即席ラーメン記念日


~ 八月二十五日(火)

     即席ラーメン記念日 ~

 出席番号21番 西野さん


 ※大根役者だいこんやくしゃ

  「当たらない」ほど下手な役者。

  でも凜々花は大根二本食べてお腹壊したことある。




「さあ! 僕の手を取って! 人生という名の航海を、共に進もうではないか!」

「はい……、はい!」


 昼休みの教室で。

 全員が、口をあんぐり開いて。

 箸を止めたまま見つめる先。



 王子くんが。

 鈴村さんのこと口説いてる。



 というか。



 カップル。

 成立してるけど。



「「「「えええええええええ!?」」」」



 教室にいた連中が。

 揃って椅子を、ごっと鳴らして立ち上がると。


 王子くんが、目にかかったサラサラな前髪を指で弾きながら。

 いつもの爽やかな笑顔で、こう言った。


「あっは! 驚かせちゃった? 以上で閉幕だよ!」



「「「「お芝居かい!!!」」」」



 やれやれ、大騒ぎすることかよ。

 あんな臭いセリフで口説く奴なんかいるわけねえ。


 みんなして慌てふためきやがって。

 俺には最初っから芝居だって分かってたぜ?


 鼻で笑いながら肩をすくめて。

 勢いよく跳ね飛ばした椅子を取りに行こうとする俺に。


 お隣りから声をかけてきたこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「わ、私にはね? 最初っからお芝居だってわかってたの……」

「そうだよな。……ああ、そのままでいいよ。俺が椅子持って来てやる」


 俺のより若干遠くまで転がった椅子を持ってきて。

 秋乃を座らせてやると。


 こいつは、ピンクのランチョンマットの上に置いた。

 大好物のコロネを一口分、小さくちぎって口に入れた。


 そんな可愛らしい食卓に。

 もう一つ置かれたおしゃれなアイテム。


 それは。



 一本の大根。



「舞浜ちゃん! 朝から置いてあるけど、それ、何だい?」


 お芝居を終えて、秋乃の右斜め前の席に戻って来た王子くんが。


 無邪気な笑顔で聞いてきたんだが。


 百七十センチを超える身長の。

 半分近くを占める長い足を組むその姿。


 実に男らしくてかっこいい。



 ……スカートだけどね。



「あのね? 朝、あぜ道で転んでた子供助けてあげたら、おじいさんがくれたの」

「あっは! 舞浜ちゃんらしい話だなあ!」


 確かにこいつらしいが。

 そのせいで遅刻して。

 立たされる身にもなれ。


「そ、それより……。お芝居、素敵だった……」

「ほんとかい? 演劇部の公演も近いし、そろそろギアをあげて行こうと思ってエチュードしてるんだ! これからも突発的にやるけど驚かないでね!」

「エチュード?」

「そう! エチュード! それは、即興劇の、こ・と・さ!」


 いちいちポーズを決めて説明する王子くんに。

 秋乃が興奮気味に拍手を送ってるけど。


 まさか、昨日の委員長みたいに。

 芝居っ気が伝染したりしてねえだろうな。


「……なあ、王子くん。やっぱ王子役は王子くんがやれよ」

「あっは! 早口言葉みたい! 保坂はそんなにやりたくないの?」

「まあな。……舞浜だって、その方がいいだろ?」


 俺の提案を聞いた秋乃は。

 ため息と共に首を左右に振ると。


 手にしたパンをランチョンマットに置いて。

 両手を膝の上にゆっくり下ろして。


 芝居がかった仕草で。

 伏せていた顔を上げながら。


 横目で俺を見つめて。

 ぽつりとつぶやいた。


「……秋乃」

「そっちかよ!? あと、他人がいる前じゃ無理だって言ってるだろ!」


 今の仕草、間違いねえ。

 やっぱ伝染してやがる。


 恐るべし芝居病。


「秋乃? ……なんだ、夏休みの間に付き合い始めたの?」

「付き合ってねえよ。名前で呼ぶのは、深い友情を表す行為なんだってさ」


 俺の説明に頷く秋乃を見て。

 王子は、いつもの無邪気な笑顔で畳みかけてきた。


「ほんとに付き合ってないの?」

「うん」

「へえ? でも、王子役は保坂の方がいいでしょ?」

「うん」

「それって、どうしてなのか聞きたいな!」

「おい、やめてくれよ王子!」


 慌てて話に割り込んだけど。

 秋乃は、意にも留めずに理由を話した。


「だって、西野さんと舞台に立ったら演技の下手さが目立っちゃう……」


 そして、机の上を指差しながら。


「大根は、大根同士……、ね?」

「うはははははははははははは!!! まあ、確かにな!」

「そうかなあ。舞浜ちゃん、素質あると思うけど……」

「ない……、と、思う」

「まあ、あったとしても。王子くん相手じゃ話にならん」


 秋乃は、膨れながらも同意するっていうややこしいことして俺を笑わせると。

 王子くんに、にっこり微笑んだ。


「でも、ほんとに上手……。さっきのエチュードも、ドキドキした」

「そうかい? でも、お題が無いと何もできないんだけどね?」

「そういうもの?」

「うん。お題さえあればなんだってできるけどね!」


 へえ。

 そういうもんなんだ。


 ちょっと興味が湧いたな。


「王子くん。なんでもって、これでもできる?」


 俺は、この騒ぎのせいですっかり伸び切っているであろう昼飯。

 蓋を割り箸で挟んだままのカップラーメンを指差すと。


「もちろんだよ! 見といて!」


 王子くんはそれを手に。

 三人でお弁当を食べていた鈴村さんたちの元へ向かった。


 そして……。


「ああ、私の愛する姫君よ! 今の私は、あなたへ満足な晩餐を準備してあげることすらできない!」


 うおっ! この声量!


 耳じゃなくて、振動を胸で感じる!

 直接胸に訴えかけられているような感覚!


「だが……、だがいつの日か! きっと簒奪者どもを一掃し、我がダイクン家を復興してみせるとここに誓おう!」


 しかもさっきのお芝居と違って。

 ビブラートのかかった声が、切なさをひしひしと伝えてくる。


 背中越しに聞いてる俺ですらこんなにドキドキしてるんだ。


 そんな声を直接ぶつけられた三人組が。

 両手を胸に組んで祈るようなポーズで王子くんを見上げるのも当然だ。


「それまで苦労をかけることになるが……。今夜はこれで、飢えをしのいではくれまいか……っ!」


 そして差し出されたカップラーメンに。

 涙ながらに手を添える女子三人。


 やっぱすげえなあ!

 さすがは演劇部のエース!


「い……、いただけません! 王子!」

「これは王子くんが食べて!」

「胸がいっぱいで、喉なんか通らないよ!」

「ああ! 私の愛する姫君よ! ならば二人で分かち合おう!」


 そして、カップラーメンの蓋を大胆に勢いよく引きはがすと。


 王子くんは、口で割った箸でずるずる食い始めやがった。


「ちょっとまてえええい! カットカット!」


 慌てて魔法のカチンコ打ち鳴らして芝居を止めると。


 素に戻った王子くんが、箸持った手で頭を掻きながら戻って来たんだが。


「俺のメシだっての! やりすぎ!」

「あっは! ごめんごめん!」

「ったくお前は……」


 そして、返してもらったラーメンを。

 そのまま食べようとしたらクラス中の女子から悲鳴が上がった。


「ああ、そうか」


 つい忘れがちだけど。

 王子、女子だもんな。


「わりい、同じ箸で食おうとして。デリカシー無かった」

「いや? 気にしないでいいのに」

「そういうわけには……、ん? なんだよお前ら」


 気づけばさっきの三人組が。

 俺の席に群がって。


 すげえもの欲しそうにカップラーメン見つめてるんだが。


 そんなに王子が食べた箸で食いてえの?



 ……よし。

 そういうことなら。



 王子くんと同じ演技をして。

 お前らに、いらねえって言わせてみせるぜ!



 いざ!

 開幕!



「復讐を遂げるまでー、苦労を掛けることになるがー。今夜はこれでー、飢えを満たしてはくれまいかー」


 そして箸をぶっ差したカップ麺を三人の前に掲げると。


 あっという間に取り上げられて。

 奪い合いが始まった。


「あた……、あたしが先っ!」

「私が王子と半分こするって言われたの!」

「なに言ってるのよあたしよ!」


 自分の昼飯が三人に交互に食われて行くのを呆然と見つめていた俺の前に。


 隣の席から伸びてきた手が置いたもの。




 大根。




「うはははははははははははは!!! 悪かったな下手くそで!」


 大根役者だいこんやくしゃな俺にはお似合い。

 俺は、秋乃から貰った大根一本、生で食って。




 ……腹を壊した。




「あ、当たったってことは、お芝居上手だったから?」

「言いてえことはそれだけかいてててててて!」

「……保坂、うるさい。トイレで立ってろ」


 温情なのか罰なのか。

 さっぱり分からん。

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