第12話 ごめん……でも嬉しい。

 九月になり、夏樹とシモンは修士課程二年目に入った。


 十月。ショッピングモール主催の学生コンペの結果が発表され、夏樹とシモンは一位を獲得した。


 ショッピングセンターの掲示板に順位が張り出され、三位以下は、優秀賞、アイデア賞と、あった。

 それぞれ賞金も出る。


 だが、採用されるのは一位だけなのだ。

 作成したデザインが、現実のものとして形を成すのは、一位だけなのだ!

 自分たちがデザインしたキッズルームで、子どもたちが遊ぶ。

 そして、いま自分たちの名前が掲示板に張り出されているのだ。


 

 “俺の名前!”

 

 

 通知は、電話と文書でも来たが、こうして張り出されているものを見ると、一層感慨深い。


 

「やったね! 一位入賞だよ!」


 シモンが顔を赤くして喜んでいる。今にも泣きだしそうだ。

 興奮した姿は彼にしては珍しい。


「ああ」


 心を隠し、平然を装う。


(こいつと手を取り合って喜ぶのはごめんだ)


 想像するだけで気色が悪い。


「なんだい。甲斐のない奴だなぁ」


 シモンは夏樹の態度に不満そうだ。


「でも、まぁ。いいさ。僕、賞を取ったのは初めてなんだ。自信が持てたよ」


(こいつは、もう少し自信を持ってもいいんだかな……)


 夏樹は思う。これはシモンにとって、いい機会になるだろう。


「ねぇ。夏樹。賞金が出るよね」


 冷静さを取り戻したシモンが言う。


 そう。賞金が出るのだ。


「ああ」


「何に使うか決めた?」


「……」


 沈黙して、下を向く夏樹を見て、シモンが意味ありげに笑う。


「なんだよ!」


 夏樹が憮然として言うと、


「別に……」


 シモンがにやにやと笑っている。


 何を想像しているか知らないが、気持ちを探られるのは気分が悪い。


「じゃあ、今日はこれで!」


 憮然としたまま、夏樹はシモンと別れた。




 食事が終わると夏樹はダージリンの夏摘みセカンドフラッシュを淹れ、それを飲みながら、時計の前で時間が経つのを待った。

 シモンと別れた後、les quatre saisonsで買ったばかりの茶葉だ。

 カップに注ぐと、果実の香りが漂う。

 

 夏摘みの最盛期の六月上旬に採取された茶葉だ、香りもコクも最も深い季節のものだ。

 この後、気候の変化とともに茶葉の風味は薄れ、夏摘みの季節は終わる。


「ま、値段はそれなりだったけどな……今日は特別だ!」


 一人祝いたい日もある。

 豊かな芳香、深い味わい……。

 夏樹は、それを一人楽しんだ。

 それに今日は、もう一つ大切なことが控えているのだ。

 時計を見る。


 

 時間の経つのが遅いような気がする。

 何度も時計を見直す。

  

  “カチッ カチッ……”

 

 時を刻む音が耳に響く。

 

 やがて時計が0時を指し、日付が変わる。

 

(時間だ!)

 

 スマホに飛びつく。

 

「茉莉香ちゃん。おはよう」

 

 日本時間で、茉莉香が登校前の時間を待っていたのだ。


 茉莉香は、すぐに出てくれた。


「おはよう。夏樹さん。大丈夫? 夜、遅くない?」


 小さく弾む声が聞こえ、胸に懐かしさがこみ上げる。


「ああ。今日ね、報告があって。コンペ優勝したよ。賞金も少しだけど出たんだ」


「まぁ! おめでとう!」


「それでね……」


 夏樹が言いかけると、


「賞金は大切に使ってね!」


 茉莉香が心配そうに言う。

 その口調は、口うるさい母親のようだ。


「あのねぇ」


 話の腰を折られて、夏樹は憮然となった。


「だって、大切なお金よ。私には使わないで、夏樹さん自身のために使って」


 夏樹は、茉莉香の心遣いが嬉しかった。

 だが、言わなくてはならないことがある。


「年末に、日本へ戻るつもりなんだ。その旅費に使うよ」


「……」


 茉莉香が沈黙している。


「茉莉香ちゃん?」


 金の心配をしているのだろうか?

 喜んでいないのだろうか?


「茉莉香ちゃん?」


 再び問いかける。


 茉莉香の沈黙が続く。


「……うれしい……」


 消え入りそうな声で囁いた。

 涙声を悟られないように気遣っているのだろう。


「私ったら……。夏樹さんには、無駄遣いして欲しくないって思いながら……でも、嬉しいの。会えることがうれしいの」


 いつも明るく弾むような茉莉香の声が、くぐもっている。


「うん。俺も嬉しいよ」


「……」


 沈黙の後、茉莉香のすすり泣く声が聞こえてきた。

 今すぐ細い肩を抱き、涙を拭いてやりたい。


 今はそれができない。

 だが、クリスマスには会える。


 二人の間に沈黙が続き、それはいつまでも続くようだった。

 


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