自分が神を信じなくなった日

@ryou-hikawa

自分が神を信じなくなった日

あれは一人きりの夏のこと。


 父は仕事に、母と弟は祖父と祖母の家に行き、そして自分はというと、任されたはずの家事をほっぽり出してアニメの映画を見ていた。

 映画の内容は未来の消防士がロボットに乗って地球の危機を救う……そんな感じの話。

 なかなか熱くなるストーリーで、その影響もあり、その時の自分のテンションはかなりハイだったはず。

 映画を見終わった自分は、リビングで掃除に使うプラスチック製の棒を剣の替わりにし、映画の真似をしたりして遊んでいた。

 実に子供らしいが、その時は十三歳だったし仕方がない。

  ……えっ、十三歳でごっこ遊びはおかしい?……まあ、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、事が起きたのは遊びの終盤、必殺技を放つシーン。 

 剣を肩に構えて、めいいっぱい力が入る体制に変え、思いっきり……振りかざした。

 そして途端、ポキンという音が響き、重なるようにグシャもいう、何かが当たるような音も聞こえた。

 妄想だと、ここで敵が粉々になる。

 しかし妄想と現実は違う。そもそも敵がいない。だったらどうなったのか?


 テレビの液晶が粉々になった。


 なんでって思った。それはそうだろう。

 剣で直接テレビを叩いたわけじゃないし、離して投げたわけでもない。

 しっかり握っている感触があるし、剣の姿だって……。 

 この時ようやく、なぜ液晶が割れているか理解できた。半分ほどに短くなった剣……いや、棒を見た時に。

 思いっきり振りかざした棒は自分の力に耐えられなくて真っ二つになり、その破片がテレビに当たり液晶が割れたというところだろう。

その証拠にテレビの近くには棒の半分が落ちている。

 先ほどまでバラエティ番組を映し出していた液晶の左半分は、ブラックホールのような黒い綺麗な真円で埋められていた。

 冷静に状況確認できているが、それもここまで。    

 テレビをもう一度見たときに自分が今、どんな深刻な状況に立たされているのかやっと気がついた。

 どうしよう、ヤバい、そんな言葉が頭の中をずっとループ。永遠に続いていく、それは目の前のブラックホールと似ている気がした。




 何分くらい突っ立っていただろうか。

 もう何もしたくないが、しかし、こうやっていつまでもグズグスしてはいられない。

 こういう状況は何度か経験している。まず、誤魔化すことを考える。

 仕方なく、自然にこうなってしまったという嘘を。

 周りを見渡すとジュースの瓶や玩具などの物が散乱している。汚部屋というほどではないが少し歩きにくくて転んでしまいそう……。

 棒を持って掃除をしていたら瓶を踏んでしまって転んで、持っていた棒がテレビに当たり液晶が割れてしまった、というのはどうだろうか?

 ……少し無理がある気がする。

 こんなのでは、三流の探偵でも嘘だと気づくだろう。

 こんなんじゃダメだと思い、それからも必死に考えるがやはり何も思いつかない。

 正直に話すしかないのか……。

 渋々、スマホを手に取ると父の電話番号を打ち込み、あとは緑色の通話マークを指で押すだけになった。

 だがその指は最後の抵抗か、震えている。それでも押さないといけない。そして、とうとう押してしまった。

 トゥルルルルルと呼び出し音が鳴り続ける、あとは父が電話に出るのを待つだけだが、まずいことに何と言うか考えていなかった。今のうちに考えようとするが、考え至る前に父が電話に出た。

『もしもし? 』

「あっ……」

言う台詞を考えてなかったせいと緊張感で声が掠れた。

『ん?』

「あの…さ、テレビ……壊しちゃった」

『……何やってんだよ』

 電話ごしでも呆れているのが見て取れる。

「……ごめん」

『あー、今忙しいから続きは家帰ってからな』

 そう言い、父は電話を切った。

 ……終わった。短い会話だったが自分にはとても長く感じた。

 あまりの解放感からソファーに崩れ落ち、大きく息を吐いた。

 しかし、これで終わりではない。テレビの保証書などを探して被害を減らす仕事が残っている。

 ソファーに身を委ねながら、どうしたものかと、テレビを眺めていると液晶の傷口から白い液体が出ているのに気がついた。

 テレビに近寄り白い液体を見ていると、テレビの涙なのではないかと思えてきた。

 それに罪悪感を覚え、耐えられなくなり「ごめんよ」と言葉を漏らしながら傷ついたテレビに優しく触れた。




 テレビを触れ続けていると服を洗濯しなければいけないことを思い出した。

 普段なら、「ごめん、明日やるよ」で済む話だが、今はそういかない。

 これで洗濯もしてないと知られたら、ただでさえ恐ろしい雷がさらに大きくなる

 しかし、今から洗濯して干したところで乾きやしない。当然、親にサボっていたことがバレてしまうだろう。

 金がかかるが背に腹は変えられない。乾燥させるのはコインランドリーを使うとして、洗濯機のスイッチを入れ洗濯を始める。


 洗濯してる間に保証書を探し終わるとテレビの傷について調べていた。

 わかったことは今すぐには直らないこと、そこそこ金がかかること。

 それらは自分の不安をさらに大きくした。




 ピーと洗濯が終了した合図が鳴り、コインランドリーに行こうとすると、ふとカレンダーが目に入り、今日の日付のところには「先負」と書かれていた。

 先負ってなんだろう?疑問が浮かんだ。

 親がいつ帰って来るかわからないっていうのに自分はスマホで「先負」と調べていた。

 検索結果の一番上のサイトを開くとこう書いてあった。



 午前中は凶、午後は吉とされる日。



 ……ふざけんな。何が先負だよ、後負じゃねえか。


 今日を先負だと決めたは神だと勝手に決め付けて、怒った。恨んだ。呪った。

 この時から自分は神を信じなくなった。

 別に神を信じてたわけではない。

 その感情を誰でもいい、何かに押し付けてるだけだ。

 これはもう、俗に言う八つ当たりだろう。

 

 気持ちを落ち着かせると洗濯物を大きい袋に入れ、家を出た。

 自転車のカゴに洗濯物が入った袋を載せるとサドルに跨り、ペダルを漕ぎ始めた。


 コインランドリーに着くと乾燥機に洗濯物を放り込み、百円玉を入れた。するとドラムが動き出した。

 ふと、喉の乾きに気づいた。極度の緊張と焦燥感で感じられなかったが。

 何か飲み物でも飲もうと思い、店の外に出た。

 店の前には自動販売機があって、いつもここに来ると白ぶどうとアロエのジュースを買うのだが、ラインナップにはそれはなかった。

 ああ、なくなってしまったのか。

 いつだって失くなるというものは寂しいし少し辛い。

 今回のテレビだってそうだ、もし修理出来なかったら捨てられてしまうだろう。

 そんなことを考えながら、何を飲むか決めた。

 指はいつもなら絶対買わないMAXコーヒーを選んでいる。そのまま緑色に光ったボタンを押すとガタンと少し重い音と共に、黄色の細長い缶が出てきた。

缶を開け、少し口に入れる。もはや、これは砂糖水なんじゃないかと思うくらい甘い。それがどこか可笑しくて笑ってしまった。

 笑いが収まると自転車に寄りかかり、何かを吐き出すように溜息を吐いた。

 もし、これがバイクだったら少しは格好ついたかもしれないが、ママチャリじゃ逆効果だ。


 カッコわりいな。


 ママチャリもそうだが自分もだ。


 親に迷惑をかけるのが本当に嫌だった。

 テレビの修理代だって数万円はするだろう。 その修理代だって自分には払えない。

 身長が大きいからって大人ぶってたけど所詮、金も稼げないガキで、誰かを頼らないと生きていけないことを痛感させられ、その事実はとても冷たくて、恥ずかしい気がした。

 でも、舌にまとわりついてくるその甘さだけは、やけに優しかった。

 しょっぱい滴と甘い滴は混ざり合い、頬から溢れてアスファルトに染み込んだ。

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