第9話 学生コンペ-2

 日曜日の朝。


 夏樹は、ナタリーに会いに行った。

 今日は頼みごとを聞いてもらわなくてはならない。


「実は……」


 と、説明すると、

 

「まぁ! 素敵な計画ね♪」


 ナタリーは快く承諾してくれた。


「コレットいらっしゃい!」


 ナタリーに呼ばれて、コレットが現れた。


「夏樹が遊びに連れて行ってくれるわ! よかったわね♪」

 

 ナタリーの言葉に、コレットがにっこりと笑う。

 天使の微笑みだ。

 

 そして、


「あっ! 夏樹。 荷物! オムツとウェットティッシュ。オムツ替えできる? あと、このお水も持って行ってね」


「ありがとうナタリー。オムツ替えはできるよ。それから水分にも気を配る。お昼までには戻るから」


 そう言って、渡された荷物を鞄に入れ、肩にかけ直した。


 コレットはナタリーに、“行ってきます”と、手を振ると、


「ナチュキ。ナチュキ」


 と、さっそく抱っこをねだってきた。


「おーし!」


 軽々と抱き上げると、コレットが声を立てて笑う。


「やっぱり夏樹はいいパパになるわ♪」


 ナタリーが納得したようにうなずき、夏樹は顔を赤らめ、聞こえないふりをした。




 目的地は4区のショッピングセンターにあるキッズルームだ。


(……ったく! ナタリーが余計なことを言うから……)


 コレットの手を引き、ブチブチと不平のようなものを言いながら歩く。

 

 時折、コレットが手を広げて抱っこをせがんだ。


「よしよし」


 抱き上げたり、歩かせたりを繰り返す。

 肩車をすると、コレットは両手を高く上げ、状態を上にそらした。

 まるで、風をつかもうとするかのように……。




 ようやく目的地にたどりついたのは、ショッピングモールが開店する十時少し前だった。


(今日こそは何かをつかんでやる)


 シモンは現地で待っていた。

 

 到着早々、シモンに、

 

「お前は外で時間を潰していろ。幼児一人に男二人。立派な不審者だ」


 と、言った。

 

 だが、シモンは気分を害する様子もなく、


「そうかい? じゃあ、僕はカフェで時間をつぶしているよ♪」


 と、足取りも軽く去って行った。


(やけに嬉しそうだったな)

 

 面倒なことから解放され、ほっとしているのだろう。


 確かに、親子連れの中で、コレットと二人になるのは気恥ずかしい。

 兄妹にしては年が離れすぎている。むしろ親子といった方が自然だろう。

 

 周囲を見回す。

 今、ここで遊んでいるのは自分たちを含め五組だ。

  

 一人の子どもが泣き出し、親が慌ててなだめている。

 どの親も自分の子どもにかかりきりで、夏樹に関心を払うものはいない。


(意識し過ぎだな)


 本来の目的を思い出す。


(この前みたいにならないようにしないとな……)


 あからさまに子どもを観察するようなことは、もうしない。

 コレットと遊びながら、さりげなく目を配る。

 子どもの遊び方、道具の選び方、歩く速度、遊びに使うスペース……。

 

 だが、何を基準に観察したらいいかがわからない。

 部屋は騒々しく、集中することも容易ではない状態だ。



「ナチュキ! ナチュキ!」


 コレットは夏樹によく懐いていた。

 これだけ慕われると、さすがに可愛い。


「さあ。コレット。なんでもいいから好きな玩具おもちゃで遊んでいいんだよ!」


 壁をなぞる様に部屋中の玩具を指さすと、コレットは目を輝かせて歓声を上げた。

 興奮のため、顔が上気している。

 どれにしたらいいのか決められず、よちよちとした足取りで部屋中を回り始めた。


 ……だが……。


 コレットが数多あまたある玩具の中から選んだのは、いつものだった。 


「また、その遊びかよ……」

 

 ここにまで来て……と、思う。

 これだけの種類の玩具がんぐを前に、なぜ、それなのか? と。


 コレットは、どこからかプラスチックの積み木を持ってくると、家のようなものを作り始める。


 夏樹が苦笑しながら、一緒に積み上げると、


「タァー!」


 水色の瞳に金色の髪。ふっくらとした手足。

 天使のようなコレットが、キャッキャとはしゃぎながらそれを崩す。


 積み木ってやつは、どこにでもあるものだ。


 夏樹はうんざりとした。


 だが、コレットは楽しそうだ

 その姿を眺めることは、夏樹にとっても嬉しい

 コレットの喜ぶ姿を見て、夏樹の表情も緩む。



 積み木、ボール、輪投げ、絵本、人形……。


 子どもたちは、それぞれの玩具で思い思いに遊ぶ。


 部屋は騒々しく、コレットを見ているだけで神経を使うのに、気の休まる間がない。


(親ってのは大変だな)


 しみじみと思う。



 親になる。


 夏樹には、家庭を持つということがイメージできない。

 茉莉香もそれを感じ取っているような気がする。


(生育環境のせいだろうか?)


 違うだろう。


 自分は周囲の同い年の人間に比べ、妥協できないことが多い。

 それは持って生まれた気質であり、この道を目指してから一層強まったと思う。

 その上、ひとたび目標を定めると、そのことだけに集中してしまうのだ。

 現に、こうして茉莉香を日本に置いてここにいる。

 二人の将来について具体的な話をしたことがなく、茉莉香の方から話を向けてきたことも無い。


(俺がそうさせているのだろうか?)

 

 茉莉香は優しい。

 自分が返答に困るようなことは、話題にしないだろう。


 一抹の不安と、やましさが心をよぎる。


(いやいや、今はそれどころじゃないだろ!)


 集中すべきことがある。そのためにコレットを連れ出したのだ。

 ナタリーの好意を無駄にしてはならない。

 

 だが、夏樹の集中を阻む強敵が現れた。

 

  ビー! ビー! ビー 

 

 凄まじい音がする。

 

 音のする方を見ると、父親の一人と目があった

 

 (お互いに大変ですね)

 

 そんなことを言っているかのような目からは、疲労の色が伺えた。

 彼は娘を連れている。

 娘は、鍵盤型のボードを叩きながら、頭の痛くなるような音楽を奏でていた。

 

  ビー! ビー! ビー!

 

 ボードは形容しようもない騒音を繋げて、メロディーらしいものを生み出していた。

 もともと騒々しい音色しか出ないのだ。それを滅茶苦茶に叩くものだから、とてつもなく酷い曲が出来上がる。

 誰もがこの父娘に目を向けるが、すぐに自分の子どもに注意を戻した。

 幼児のそんな有様には慣れっこだというように……。


(うるさい!)


 だが、夏樹は、それを無視することができずにいた。


 父親はやめさせる気力もないようだ。諦めたように音楽を聴き、一緒にボードを叩いている。

 

(ご苦労なことだ……)

 

 同情せずにはいられない。


 ……が……!



  ビー! ビー! ビー!



 幼女は飽きることなく、音楽活動に励んでいる。

 ひとたび気になると、いっそう音が大きく聞こえるのだろうか。

 音符の一つ一つが耳に刺さり、頭が割れそうだ。



  ビー! ビー! ビー!



 勘弁してくれよ! 

 娘を止めない父親を恨めしく思う。




 その時だ。



 ……あ……れ……?


 

 何かが閃いた。

 

 周囲を見渡す。

 

 幼児と付き添いの親たちを……。

 

 子どもたちが遊び、親がそれを見守っている。

 

 

 

 

「そうだ!」


 突然の大声に、コレットが驚いている。


「ああ、ごめんよ。驚いたね?」


 夏樹が詫びると、気を取り直したコレットが、にっこりと笑った。



 そうなのだ……。

 発想が逆なのだ。


 夏樹には確信があった。

 

  





 

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