第3話 謎かけ男-1
夏樹が修士留学を開始して、半年が経った。
同じクラスにシモンがいる。
「僕は卒業したら、エコール・デ・ペイサージュでペイサジスト(環境デザイン)の学士をとりたいんだ。建築士の実務講習は、そこを卒業したら故郷で受けるよ」
「へぇ」
エコール・デ・ペイサージュに入学するには、厳しい審査がある。
「おまえなら、大丈夫なんじゃないか?」
夏樹の言葉に、シモンが恥ずかしそうに頭を掻く。
「それで、故郷の協会に登録して、国から旧市街の保全業務を受注している業者に就職できれば……って思っているんだ。でも……」
「でも……なんだよ」
「……」
シモンが下を向いてもじもじしている。
(いい加減に、もっと自信をもつべきなんだけどな)
見ているだけでイライラする。
(こいつに自信を持たせるにはどうしたものか……)
と、考えかけて止める。
(なんで、こいつの心配をしてやらなきゃいけないんだ!? 俺はお守りか?)
この愚図でドンくさい人間は、やるべきことを見つけているのだ。
わけも分からず、腹立たしい。
自分はどうしたいのだろうか?
このままいけば、ガスパールの事務所で建築士としての職を得る可能性は高い。
そのこと自体は、喜ばしいことだ。
だが……
夏樹は、大学で学びながら、ガスパールの事務所でバイトをしている。
修士留学のために、戻った時は、
「よく戻って来てくれた!」
ガスパールからの歓迎を受けた。
現在は、アランのアシスタントをしている。
アランはパスカルより少しばかり年上だ。
黒い瞳に、黒い髪。陽気で口数が多い。よくわからないジョークを飛ばしては、
周囲を困らせている。
ある日現場で、
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これって何だと思う?」
アランは職人たちの前で、大声で問いかけた。
これは何だろうかと、夏樹は思った。
ジョークではなさそうだ。謎々だろうか。
謎をかけられれば、解いてみたくなるものだ。
(簡単だ。人間だろう? どこかで聞いたことがあるぞ!)
赤ん坊の時ははいはい。二本足で歩き、老人になったら杖をつくというあれだ。あまりにも有名な謎々だ。
単純な謎かけに呆れていると、
「正解は、足を切った椅子だ!」
がっくりと体の力が抜けるのを感じた。
(おかしい! どう考えたっておかしいだろう!? 昼間の二本足はどうなったんだ!? そもそも何で椅子の足を切るんだ!?)
そして、真剣に考えた自分を忌々しく思う。
だが、職人たちには大うけだった。皆が肩をたたき合って笑っている姿を、夏樹は唖然とした思いで見た。
アランは明るい性格が職人たちに好かれている。
彼らがアランのジョークを理解しているかどうかは極めて怪しい。
だが、気持ちが高揚し、その場の士気が上がるのだ。
……そして、女性にもモテる。
長続きはしないようだが……。
アランは、マリエットにもモーションをかけている。
軽口をたたきながら彼女を誘うが、のらりくらりとかわされている。
(この二人はナシだな)
夏樹は思う。
そして何よりも驚かされたのは、
「おい! これやっておけ!」
こんな具合に大事な仕事を任されてしまうことだ。
業者や職人の調整、現場の進捗の確認を、夏樹に任せてしまうことがあった。
フランスでの資格こそないが、日本の資格は取得しているし、パスカルのもとで、経験を積も積んでいる。できない仕事ではないが、こんな責任の重い仕事をバイトに任せるアランの気が知れない。
慎重なパスカルなら、絶対にあり得ないことだ。
だが、貴重な経験だ。
夏樹は密かに満足していた。
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