第11話 子夜の訪問者

 北山夏樹は、ひとり部屋で悶々としていた。時間の無駄だとはわかっていても、やるべきことに手がつかない。時計の針が、もうすぐ深夜の一時を指そうとしていた。


 将太の母親のことを考える。彼女は施設に将太をあずけた後も、思い出したように面会に来た。そのときの将太の喜ぶ姿と、帰った後の落胆する様子を何度も見てきた。

 喜びがなければ失望もないだろう。夏樹には中途半端な優しさが残酷な行為に思える。

 その上、将太が働くようになってからは、金をせびりにくるようになった。受け取った金を何に使っているのだろうか? いつもちゃらちゃらと着飾っている。


 あんな親ならばいなくてもいいのではないだろうか?

 自分ならばそう考える。親がいなくて寂しいと感じたことはない。


 だが、茉莉香なら怒るだろう。あの性格ならば容易に想像できる。

 パリで身をていして自分を庇ってくれた姿が、今もありありと目に浮かぶ。

 ちょっと黙っていればよかったのだ。なぜ、言ってしまったのか?

 悔やんでも悔やみきれない。



 ドアのチャイムが鳴る。


「誰?」


 ドア越しに尋ねる。


「俺です」


 将太の声だ。

 渋々ドアを開ける。


「なんだよ。こんな時間に」


 不機嫌な顔と声色で言う。


「これ、お袋が」


 旅行の土産物の包を差し出す。中身は菓子だという。

 彼女に一緒に旅行に行くような友だちがいるのだろうか? こんな時間に将太が訪ねてくるのもおかしい。

  

「まぁ、入れよ」


「スミマセン」


 夏樹はティーバッグの緑茶を湯のみ茶碗に入れたまま将太に差し出す。大学の給湯室から拝借した、どこにでもある湯のみだ。土産の包をチラリと見るが手は出さない。


「実はですね。お袋が結婚することになったんです」


 夏樹は特に驚かなかった。彼女はまだ若いし、美人だ。結婚しても不思議はない。ただ、それが将太にどうかかわってくるかは気になる。


「へぇ」


 先日カフェで見かけたことは口にしなかった。


「飲食店を経営しているらしくて、年はお袋より少し下だけど、お袋が幸せになってくれればと思って」


「なれそうな相手か?」


 将太がうつむく。


(うんざりだ)


 騙されて、貢いで……その繰り返し。将太にもとばっちりがくる。本来ならば、彼はもっといい生活ができるし、貯金もできるはずだ。


「もう、いい加減ほっといたら?」


「あの、今度はちょっとまずそうなんで」


「まずいのはいつものことだろ?」


「今までは、ただのだらしない人たちだったんですけど、今回は、始めから騙そうとしているみたいで」


「なんでそんな風に考える?」


「いろいろ買わせたり……あと、保険に入らせようとしたりして……」


「うーん。でもなぁ」


 とにかく、あの女には関わりたくないのだ。気持ちを踏みにじられながら、母を慕い続ける将太の気が知れない。もっとも本人は、まったく悪気がないようだが……


「アニキだったら、あいつの正体を突き止められると思うんです」


「なんで?」


 わけがわからず夏樹が尋ねる。


「あの女の子のバイト先突き止めたじゃないですか」


 夏樹はキリキリと何かが胸に刺さるのを感じた。鈍感さは時に強力な武器になる。将太の言葉には全く含みがない。そんな将太を夏樹は恨めしく思う。


「ああ、ああ、わかったよ!どうするか考えてみよう」


 夏樹はなかばやけになって、将太の頼みを引き受けた。










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