも王子くんに主役をやってもらう! そのためだったら選挙活動も辞さない!」

「保坂、すげえな。俺に入れないでくれって選挙活動する気か」


 昼休みの教室。

 左の後ろの方。


 机を寄せて。

 珍しいメンバーで昼飯を食ってるんだが。


 そんな場に。


 舞浜まいはま秋乃あきのの姿はない。


「舞浜ちゃん、なんで休みなの~?」


 トレードマークの砲丸お結びにかじりつきながら。

 パラガスが聞いてきたんだが。


「それが……、な?」

「なんだよ~。はっきり言えよ~」

「あっは! 言っちゃえ言っちゃえ!」


 俺も理屈が分からねえってだけで。

 別に隠すような話じゃねえんだが。


「……金曜、音楽の授業でヴァイオリン触るだろ?」

「そうだっけ~?」

「そのこと親父さんに話したら、学校休んでヴァイオリンの特訓することになったらしい」

「………………ん~? なんで~?」

「俺にも分からん」


 それぐらいできねえと恥だとでも言うのか?


 未だによく分からねえんだよ。

 あいつの家、名家なのか貧乏なのか。


 あと。

 親父さんのこととか。


 名前で呼ぶようになった友達なのに。

 知らないことだらけ。


「……まあ、保坂に分からないことは誰にも分からないだろ。根掘り葉掘り聞くのやめろ」


 クールに呟きながら。

 サンドイッチ齧りながら。


 王子の持つ宝剣らしき物のデザインを描いているのは。

 演劇部の最上君。


 俺は、心の中で。

 こいつの事を演劇馬鹿と呼んでいる。


 秋乃の隣で、王子の後ろの席。

 背は小さいのに。

 目力と迫力と。

 自信と落ち着きを持つ。


 俺が欲してやまないものを兼ね備えたやつだ。



 ……そんな演劇馬鹿は。

 このクラスの誰もが出来ないことを。

 平気でやってのける。



「よし、こんなもんだろ。どうだ、西野」

「あっは! もがみんが考えたもんならどんなでもいいよ!」

「てめえこら! お前が持つ小道具なんだから真面目に見ろ!」


 でた。


 一学期中もしょっちゅう見ていた。

 王子くんへの鉄拳制裁。


 頭を殴られてもへらへらしてる王子くんの代わりに。

 王子くんファンの女子が今にも噛みつきそうな勢いで演劇馬鹿の周りを囲む。


 でも、そんな視線も意に介さないところが演劇馬鹿の演劇馬鹿たるゆえん。

 最上は王子くんの前にデザイン画を押しつけて。

 舞台映えする持ち方について事細かに指導していた。


 いやいや。

 お前らはいいけどさ。


 俺と甲斐は戦々恐々せんせんきょうきょうだっての。


 ……まあ。

 こいつだけは違う感情で女子軍団を見ていたようなんだが。


「いいな~。王子くん、女子に愛されてるよね~」

「あっは! 長野だって愛されてるじゃないか!」

「え? ほんとに~?」

「嫌われマスコットキャラとして」

「嫌われてんじゃ~ん! 俺にも人権を~!」


 言いたい事をズバズバ言ってのける王子くん。

 くるりと席を立って。

 鈴村さんの腰に手を回すと。


 途端に黄色い悲鳴で辺りが満たされた。


「ずるい~! 王子くんのせいで女子が取られる~!」

「あっは! 取れるもんなら取ってみろ!」

「なあ、もがみんからもこいつの横暴やめるように言ってくれよ~!」


 パラガスのむちゃくちゃな言い分を。

 放っておくのかと思ったら。


 最上は厳しい顔して机をたたくと。

 王子くんを指差して大声をあげた。


「違う! 王子が女性を触る時は肩甲骨! 何度言ったら分かるんだお前は!」

「そっち~!?」

「なんたる演劇馬鹿!」


 そして最上が立ち位置から姿勢。

 表情と目の角度まで指導すると。


「……よし、こんなもんだろ。お前、今のちゃんと頭に叩き込んどけよ」

「おっけー!」


 二人して、何事も無かったように。

 昼飯を再開した。



 ……前々から思ってたけど。

 上下関係みたいのあるんだよな、この二人。


「最上がいつも指導してるけどさ、芝居も上手いのか?」

「……こいつよりはな」

「あっは! でも、裏方志望だもんね! もったいない!」


 へえ、そうなんだ。


「もちろん芝居もやるが、希望は小道具、ディレクション、メイク、演出、あとはスカウト」

「スカウト?」

「王子くんを演劇部に入れたの~、もがみんだよ~」

「へえ? 才能を見込んで?」

「いや? 顔がいいから」


 …………は?


「どういうこと?」

「そのまんまの意味だよ。美人はメイクで簡単に不細工にできるけどな、不細工を美人にするには並々ならねえ技術が必要なんだ。こいつ王子にしたら、メイクの俺がすげえ楽」

「ちょおっ! おまえっ!?」


 そうでなくても敵意剥き出しの女子に囲まれてるのに!

 袋叩きに遭うぞ!?


 俺は、自己防衛を働かせて慌てて後ずさったんだが。



 意外にも。



 女子一同、涙ながらに同意し始めた。




 …………よせよお前ら。

 コメントし辛い。




 みんな十分可愛いと思うけど。

 それ言ったらぎゃーぎゃー言われそうだし。


 黙っとこ。


「ま、まあ、ルックスに惚れ込んでスカウトしたってことか」

「ああ。そして完璧な王子に仕立て上げてる途中ってわけだ」

「あっは! 普段からあーしろこうしろって! もがみんはママよりうるさいんだ!」


 うわあ、変な関係。

 でも、なんでだろう。


 すごくお似合いの二人に見える。


「そうだ、保坂」

「ん? なんだ?」

「長野にパラガスって絶妙なあだ名付けたのお前だよな」

「そうだけど」

「俺にも、いいあだ名付けてくれねえか? もがみんって嫌なんだよ」

「じゃあ……、演劇馬鹿」

「それじゃ普通だろ。考えといてくれよ」


 普通かなあ。

 とは言え、面倒なこと押しつけられた。


 あだ名の参考にしてえし。

 もう少し最上と話をしようと思ったんだが。


 ……やっぱり。

 演劇馬鹿しか思いつかねえよそんなことし出したら。


「よし、食い終わったな。おい西野、読み合わせやるぞ」

「オッケー! …………ここで!? ネタバレになるよ!」

「知るか。クラスの劇、土壇場までまとまらなそうだからな。シナリオできてる劇部の方、とっとと仕上げちまおう」


 抵抗する王子くんを。

 またも拳ひとつで黙らせて。


 ギャラリーが一歩ずつ下がる中。

 台本を手に、二人が向かい合うと。


 ヤマ場のシーンだろうか。

 感情を込めて、王子くんが台本を読み始めた。


「何ということだ……! 私が天翔ける翼を持っていたなら! こんなことにはならなかったはずなのに! 姫! 姫ーーーっ!!!」


 たったこれだけのセリフで。

 ギャラリー女子一同の目に星が散る。


 でも……。


「……ああ。これは冥府で見る夢なのでしょうか。でも、夢ならばどうかこのままで。わたくしが、たった一つ見たい夢。それはキャスバル王子なのですから」



「「「きゃあああああああああ!!!!」」」



「うわ! うめええええ!!!」

「もがみん、色っぽい~!」

「ほんと、鳥肌立った!」

「……ちょっと待て。お前ら騒がしい」


 ギャラリーの女子に一発で悲鳴を上げさせた。

 演劇馬鹿が呆れ顔で俺たちをにらむ。


 これは驚いた。

 王子くんより上手いって自分で言うだけのことはあるぜ。


「……よし」

「なんだよ。保坂も芝居魂に火がついたか?」

「いや? お前のあだ名が決まった」

「ん? どんなだよ」

「姫くん」

「誰が姫だ!」

「いてっ!」


 姫くんお得意の。

 オーバーアクションからの拳骨を頭に食らって。


 思わず悲鳴あげちまったが。


「…………あれ?」


 驚いた。

 全然痛くない。


 これって、やっぱり役者だから?

 殴る演技も上手いって事?


 それとも……。


「姫だから?」

「まだ言うか!」

「いてええええええ!!!」



 …………役者だからだった。


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