第8話 3ヶ月
母が死んでから、30年が経ってしまった。
私はあの日から何一つ進歩が無く、毎日日雇いの仕事をするばかりだ。
仕事は冒険者ギルドで11年ほど前までは受けていたのだが、その時パーティーを組んでいる仲間に裏切られて、足を片方失くしてしまった。
元々強くも弱くもない、ベテランというのだけが取り柄だった私は、足を失くすという、冒険者として、いや、人としての生活もままならなくなってしまった。
「ああ、母よ!神よ!私の一体何がいけなかったのか!何故私がこのような惨めな思いをしなければならない!私ではなく、私を裏切ったもの達こそ、罰を受けるべきだ!いや、私が奴らに罰を与えてやる!どうか神よ!私に偉大なる力を与えたまえ!」
ーーーーーーーーーーー
「…………ふっふっふっ、そしてオレは神から最強の力、暴食の権能を授かり、オレを裏切った奴らに無双し、ざまぁしていく!完璧だ!おれこういう英雄になりたい!今までオレを踏みにじってきた奴らをいたぶって、まだ余裕ですよ感とか出したい!オレ最強になりたい!!」
どうも、絶賛領主邸で引きこもりながら修行している、アースです。
マミーが死んでから約3ヶ月がほどが経過していた。
あの後色々あったな〜。
レンスさん達からオレの家とかその周辺が焼け落ちていることも聞かされて、泊まるところがなくて困ったり、マーさんやラグラさん、あと近所で前はよく遊んでいた友達が死んでいて寂しくなったり、とまぁ、なんか色々あった。
それとレンスさん達に修行をつけてもらおうと頼んだのだが、「もう用事も済んだし、王都へ戻らなければいけない」と言われて、修行をつけてもらえなかった。めちゃくちゃガーン!てなったわ。
あの人達に教えてもらえれば確実にオレ強くなってたのに。
あと、オレが領主邸に泊まっている理由だが、家が無いから、以上。
………は〜、もう少しおれが丁寧に説明しよう。
おれ達は家が全焼して、滞在する場所がなかった。
金も無ければ、家もない。何か支払える代価もない。
そこで暫く右往左往していたが、おれが領主に頼み込んで暫く住むところを貸してもらうか、金を貰うことを提案した。
前の領主を処刑して領主になり、囚われていた者たちの慰謝料や治療費などもろもろ世話をしてくれるようなやつだ。
簡単におれ達の要求を飲むことはないだろうが、どこかおれ達の都合がいいところまで相手に妥協してもらうつもりだった。
おれ達まだ子供だしな。大丈夫だろう。
そう思って領主に話しをつけに行ったのだが、驚くほどあっさり新領主はおれ達の要求に頷いた。
それもありえない好条件で。
「部屋が必要ならいくらでも貸すし、お金も1ヶ月に一度一定額払ってあげよう。何か欲しいものがあればいいなさい。余程難しいものじゃない限り買ってあげよう」
奴は、リセル男爵は言った。
その時のオレは無邪気に喜んで、さらに修行相手や武器の調達、戦い専門の講師なども、遠慮なく頼んでいた。
奴はそれを聞き笑みを零した。
その時のオレは奴の意図を察する事が出来ずに、ただ自分で交渉して好条件を得られた!と、喜んでいるだけだった。
ただ、こんな上手い話しがあるわけない。
リセル男爵は優しいんじゃない。計算高いのだ、こいつは。
囚われた者たちの世話を焼くのも、前の領主の印象が悪すぎたので、そのイメージを払拭するための、ただの宣伝だったのだろう。
見た目はただの優男だもんな、こいつ。
で、おれにこんな優しくするのも、何か理由があるはずだ。
おれは奴の意図について思考する。
こいつはもしかしたら、おれの『固有スキル』、その片鱗、または前兆を見てしまったのではないだろうか。
自己回復系の『固有スキル』というのはそれだけで価値がある。
どんな無能が持っていようとも、その無能も戦場で重要な肉壁として使うこともできる。
そして無能でも、幼少期から訓練を受ければ立派な兵士になれる。
自己回復系を持っている者は、それを持っていない者と訓練できる量が数倍は違う。
これは無理をしてあまり意味のない特訓ではなく、効率的にやって数倍は常人より訓練を行う事ができるのだ。
肉離れや筋肉痛、骨のひびぐらいなら1、2時間も経てばすぐに治り、息が切れて歩けなくなるような疲弊をしても、少し膝をついて止まると、体力がガンガン回復していく。
それにおれはそれを7歳の時点で既に片鱗を見せている。
自分で言うのもあれだが、将来は有望だ。
こいつはそんなおれを、力で強引に屈服させるのではなく、飴を与え、オレを懐柔しようと企んでいるのだろう。
…………まぁ、そんな事無駄に終わるだろうが。
て、なんでおれがこんなことをしなきゃならないんだ。
こいつおれにもう休んでいいとか言わなかったっけ?
あーいや、勝手におれが手伝っているから、こいつとしては休ませていると思ってるのかもな。
色々助言とかしてるのに、なんかおれって子供のお節介を焼いてるおじいちゃんみたいだ。
閑話休題
「オレが最強になるためにはれっつ修行だ!マミーとも約束(勝手に)したしな!オレが高位冒険者になるって!早速今日も張り切って行こう!」
オレはここ最近の習慣になっている修行をしようと思った。
オレが普段している内容は、剣や槍、弓、体術などを、戦闘を教えてくれる講師の人に見せて、それのダメな部分を指摘してもらい、見本を見せられ、また自分でやる。この繰り返し。
そして領主邸で新しく雇った騎士や兵士達とも戦う。
相手は大人だ。
オレがまともに戦えるのかと疑問だったが、そんなの全然杞憂だった。
今のところ騎士長とか兵士長とか、他のすごい人以外には連戦連勝中だ!
流石に騎士長や兵士長には遊ばれてる感じがするけど、それもオレが大人になったらオレが必ず勝つ。
だってオレは英雄になる男だから。
すごいのは当然だよね!
ンンッ!………なんか、おれが自信満々になってるのを見るの、想像以上に辛いな。というか恥ずい。
お前が勝ててるのはあの人達がそう命令されてるからに決まってるだろ。
何人か演技が大根な人たちいたし、気付けよ!おれ!
これもどうせあの領主の仕業だろう。
オレに気持ちよく勝ってもらって、自身をつけてもらう。
自身が無い人間より、少し過剰でも自分に自身を持ってる方がいいという判断だろう。
そして、流石にオレを天狗にさせるつもりは無いのだろう。
騎士長や兵士長、その他の領主邸で明らかに強いとわかる者達は、実力差を明確に教えてやる、つまりオレの鼻を折る役割を持つ者たちもいる。
だから、こいつは今完璧に領主の手の中だということだ。
いつか独立する時、奴に何かこれまでの恩を返さなければならないな。
そうしなければ、おれは一生番犬となってしまうだろう。
………何でホントおれがこんなこと考えなきゃいけないんだろ?
まぁ、いいか。
何か弟が出来たようで、心情的には悪くない。
「違う!槍は突くだけではないのだ!それ以外にも切り払い、振り上げ、さらには腕力があれば投げて使うことも出来る万能な武器なのだ!お前のそれは槍の持つ一割しか使いこなせていない、もっと俺の動きを見てしっかりと学べ!」
「イェスボス!」
おっと、どうやらおれが色々思案している間に随分時間が過ぎていたらしい。
日課の修行を講師のヤショーにつけてもらっている。
おれには戦いの良し悪しや、どのぐらい強いとか弱いとかもあまりわからないのだが、この人自身はそこまで強くないと思っている。
年は50後半ともう全盛期を大きく過ぎていて、腕や足に皮がたるんでいるのが時々見える。筋肉が少なくなっている証拠だろう。
動きにも騎士長や兵士長のような速さは無い。
ただ武器のキレや足運びとかは逆に優れている、と思う。
あと教え方がめちゃくちゃ上手い。
オレが才能マンなのかとも考えたが、多分、両方なのではないだろうか。
この3ヶ月、最初は軽くあしらって最後にはわざとらしく「ま、負けたー。坊ちゃんお強いですねー」と言っていたのだが、それが3ヶ月たった今では、前の戦闘中には見られなかった汗や少しの息切れなど、最後はわざと負けているとはいえ、それでも手こずることも増えてきた証拠なのだ。
たった3ヶ月で、剣も戦いも知らなかった7歳児が、自己回復系があるおかげで人の何倍も
修行できるとはいえ、戦闘のプロに手こずらせるまで成長した。
はっきり言っておかしい。
まだ選定の儀で職業ももらっていない子供が、3ヶ月修行しただけで騎士や兵士を手こずらせ、職業を貰うまでにたおせるようになったら。
まるで英雄譚のプロローグのようだ。
悲劇のストーリーまであるのだ。ちょうどいい役回りだろう。
………これは誰かに仕組まれた事なのだろうか。それともただの偶然?
仕組んだとしたら誰が怪しい?
ダラスか?それとも他の誰か?
そもそも、本当にあのダラスの目的が未だに分からない。
あいつは何がしたかったんだ。
拷問による愉悦を感じるため?違うな。
おれの苦しむ顔が見たかっただけ?違うな。
おれが深読みしているのを思考を読んで楽しんでいるだけ?…………なんかこれがしっくりくる。うざ。
理由としてはまだ挙げられるけど、何かもうパッとしないものばかりだ。
おれがあいつを理解しようとするのは無謀だったのか?
いや、事件というのは突然、予測が出来ないところで動く。
そしておれもオレも、巻き込まれる可能性がある。
だったら少しでも打開策を
『アース………愛しているわ』
…………ああ、いや、おれが何を考えても無駄だな。
おれが何をしても、考えても、全てが悪い方へといってしまう。
ならおれはそう言ったことには関わらない方がいい。助言しないほうがいい。それが一番、上手くいく方法だ。
全てオレに任せよう。
何を考えていたんだおれは。
オレともそう約束したのに。
…………もう休もう。嫌な
もうそのことは忘れたい。
おれはゆっくりと思考を停止させ、暗闇のイメージの中、独り、おれが幸せに、母さんやマーさん、ラグらさんとご飯を食べている風景を夢想した。………してしまった。
そのままおれは自嘲気味に笑い、そのまま意識がプツンと途切れた。
「おら!おらおらおら!…ッは!そこだ!」
「うわっ、と!また坊ちゃんに負けましたよ、ハハハッ」
オレはヤショーとの修行を終えたあと、またいつものように騎士や兵士たちと木剣や木槍で模擬戦をしていた。
これで13戦目だが、途中で一回負けただけで、それ以外はおれの快勝が続いていた。
オレは倒れた兵士に向かって言う。
「なんだか最初はもっと弱かった気がするけど、お前らいきなり強くなったよな?………もしかしてオレに憧れて強くなりたいとか思った?いや〜辛いな〜。そういうカリスマ?みたいの?やっぱオレって無意識に醸し出してんのかな〜?」
「ハハッ、まぁ、そんな感じですかねー。それじゃ、俺は見回りがあるんでこれで失礼します!」
兵士はそう、少し汗ばんだ顔でニコリと笑って去っていく。
まだ自分が最強なんて思ってない。
思ってないけど、オレって凄いのでは?
子供が騎士や兵士に戦いで勝利するなんて、英雄譚でしか見たことがない。
やっぱりオレは英雄の器なんだな〜。
オレはまだ有り余る力を、全力を出して相手と戦いたい!
もっと戦いたい!
死闘がしたい!
相手に勝つばかりでは面白くもなんともないのだ。
オレが目指すべき、なるべきは英雄であり、ここの騎士長や兵士長、それ以外の強者たちもオレの糧となる者たちだ。
例外なんて存在しない!
「さあ次だ!次は誰だ!オレはまだまだバテてないぞ!」
オレはそう、順番を譲り合っている騎士や兵士共に言う。
だが、奴らはオレに負けるのが怖いのか、一向に前に出てこない。
その様子にイライラしたオレは、もう面倒になったので挑発することにした。
「分かった!お前らがそんなにオレと戦いたくないというなら、もういい」
奴らはあからさまにホッとした空気を醸し出していた。
オレはそこに、爆弾を投下した。
「お前ら弱いから全員でかかってこい。いいハンデだろう?オレとお前たちとじゃそれくらいの差があるからな〜?それとも、もっと人を呼んだ方がいいか?」
「…………あ?」
全身の毛穴が逆立つ。
悍しい怒気、身の毛がよだつ、肌に突き刺さる殺気。
………まるで、あの時のようだ。
「おい、坊ちゃんよ?俺たちは今まで手加減してやってたんだぜ?それを、何だと?弱い?ハンデ?全員でかかってこい?…………粋がってんじゃねぇよガキッ!!!」
とんでもない怒気を放っている奴が、オレにそう言った。
オレが1戦目で呆気なく倒した奴だ。
いつもヘラヘラ笑って負けを認めていたので、今まで興味も無かったが……、こいつは間違いなくオレより強い。
「もしかしてお前ら、オレと戦う時わざと負けていたのか?」
「フン、そうだよ。それが命令だったからな。………だが、命令はそれだけじゃねぇ。あまり調子に乗るようだったら一度つぶしても構わないと、許可を貰っている。この手段は取りたくなかったが…………、気が変わった。おいお前ら、退け。俺が
男は先頭の者達を押し退けると、自分が戦うと言った。
こいつ、こんなに雰囲気あったっけ?
「俺たちはよ、だいたい皆んな過去に傷を持ってる奴らだ。お前のことも大体把握している。子供だから、まだ心の整理ができていないから、俺たちも悲しかったから。そんな風に思って優しく接してきてやったんだ。…………だからお前みたいな恩を仇で返すようなやつは大嫌いだ。才能はあるらしいが、それだけで世の中全て上手くいくと思ってんなら、俺が先に教えてやるよ。世界の厳しさってやつをな」
奴はそう話しながらも、オレにピリつくような怒気をずっと発していた。
奴は背中からゆっくりと大剣を、緩慢ともいえる動作で引き抜く。
「ちょ、馬鹿!ヘジル!絶対殺すんじゃねぇぞ?旦那様の言いつけだぞ!」
「分かってる、剣の腹でしか攻撃しねぇよ。良くて骨折、打ちどころが悪ければ死ぬがな。………安心しろよ、絶対に死なねぇよう加減してやるからよ!」
ガッ!バキッ!
奴は大振りに大剣を振り、それをオレ目掛けて振り払う。
オレの目はしっかりとそれを捉えて、木槍反射的にガードし、槍を壊されオレは宙を舞った。
そのまま背中から地面に着地し、それによって咳き込む。
「ゴホッコホッ、カハッ!……ハァ……ハァかほっ、つ、痛ぇー。骨折れた」
「だろうな。お前の力は把握している。オレが全力で大剣を振り払っても生きてることぐらい分かってる。これが本当の手加減だ、わかったか?もう二度と、俺らに生意気な口聞くんじゃねぇぞ」
奴はそう、オレを見下ろして宣言した。
あの日の再現のように、あるいは忘れるなと誰かが言っているように、オレを弱者と言ってくる。
弱肉強食………ね。
「卑怯なんて言うなよ。お前が木槍じゃなくて本物の槍だったところで結果は変わらん。お前と俺、それだけ実力差があったってことだ。もっと身の程を弁えろ」
仰向けで未だ呆然としているように見えるオレに、長々と説教を垂れている。
………馬鹿はお前の方だ。
オレのスキルを忘れてるのか?
「があああ!!!!」
オレは未だ骨は折れているが、動けるまで回復した体で奴に飛びかかった。
槍は折れてる。でもオレにはそれ以外にも攻撃の手段がある。
それは
「フンッ!」
体術だ。
だが、それを使う前に、殴られた。
オレは飛びかかろうとして奴の不意を突いたと思っていたが、どうやらブラフだったらしい。
完璧に顎にカウンターを食らって、世界が揺れている。
いや、オレの脳が揺れている。
「浅はかだな。旦那様からは賢いガキとの情報だったが、それは誤りだったらしい。俺は確かに言ったはずだ。お前の力量は既に把握している。もちろんその中には、お前のやりそうなことも含めて予測はたっていた。もっとお前は考えるべきだ。突っ込んではい終わりじゃ、騎士も兵士も務まらねぇぞ」
また、説教だ。
何故さっきからこんなに説教をされなければならないのか。
戦闘中に思考などいらない。むしろ余計なことを考えて馬鹿を見る羽目になる。オレはそれを知っている。
騎士や兵士?勝手に決めてんじゃねぇよ。
オレは英雄になる男だ。
そんなの、頼まれたって絶対やらねぇ。
ああ、ぐちぐち喋るその余裕を、なくしてやりたい。
お前が恐怖に駆られる姿を、見てみたい。
お前を、殺したいッ。
「ひひっ、なんだぁお前ぇ?弱い奴は強い奴には勝てないとか、そんな風に思ってるのか〜?」
誰もそんな風に言ってない。
だがこの時のオレは、こいつの言葉をそういうふうに曲解した。
ここも似ている、あの時と。
あの時は無理だったが、こいつとオレの実力差は天と地ほど離れている訳じゃない。
何か決定的な隙でも見せたら殺せる。
その程度の差だ。
「こんな言葉、知ってるかよ?」
オレの雰囲気が変わったのを感じたからか、奴は下げていた大剣を構え直した。
「下克上、てさ!」
オレは痛む体を無視して、奴に突撃する。
この光景を見ている者達は、誰しもがそれを無謀と普通は思うだろう。
策を全く弄していないただの突撃、致命傷では無いが負傷した体、そして明らかに冷静を保っていない顔。
どう考えても無理だ。
だが、それを何故か無理だと、皆が断定出来なかった。
誰が見ても不利なのに、劣勢なのに、ヘジルの方が圧倒しているのに。
倒れない。
吹き飛ばされても、殴られても、蹴られても、さっきのように倒れ込まない。
回復は間違いなく追いついていないはずだ。
傷は治っていっているが、傷が増える方が早い。
なのに、倒れ込まない。
目が、死んでいない。
「てめー!どうなってやがる!あり得ねぇだろ!それもスキルか!一体いくつ所持してやがる!」
「知るかよバーーカ!!オレとお前の才能の違いだ!」
オレたちは周りの声など耳にも入らずに、戦いへと没頭する。
いや、今のオレにはこの戦いを止めることなど不可能だ。
オレの拳も蹴りも奴に届いていないのに、それでも何回も繰り返す。
遊ばれているんじゃ無い。
これは本当の死闘だ。
奴ももう大剣の刃で攻撃していないだけで、まともに当たればオレが死んでもおかしくない威力だ。
ああ、奴の大剣を躱すたびに、殴られるたびに、蹴られるたびに、あいつの目は、オレを何故かかってこれるのか分からない、理解できない、そういう奴に向ける視線に変わっていく。
ああ、楽しいな。本当の戦いは。
ああ、嬉しいな。お前が本気を出してくれて。
ああ!愉快だ。お前のその歪んでいく表情!
その顔をもっとオレに見せてくれ!
おれは誤解していた。
おれという体がどれだけのスペックを秘めているか、潜在能力があるかを。
おれは誤解していた。
オレはおれであって、おれもオレである。そんな風に認識していた。
だが、あいつとおれは他人だった。
なぜなら、おれにはあって、奴にないものがあるから。
それはおれのオリジンであり、おれという存在を形成したもの、『前世の記憶』。
当然持っているものと思っていた。
だがこいつはそれを持っていない。
おれの前世の記憶は持って無いが、知識だけは引き継いだ存在。
それが奴だ。
つまり奴は、正真正銘のこの世界の人間として育った。
おれよりも精神が成熟しきっていない奴が、オレよりもあの事件から早く立ち直れた理由。
精神が歪になり、今までの価値観が変わり、倫理観が消え去ったおかげだろう。
まだ成熟していないからこそ、現実を受け入れ、そしてまた自分もそれに適応させる。
だからこそ、おれよりも体を使いこなし、その潜在能力をマックスにまで引き上げることができる。
故に、奴とおれは他人だ。
ただし、これだけは言えることがある。
奴に体を渡さなければよかったと。
ーーーーーーーーーーーーーー
「少し外が騒がしいですね……」
実の父、ファインツ男爵を処刑して男爵になった男、リセルは窓の外を眺めて呟いた。
「しかしいい拾い物をしたな。まさか自己回復系のスキルの片鱗がある子供が、こんな領地にいるとは。王都にいれば王国騎士でも王国兵士でもなれただろうに」
暇があると、最近手に入れたアースのことについて考えるようになった。
「あれはスキルも他に持っていそうだし、戦闘の方も、ヤショーが言うにはあいつが職業を得れば、騎士長や兵士長や自分ぐらいしか勝てなくなる、とまで言うほどだ。あいつをモノに出来ればこの領地の良いアピールにもなるかもしれない」
『最強の騎士、アースがいる街』として、な。
「ふっ、さすがにそれは無理か」
まぁもちろん、これは本人も高望みし過ぎだとは理解している。
ただし、才能は本物だ。
「確実に私のモノにしなければな。あれが他領に行かれ、そこで懐柔されてしまったら少々厄介だ。もし、モノにならなければ………、殺すというのも選択肢に入れねばな」
そう言って、リセル男爵は一旦休憩することに決めた。
そしてアースのところに行き、労ってやろうと思った。
その理由は打算が大半と、少々の同情。
彼は別に悪人というわけではない。
むしろ善人の類だろう。
だからこそ悪政で民を傷つけているのに我慢出来ず、反乱の機会を窺って、ファインツ男爵の自爆で、彼は無傷でこの領地を手に入れた。
もう二度と民を不安にさせないように、と。
誰よりも貴族らしい貴族であるこの男は、誰よりも領民の事を想える素晴らしい領主だった。
だからこそ、彼は選択を誤らなかった。
「な、なんだ?この血の量は!」
彼はまず、自分の庭の至る所にある飛び散った血に驚愕した。
酷い戦闘でもあったような、そんな血の飛び散り方だった。
彼は一瞬で事態を重く認識し、行動する。
「襲撃か、私を暗殺するためにスパイでも送り込んで、ここで戦闘をしてどちらかが死んだ、といったところか。死体はないが、戦闘音はする。確認しに行くか、部屋へ戻るか………。いや、ここは行くべきだ。一人部屋に引き篭もった所で、事態は好転しない」
彼は覚悟を決めて、未だ煩く音がする方へ足をむける。
肩に力を入れ過ぎないようにリラックスし、何か有れば避けられるように体勢を低くして、ゆっくり音を立てず歩く。
無音で細心の注意を払って、覗くその先に見えるものは
「…………くそ!もういい加減倒れろ!勝負ならお前の勝ちでいい!」
「があああああぁぁぁあああ!!!!!」
顔の原型を留めていないナニかが、自分の兵士に襲いかかっている瞬間だった。
だが、リセルは声、髪の色、服、そしてヘレズの言葉の内容から、あれがアースなのだとわかった。
声をかけて呼び止めようと、彼は前に出た。
それにヘレズがいち早く気づいた。
「ぁ、旦那様、こいつはきけん
「があああ!!ずき″あ″ぁ″りー!!!」
「ああああ!!!?」
ヘレズは出てきたリセルに気を取られ、戦闘中にも関わらず、こいつは危険だと伝えようとした。
それだけナニか恐ろしいものを垣間見たのだろう。
戦闘の基本中の基本、敵から目を背けてまで、自分が忠誠を誓う相手に何かを伝えたかったのだろう。あるいは警告したかったのだろう。
だがそれはアースにとって都合の良いただの隙だ。
暴走状態となっている彼は、獣の本能に従い、ヘレズの首の肉を噛みちぎった。
ヘレズは絶叫を上げ、首から勢いよく血が流れ出し、声を上げなくなり、倒れた。
それと一緒に、最後にヘレズが倒れたのを見て嗤って、アースも倒れた。
リセルは一瞬体が動かなくなり、硬直してしまった。
だが彼は、今やるべき事を瞬時に理解した。
「お前たちそこを退けーー!!」
リセルは走ってポケットから翠色に光る液体が入っている瓶を取り出すと、その蓋をとり、ヘレズの首元に垂らす。
すると、ヘレズの首の傷はみるみる消えていき、何の傷跡もない状態にまで綺麗に治った。
そしてリセルはヘレズの鎧を強引に外し、胸の鼓動を確かめると、やがて安堵したように息を吐いた。
「だ、旦那様、それはエリクサーのはず。あの程度の傷ならハイポーションでもよろしかったのでは………」
「………あの状況下ではハイポーションを取りに行く暇など無かったはずだ。その前に、出血多量でヘレズが死んでしまうからな。私が大きな致命傷を負った時のために、一応持っておいたエリクサーを使う他あるまい。そうしなければ、ヘレズは死んでいたのだからな」
「で、ですがエリクサーの出費はその程度では」
「そもそも、何故お前たちはこの戦いを見ているだけで止めなかったのだ?私はそれが不可解でしょうがないんだが?」
そう言って自分の兵達を見渡す。
皆それぞれ罰が悪いような顔をし、一人がそれに謝罪し、そして何故止めに入らなかった、いや、入らなかったのかを説明した。
「…………体が動かなかった、だと?」
「はい、アースとヘレズが戦い始めて、殺し合いのようになり始めた頃から皆んな止めに入ろうとしたのですが、体がぴくりとも動かなかったんです。………本当なんです!もしかしたら、これも奴のスキルなのかもしれません」
「スキル?お前ら全員を止めるようなスキルだと?そんなもの、ありはしない。………いや、一般的に広まっているスキルには、そんなもの存在しない。例えこいつが『威圧』を持っていたとしても、お前らと同等かそれ以下の存在の者に、『威圧』は効果を発揮しない」
そのあとも色々部下達から話を聞き、全員が威圧と同じ状態になっていた事が分かった。
「………どういう事だ?もしや、未知のスキルが発現しているのか?」
リセルはアースをもう一度見る。
あれから暫く聴き込みを行っていたので、少しじかんは経過した。
その少しの間に、アースの顔の腫れや体の傷は、もう軽傷と呼べる範疇までに、治っていた。
「『治癒力上昇』や『回復力上昇』だと思っていたが、治りが早すぎる。もしや『再生』か?いや、だが『再生』は自己回復系の唯一の例外で、体力の回復が出来ない。それだと矛盾が生じる。………これも未知のスキル、あるいは秘匿されているスキル、なのか?」
リセルは悩んでいた。
アースにポーションを与えるべきか、ではなく、アースをこれからどう扱っていけばいいかに。
リセルは優秀だ。優秀な領主だから部下達は彼を尊敬し、忠誠を誓うし、領民だっていずれはそうなるだろう。
だが、彼は自分の器をきちんとわかっている。
自分の領地で、英雄と呼ばれる存在が誕生すればどうなるかを。
アースはそれになれる可能性が、リセルの予想ではとても高い。
ただ強いだけではなく、自分よりも強い者に勇敢に戦い、そして勝利したアースは、もう小さな英雄と言っても過言ではないだろう。
だからこそ、そうなる前に、ここで息の根を止め、領地の安寧を守るのが、最良のはずだ。
だがリセルはそれをしない。
それは、彼の勘がそれはダメだと言うように
警鈴を鳴らしていたからだ。
彼は昔からこの勘に助けられていた。
父親から離れたのも、領地から離れたのも、全てこの勘が教えてくれていたのだ。
だから、彼はアースを殺さない。
ではどうするか?
彼はそれに少し悩み、やがて答えを出した。
「これが正しいかは分からないが、これしかない、な」
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