秋乃は立哉を笑わせたい 第5笑
如月 仁成
バニラヨーグルトの日
人生と芝居との境界は。
一体、どこにあるのだろう。
自分という監督が決めた舞台に立って。
自分らしさという演出家によって芝居をする。
そして自分の見聞きしてきた言葉によって書かれた脚本を口にして。
夜の帳と共に一日の幕を下ろす。
冒険、変化が認められている中学生の頃に。
自分で決めた、自分の役。
それに従って。
誰もが人生という長い舞台を演じ切る。
でも。
ある日突然、役を変えると。
周りの役者が困惑するから。
そうしないだけで。
役者はいつだって。
どんな役も演じることができるんだ。
……俺だって本当は。
たくさんの友達を引っ張って歩くような役者を目指していたんだが。
今は、まだ。
自分という監督が。
『俺』という役を俺に課したまま。
無理はするなと。
そう言っている気がするんだ。
秋乃は立哉を笑わせたい 第5笑
=友達と、お芝居を演じよう=
~ 八月二十四日(月)
バニラヨーグルトの日 ~
出席番号1番 安西さん
※
上演狂言の題名が書いてある看板
一学期の終業式に言われたことなんて。
覚えていなくて当然だろう。
だから誰もが。
今日はとっとと家に帰って。
夏休みのエピローグを楽しむつもりでいたんだ。
そんな、誰もが乗り気じゃない。
緩んでだらけた空気の中。
文化祭の出し物についての打ち合わせは。
非常に効率悪く進行していた。
「じゃあ開票するわよ! 出していない人いないわね?」
肩にかかるかどうかという長さ。
黒髪ロブを内巻きにした委員長。
入学直後の自己紹介で。
噛んだ言葉があだ名になった。
安西さんが声を張る。
そんな言葉に返事もせず。
なんとなくぼーっとするクラスの面々。
の、中で。
お前だけ。
ひときわ異端。
「……なに作ってんだよ」
さっきから、木材を加工して。
なにやら工作し続けているこいつは。
飴色の長い髪を机に這わせるほど前かがみになって。
俺の呼ぶ声に反応もせず。
一人、集中しているようなんだが。
それにしたって。
バニラヨーグルト食いながら工作すんじゃねえよみっともない。
今も、プラのスプーンでヨーグルト口にして。
白い接着剤を小ベラで塗って。
「どっちかにしろっての」
ヨーグルト食って。
接着剤を塗って。
「お? 集計終わったか?」
ヨーグルト食って。
接着剤を塗って。
「……おい、お前。大変だぞ黒板見ろ」
ヨーグルト縫って。
接着剤を食……。
「あぶねえ!」
慌てて手を掴んで。
口に塗りつけようとしてた接着剤を水際で止めることに成功した。
「な、なに?」
「よく見ろ、それ!」
「…………うわっ!? あ、ありがと……、ね?」
助かったとか、胸を撫でおろすこいつの手元。
一生懸命作っていたのは。
「カチンコってやつか」
映画とかドラマとか。
カメラの前でカチンとやるあれだ。
シーン、テイク、ロールと。
撮影日付を書く欄まで作って。
「本格的だな」
「うん。……お芝居に決まったから……、ね?」
「芝居じゃ使わん。映画なら使うだろうけど」
「…………あ。ホントだ」
「それより舞浜、あれ見ろ、あれ」
「……秋乃」
「が、学校じゃ恥ずかしいって説明したろ!?」
こいつ、朝からしつこいぞ!
慣れるまで二回に一回で妥協しろって言ったじゃねえか!
「はい、テイク・ツー」
そんなこと言いながらカチンコ鳴らして。
なに作ってんだとみんなに笑われてるが。
お前。
「そんな余裕あるのか?」
「なに……、が?」
「お前、ヒロインなんだけど」
俺の言葉に弾かれるように。
席をがたっと立った秋乃は。
黒板に書かれた正の字を見て。
わたわたあわあわ踊りだす。
「どどどど、どうしよ!?」
「良かったじゃねえの。人気があるってことだろ」
「や、やだやだやだ! じゃあ保坂君、主人公やって?」
「無茶言うな。どこのもの好きが入れたか知らんが何票か入ってるけど、一位は甲斐なんだから」
さあて、俺は何やろう。
大道具とか面白そうだな。
ぐいぐい腕を引っ張る秋乃は無視して。
俺は、楽そうな仕事を選んでいたんだが……。
「ああ、ヒロイン舞浜ちゃんかよ。だったら主人公、甲斐に入れたけど立哉にしてやってくれ。舞浜ちゃんが可哀そうだから」
「ごめんね? 面倒かもだけど、あたしも王子くんに入れた票、保坂君にして。アキノンが可愛そうだから」
「おい待てお前ら。俺が可哀そうだろうが」
舞浜の悲壮な声に。
同情票が集まって。
俺と甲斐と。
そして。
「あれ? あっは! 三人同票になったみたいだね!」
きけ子の隣に座る。
王子くんこと。
西野さんと、同票になっちまった。
……王子くんとあだ名される通り。
精悍で彫りの深い顔立ちの西野さん。
襟足からすらっと伸びる細い首と。
サラサラヘアーをキザに掻き上げる癖の持ち主。
演劇部の一年生にして。
定期公演では王子役を欠かさず演じる実力者。
でも……。
「困ったわね。決選投票しようにも、全票三人にしか入ってない。なんで今日に限って二人も休むのよ……」
「ねえ、委員長。三大イケメン、どうせ三人共舞台立つんでしょ? 他の日にもっかい決めない?」
「そうしようぜ、しまっちゅ」
「しまっちゅ呼ぶな!」
なんだか騒然とし始めたけど。
それよりも。
「今、三大、なんつった?」
「い、一年生の、三大イケメン。他のクラスの子が、全員このクラスかよーって、羨ましがってる……」
「それが、誰と誰だって?」
「甲斐君、保坂君、西野さん」
「最初のしか同意できねえだろ」
甲斐は分かる。
だが、俺が入る意味が分からねえし。
最後のひとりに至っては……。
「女じゃねえか」
「でもイケメン」
……まあ。
だからあだ名が王子くんな訳なんだが。
それにしても、なあ。
俺は、話の流れで王子くんに目を向けると。
彼女は視線に気付いたようで。
無邪気な笑顔で手を振って来る。
その爽やかさ。
なるほど、イケメンだ。
「ええい騒々しい! ひとまず主役は今度決めるとして、他の役職決めるわよ!」
「そうだぜ、早く終わらせようぜ、しまっちゅ」
「しまっちゅ言うな! それじゃ、制作班希望の人は……」
委員長が、話を先に進めようとしてるが。
自分の境遇に目を向けないという前提で。
それには賛成だ。
パッと決まらない案件は。
一度持ち帰りが正解。
俺は心の中で。
委員長の采配に拍手を送っていたんだが……。
「しまっちゅ! それは違う!」
急に、王子くんが席を立つと。
委員長に張りのある声で訴えかけた。
「これは文化祭! クラスの皆、それぞれが一つのパーツになって巨大な歯車を回すんだ! そんな装置の中で、君は何の役を担うのか! 委員長として、どんな花を咲かせるのか!」
なんという芝居じみた言葉使い。
そして身振り手振りも随分大げさだ。
こんな訴えかけに何の意味があるのか。
さぞや委員長は呆れているだろうと思ったら。
「……ありがとう、王子くん! あたしはあたしの花を咲かせるわ!」
「うそだろ?」
芝居っけに当てられた委員長が。
熱く語りだす。
「みんな、聞いて! このお芝居、質はどうでもいい! でも、全員に思いっきり取り組んで欲しいの! 青春の輝かしい一頁にして欲しいの!」
伝染病かよ。
怖えな。
そうだとも! とか同調する王子くんと委員長以外。
みんな眉根で爪楊枝持てそうな顔になっちまった。
「そのためには柱が! 目もくらむばかりの光が必要! 柱とはすなわち、ヒロインと主人公! これを決めずに暗闇を進めば、きっと船は難破する!」
しかし面倒だな。
どうにも決まらねえ無駄な時間費やすことになるぞ?
「ね、ねえ、保坂君。これ、長くなりそう?」
「だな」
「それ、困る……」
わたわたし始めた秋乃。
こいつ、用事あるとか言ってたっけ。
でも、王子くんの言葉で始まった芝居を。
止める方法なんてあるのか?
…………ん?
お前、なに渡してきた?
「だからみんな! 私に力を貸して! 今、この場で主人公を決めましょう!」
舞浜が、俺に手渡したもの。
それは。
さっきのカチンコ。
「うはははははははははははは!!!」
「何が可笑しいのよ保坂! 言ってみなさい!」
「はい、カット」
俺がカチンコを鳴らすと。
途端に落ち着き払った委員長は。
「…………明日決めっか」
「うはははははははははははは!!! なんだこのマジックアイテム!」
こうして、
今日は解散することになった。
「機転きくヤツだな、舞浜は」
「秋乃」
「…………面倒なヤツだな、秋乃は」
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