第7話 多重人格
「うっ………、あれ?ここは、」
おれは見知らぬ綺麗な天井を目にし、少し戸惑ってしまった。
しばらくの間、呆然としていたが、だんだんと意識がハッキリしてきた。
おれは働かない頭を無理やり動かし、順に思い出していく。
幸い自分が誰なのかとか、今まで何をしてきたのかとか、その辺は覚えているので記憶喪失はしていない。
そしてここにいる原因や理由、その他の事も次々と思い出していく。
「…………あ、母さん!」
おれは1番大事な事を思い出すと、すぐにベットを降りた。
そして急ぐあまりおれは重要なことに気づかなかった。
ベットを降りる時に、斬られた筈の右腕を使っていたことに。
だがそんなことより、今のおれにはもっと大事なことがある。
「母さんッ、母さんッ!」
おれは知らず知らずに呟き、走って部屋を出て、直ぐ曲がったところに人を見つけたので母さんの居場所を尋ねる。
「すいません!ここは病院でしょうか!」
「え?はい、そうですが、患者様でしょうか?」
「はい!多分患者なんですが、それよりも!かあさ、リーシャという名前の女性もいる筈なんですが、どこにいますでしょうか!」
「リーシャ……、ですか?申し訳ありません。私も患者一人一人の名前を知っているわけではありませんので。少し、確認してきます」
「よろしくお願いします!!」
少し早口で喋ってしまったが、それも仕方ないだろう。
何せ、今のおれにとって、一番大切な事なのだから。
それは熱くなるし、必死にもなるだろう。
それとこれは余談だが、街には大抵病院と教会があり、どちらも怪我や病気をしたら行く、前世の病院と全く同じだ。
どちらもやる事は同じだが、違いはある。
病院は薬を作っていて、専門の医師に診察してもらい、それから症状にあった薬を提供される、まさに病院だ。
一方教会は、神官が治癒魔法により、怪我を治したり病を治したりと、全て魔法で行う。
魔法で行うが故に、効果も高く、料金も高い。
だから、平民や一般市民は病院に、貴族や豪商人は教会に行く、というのが一般的だったりする。
閑話休題
おれは待ち時間が酷く長く感じ、待っている間貧乏揺すりをしたり、立ってグルグル歩いたりしていた。
そして体感では10分、実際には3分と経っていない時間で、さっき会った看護師の人が歩いてきた。
「申し訳ありません、我が院には、そのような名前の女性は入院しておりません」
「え、そんな………っ」
「お、お客様!しっかり、しっかりして下さい!」
おれは膝から力が抜け、一気に脱力してしまった。
安堵ではない。絶望からだ。
あれだけ、あれだけ必死にやったのに、それがこんな形で帰ってくるなんてふざけてる!
ふざけんな、ふざけんじゃねぇー!
「あれ?もう目が覚めたのかい?アース君」
おれは聞き覚えがある声が聞こえて、バッと振り返った。
見覚えがある金髪、整いすぎている美貌、そしてこの空気が変わるような、いや変わった気配。
「え?あなたは……………、レンス、さん?」
「そう、君と食堂で会って、告白されたレンスだよ?」
おれはそんな冗談をいう男、レンスさんを見て、また何か熱い衝動のようなものが溢れてきそうになった。
ゾワゾワするような、うずうずするような、この不思議な感覚。
最初にこの人と会った時よりかはマシだが、それでも変な感じだ。
おれはそんな風に、レンスさんにツッコミもせずに、惚けた顔をしていた。
「…………、あれ?もしも〜し、大丈夫かな?」
「あ、いえ、すみません。………、えっと、どのような用事でしょうか?」
「ああ、うん。……君は自分が目覚める前の記憶、ある?」
「はい、その辺は大丈夫です。きちんと記憶に障害などもなく…………、強いて言えば、目と腕が無いのが、少し残念だなとは思いますが」
「うん、その辺は大丈夫そうだね………て、え?腕?腕がどうかしたの?」
「ええ、実はあそこで記憶を失う前、盗賊と戦っていたんですよ。その時に右腕をバッサリと。ほら、このと……、あれ?生えてる?」
おれはやっと自分の腕があることに気づいた。
あまりにも母さんが心配で、どうやら自分の体の状態もしっかり確認していなかったようだ。
だが、そんなことよりも、何故おれの腕が生えてるんだ?
………まさか!
「もしかして、エリクサーを使って下さったんですか!でもおれ、お返し出来るようなものなんて全然………!」
「あ、いや、僕は君にエリクサーなんて与えてないよ?というか、君は僕たちが見つけたときから、腕はあったよね?」
「え?おれの腕が最初からあった?」
おれはレンスさんが慈悲でおれにエリクサーを使ってくれたんだと思い、お礼とどうやってこの恩を返すかで、少し戸惑いながら話していたが、レンスさん曰く、おれを見つけた時から腕があったらしい。
どういうことだ?レンスさんが来る前におれにエリクサーを施してくれた者がいるのか?一体それは誰で、何でそんな事をしたんだ?
………いや、もしかしたらダラスかもな。
あいつは何をしたいのか最後までサッパリ分からなかったからな。
おれにエリクサーを与えてくれても、何故か不思議はない。
あいつのミステリアスな雰囲気のせいだろう。いや………、あいつミステリアスな雰囲気かな?
ミステリアスな奴って大体イケメンにありがちな設定だけど、あいつはそうじゃないし………、てかそんな風に思いたくない。
うん、あいつは変人。これでスッキリ解消する。
「…………て、そうだ!レンスさん!おれを見つけてくれたという事は!あの、えっと、お、おれの他にも閉じ込められてる女性とか居ませんでしたか?こう、美人でスタイルがよくて、金髪の26歳ぐらいの人!!」
この人がおれを助けてくれたということは、母さんも見つけて、助けているはずだ。
ならば知っているはず。
母さんの居場所を!
「え?あー、君のお母さんかお姉さんが、もしかしてあそこに閉じ込められていたりするのかい?」
「はい!母がファインツとかいう豚男爵に攫われて、おれもその巻き添えで攫われて、その場にいたんです。だから母がどこにいるか、知りませんか?」
おれは何だか説明もするのもめんどくさくなったので省き、おれが今一番知りたいことを聞く。
「…………、何があっても、後悔しないかい?」
「………………………。」
そんな風な聞き方をすると言うことは、つまりは…………、つまりは、そういうことなんだろう。
おれのやったことは全て徒労に終わったということか。
………………………。
あー、もう、いいよ。
どんな結果だって受け入れるし、これが世界の残酷さなんだと理解する。
…………おれって、相当冷たい人間だな。
実の母親がもう死んでるかもしれないっていうのに、それを聞いて逆に冷静になってしまった。
…………もう、どうでもいい。
「そうですか。わかりました、案内して下さい」
「ッ!……………、着いてきて欲しい」
レンスさん、どうしてそんな泣きそうな顔でおれを見たんだ?
おれを哀れに思ったのか?
どうして?
おれがそんなに悲しそうな顔をしていたからか?
じゃあ、おれは今どんな顔をしている?
…………どうでもいいか、そんなこと。
途中、レンスさんに領主が変わったこと。領主が処刑されたこと。おれたちが捕らえられていたのは領主の城だったこと。捕まったのは全部女で、全員何かしら被害を受けていたということ。その被害者たちは教会で治療を受け、料金は全て新たな領主が負担してくれること。おれの病院代も負担してくれること。
それとレンスさんはおれを励ましていた、ようだ。
あまり覚えていない。
思考できない。
いや、何も考えたくない。答えを知りたくない。
どうでもいいなんて嘘だ。
本当は自分のした事が、どんな風に報われるのか。それとも報われないのか。
おれはそれが知りたくてたまらない。
だがそんなもの、今ある材料で少し考えれば、簡単に予想がつく。
おれのしたことは、報われ
「アース君、ここが被害者の女性が居る教会だ。ここに君のお母さんもいるはずだよ」
「………そうですか。………案内していただき、本当にありがとうございます」
「気にしないで。それよりも、早くお母さんを迎えにいってあげて欲しい」
「……はい」
おれはレンスさんに礼を言い、そのまま教会の入り口へと向かう。
豪奢な建物だとか、華やかな入り口だとか、異世界っぽいとか、普段のおれならそんな感想をもつであろう建物に、おれは無感情で入った。
入り口でなんやかんや手続きをしたが、正直ぼうとして適当に言っていた。
そうしなければ考えてしまうから。
だからわざと、自分を騙すために、おれは無心でいると思い込んだ。
そして、少しづつ会話が耳に届くようになる。
「…………は、あなたは今回の事件の被害者の女性に身内の方がいらっしゃるのですね。現領主様から事情はお聞きしています。私は貴方の母親がどこにいらっしゃるのか知っています。少しの間歩きますが、担当の者に付いて行ってください。…………その者は、貴方の知りたいことを教えてくれるはずです。では、私はこれで」
そう言って神官さんは去っていって、代わりに新しい神官さんが来た。
年の頃は15、16だろうか。
まさに見習い神官といった感じだ。
「あの、案内させていただきます。担当のハルと言います。どうぞ、よろしくお願いします」
「はい………、それでは、一体どこへ行くのでしょう。それを伺ってもよろしいでしょうか。」
おれは願った。
自分が辿り着いてしまった結論に、ならないように、それが現実になってしまわないように。
そう、願っていた。
「教会が管理している墓地へと向かいます」
ああ、そうなんですね。
いや、わかっていたよ。きちんと理解していたよ。
ただ納得は出来ないと思ってた。
あんなに頑張ったんだ。そりゃ誰だってそうだろう。
おれはあんなに頑張ったんだ!報われないなんて、この世界はなんて残酷なんだ!!とかさ。
考えてしまうと思っていた。
でも案外そういうものでもないんだな。
簡単に納得しちゃったよ、おれ。
いや〜冷たッ!おれ冷た過ぎ〜、実の母親死んでなにも思わないって、ちょっと冷酷過ぎる気がするな〜。
まぁ人生そんなもんだよな〜。
おれは若い神官さんと歩きながら、胸が大きいねと言ったり、スリーサイズどんな感じですか〜で聞いたり、パンツ何色ですか〜とか、しょうもないことを聞いて笑っていた。
普段のおれなら絶対しないだろうな〜。
なんだか今なら何でも出来る気がする!
また精神的無敵状態になっちゃったよ〜。
何でだろう?
神官さんもおれのセクハラをずっと聞いてて何故かずっと悲しそうな顔をするし、何で?
気になるな〜?
もしかして、おれみたいなガキは純粋なんだとか、変な妄想持ってた?
だったらごめんね〜。
ガキはガキでも心は成熟してる大人なんですおれ〜!
その変な幻想ぶっ壊してやるよ!
そんな風にずっと笑いながら歩いていると、神官さんが急に止まった。
おれは何も気づいていなかったが、すでに周りはお墓だらけで、神官さんが止まったところにも、お墓があった。
『アーツェルト歴312年
ここに、リーシャが眠る 』
墓にはそう、長い文のようなものも無ければ、お供物などもない。
墓も非常に簡素な見た目で、とても安っぽい感じはした。
だが、他のと比べて小綺麗ではあった。
「貴方の母親です。私が貴方の担当になったのは、私がこの方が亡くなる瞬間を、すぐ近くで見ていたためです。今から、私がこの方の最後を貴方にお聞かせします。………少し私の主観なども入り、長くなりますが、ご容赦ください」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はその日の夜、自分の慈善事業の一環で、街の掃除をしていました。
これは週に2度ほど行っています。
毎回違う場所の掃除をし、皆様に毎日綺麗に過ごして頂こうと思い、幼い子供の頃からしていました。
その日はたまたま朝早くにすることが出来ず、夜に行いました。
そして、領主邸の近くで掃除をしていると、何か叫び声のようなものが聞こえたんです。
空耳を疑うような小さい声でしたが、その声が何故か不思議と耳に残り、気になって、あまり不自然ではないように、暫くの間その近くで掃除をしているフリをしていました。
変化があったのは暫く後だったのですが、その変化は突然訪れました。
爆発のような音が響き、領主邸の最上階辺りが崩れたのです。
そして瓦礫や部屋の装飾品など、様々なものが散らばり落ちてきて、私は急な出来事に少し呆然としていましたが、声が聞こえたんです。
「た………けて!誰か!息子を助けて!今息子が酷い拷問を、不当に受けているんです!誰か、だれかーーーー!!!!」
そう、建物の奥からはっきりと聞こえました。
私が見たとき、その人は領主邸の一番高い所から、飛び降りていました。
領主邸はその巨大さや荘厳さ、そして領主を皮肉る意味も込めて、「お城みたい」と言われてきました。
その一番高い所から、冒険者でも騎士でもない一般市民が飛び降りるということは、死を意味します。
その方は最後まで、飛び降りてからも「息子を助けて!」と、叫び続けていました。
地面に落ちて死んでいく姿は……………、まるで、後悔しているようにも見えました。
そこからはこの領主を前から裁こうと思っていた人々が、守衛を押し除けて入っていき、王都から来た監視官の方も入って、領主は速やかに処刑され、囚われていた人々も解放されました。
全員が絶望したような顔をしていらっしゃったので、助けられてそれが幸せだったかは、私にはわかりません。
全てが無事に終わり、領主の罪も明らかにされ、その護衛達も処刑され………、そんな時に館から貴方が運ばれてくるのを見ました。見た目ほど傷は深くなく、ほとんどかすり傷のようなものだったので、貴方だけ病院へ連れて行かれました。
私もその時は負傷者の方々を魔法で癒していました。
一番酷い、もしくはもう死ぬ直前の方々は、私の治癒魔法では癒せなかったので、後回しにしていたのですが、最後に、貴方の母親の元まで行きました。
その時にはもう既に、亡くなっていました。
病院関係のものが、薬などを使い、応急的な処置で命を繋ぎ止めていたようなのですが、私が着く頃にはもう、心臓の鼓動は止まり、完璧に死亡していました。
いや、そのはずでした。
私はこの方が息子を助けて!と言っていたのを聞いていたので、その息子さんと思われる方、貴方を連れて来て、せめて母親の側で寝かせてあげようと思いました。
そして少しの間祈りを捧げ、また他の重症患者の方々の方へ行こうとした時、優しい声が聞こえました。
『アース、これからもずっとあなたを愛し続けるわ。今までごめんね』
私は一体誰が話したのだろうと周囲を見て、誰も近くにいないことを確認して、不思議に思いました。
貴方と貴方の母親を見たのは偶然です。
私は一切貴方の母親に触ったりもしていませんし、他の方々もそれどころじゃないので、これはもしかしたら、貴方の母親が死んでも死にきれなかった想いが、死んでしまった身体を少しだけでも、動かしたのかもしれません。
貴方の頬に手を当てて、目を開いて貴方を見ていたんですよ。
それは普通なら気味が悪く、負の感情をぶつけているようにも見えるかもしれませんが、私には、その人から確かな慈愛を、優しい気持ちを感じました。
妄想なのかもしれません。何かを幻視したのかもしれません。
ですが、貴方の母親はしっかりと貴方の方を向いて、優しく手で撫でているような、そんな風景でした。
これは私の主観であり、自己解釈が入っていますが、私が話したことに偽りはありません。
美化していたりもしません。誇張したりもしていません。
私がその時感じたありのままを話させて頂きました。
貴方がそれをどう解釈しようと、貴方の自由です。
…………では、ここでお母様と話終わりましたら、墓の入り口の方まで来てください。
私はそこに待機していますので。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………馬鹿みたいだ、おれ」
おれは神官さんの話を聞いていて、ずっと黙ったまま考えていた。
ダラスと戦っていた時の地鳴りは何だったのか、おれが運ばれる時にはかすり傷しか負っていないのはどうしてか、母さん死因、原因は何なのか、とか、その他もろもろを思考していた。
そして、おれが納得のいく答えがでた。
「母さんを守ろうとしていて、結局は母さんに助けられただけだ。おれはただゴミみたいに時間稼いだだけで、何もやっていない。…………やればできる、か。出来てねぇじゃん」
あの地鳴りは母さんが魔法を使って城を壊した音だったのだろう。
母さんはおれに、自分は魔法を使えるんだと、自慢げにしていたのを覚えている。
魔法を教えてと言っても、職業で『魔法士』を与えて貰えなければ使えないと言って、見せてはくれなかったが、多分それだろう。
おれが運ばれる時には、かすり傷しかないと言っていたのは、おれの『固有スキル』のせいかもしれない。
『固有スキル』というのは、12歳で選定の儀を受ける際に、神様から受け取る自分の才能のようなものである。
『固有スキル』が発言する者は、神からの寵愛を受けし者として、教会や神殿から金銭をもらい受ける。
この『固有スキル』を待つ者は、大体小さい村の子供達が受けたら、一人持っている程度という認識で、10人に一人とか20人に一人とか、そういう結構多い割合である。
『固有スキル』は12歳の時しか発現するわけではなく、これ以降にも発現する可能性があるので、冒険者ギルドなどには、それを確認することが出来る水晶のようなものがあるらしい。
ここで『固有スキル』について、明らかになっていることがある。
『固有スキル』は、12歳以下の者でも発現、もしくは効果が出るものがいるのか、いないのか。
というのを昔、偉い人が研究して、結果が出た。
『それは人によって個人差があるが、将来選定の儀において発現する固有スキルは、子供の頃からその片鱗が現れる者は存在する』
と。
だからおれの傷が治っているのは、ポーションや病院の薬などではなく、おれの『固有スキル』の片鱗だと、説明がつく。
恐らく常時傷が回復するスキルなんだろう。
回復するスキルはとても有能で、それを持っているだけで王都の騎士にもなれるという話したのだ。
おれは将来、引く手数多だろう。
………『固有スキル』で選ばれるとか、なんか屈辱感じそうだけど。
うん、絶対おれそんな理由で騎士にはならねぇわ。
才能で選ばれるならまだしも、スキルとか………、いや確かにちょっとは合理的だけど。
おれはそんなどうでもいいことを考えて、自分が最後に考えていた、母さんの死んだ原因を、必死に考えないようにしていた。
だがおれの脳は、既に納得のいく答えを出していて、おれは無駄にまだわからないと、自分を騙していた。
…………暫くたって、それが女々しいことだと思って、ようやくその答えを知ることにした。
「…………どう考えても、おれが原因なんだよな」
そう、母さんが死んだ理由だが、別に母さんは飛び降りて死ぬ必要などなかったのだ。
魔法を使い、壁を壊して、大声で叫んで、それで助けが来るのを待つ。
たったこれだけでいい。
わざわざ高い城から落ちる必要はない。
では誰かに落とされたのでは?
それは多分ないだろう。
ダラスは母さんを誰もいないところで監禁したはずだ。
新たに錠をはめて、傷つけないように、逃げ出さないように。
そして人がいない理由だが、ダラスが人を全員追い出した時、そいつらは母さんが行った方とは真逆の方に行った。
だから突き飛ばされたということはないだろう。
では何故?
それ以外に、おれが一番しっくり来る答え。
自殺だ。
何故かって?
おれがあの時言っていただろう、母さんにボロクソ、嫌われるために、おれが死んでも気にしないように、おれを嫌いになってくれるように。
「つまりおれが母さんを追い込んで、殺した。…………ハハッ、何が最善は尽くしただよ。おれは何もしないでよかったんだ。それで本当は全てが上手く行った。おれと母さん、二人が生き残る未来があった。…………、つまりおれは、最善ではなく、最悪を自ら選択して行った。そういうことだ」
こんな滑稽な話があるか?
おれは自らが思考して、最善だと思った方が、実は最悪で。
おれが何もしていなければ、母さんがなんとかしてくれていて、どちらも助かったかもしれない。
おれはピエロみたいに一人で熱くなって、上手くやれているんだと思って、自画自賛したりして…………、ご都合主義なんてなかったな。
むしろこんな綺麗に裏切られる方が希少だわ。
これって現実なの?もしかして夢でも見てないかな?おれ。
「………そんなわけないのにさー。ホント、馬鹿。おれって、やっても出来ない子だったんだな。こんなこと考える時点でらちょっと頭がおかしいのかも。………ねぇ、母さん、なんでおれを愛してるなんて言ったの?おれめちゃくちゃ嫌われるようなことしたよね?おかしくない?ホントは喜んでたの?Mなの?馬鹿じゃない?………………ふんっ!」
バコッ!
おれは自分で何を言っているのか冷静になって考えて、こんな自分を心の底から軽蔑した。
だから殴った。殴って、殴って、殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って!!…………、それから?
「フーっ、スッキリした!母さん、もう大丈夫。おれなら大丈夫だから。天国でおれのこと見ててよ。色々酷いこと言ったけど、ごめんね?あれっておれなりに考えて出した結論で、頑張ったんだよ?おれ。だから、怒らないでなんて言えないけど、おれを愛した母さんを裏切らないように、おれ、これから頑張るから!………冒険者なって、彼女とか連れて来たりして、子供とかも、必ず見せに来るから!じゃあね!」
おれはそう言って、朗らかに笑ってその場を後にした。
おれは殴ってスッキリとした頭と顔で、神官さんが待つ墓の出口まで走った。
途中、おれと同じように墓に来ている人たちが「ヒッ!」とか「キャー!」とか叫んでいた。
おれはどうかしましたか、と優しく声をかけたのに「バケモノー!」とか「え?け、怪我なの、それ?」などと、少々失礼なことを言われたので、おれに問いにちゃんと答えてくれた人には、「自分の顔を殴ってました」と正直に答えて、そのまま通り過ぎる。
その時に、女の人が「ば、化け物……」と、言っていたのをおれは聞いたが、価値観とは
おれは聞いてないフリをして、そのまま神官さんのいる場所へと走る。
「神官さん!お待たせしてしまいました!少し長く母と話していたもので、それと、先程はとんだご無礼をしてしまいました。申し訳ございません」
おれはそう言って笑った後、慇懃に謝罪した。
先ほどのおれを振り返ってみると、とても恥ずかしい思いに駆られてしまう。
早く謝罪しなければと思って、すぐに頭を下げ、相手の許しを請う。
何故か神官さんはとても慌てていた。
「一体その顔はどうしたんですか!誰かに暴行を受けましたか?転けた………というのはないですね。本当に申し訳ありません。教会を代表するほどの立場ではありませんが、謝罪致します」
神官さんはそう早口に捲し立てて、おれはそれをちょっと可愛いとか思いながら、その訂正を行う。
「おれは誰かに暴力を振るわれたり、ましてや転けたりもしていませんよ?ただ頭をスッキリさせたくて、自分を殴っただけです。神官さんが謝るようなことではありませんよ」
「そ、そんなになるまで、ですか……。分かりました、確かに私が謝罪するようなことではありませんが、【主よ 彼の者の傷を その大いなる力で 癒したまえ ハイヒール】!」
神官さんは詠唱を唱えて、おれの顔に手を
おれは腫れがみるみる引いていくのが分かった。
元々何故か痛みは無かったが、腫れが引いていって、おれの視界もクリアになった。
「……はい、このくらいはさせて下さい。あの状態で街を歩かれますと、幼子が泣いてしまうかもしれないので」
「いえ、とんでもない!むしろ治癒をかけてくださってありがとうごさいます!さっきまでの視界の違和感が無くなって、全てがスッキリ見えます!」
「………そうですか、では、参りましょう」
神官さんはおれが自分で自分を殴った理由を聞かなかった。
空気の読める人だ。
想像はついているのだろう。
おれは軽やかになった体で、スキップしながら神官さんの側を歩いた。
「今日は本当にありがとうございます。母の最後が聞けて、おれもホッとしました。母も天国からおれを見ていてくれているのではないかと思いまして、ちょっと嬉しくなってしまいました」
「それはよかったです。私も
変なことを聞く人だ。
おれは納得してなかったら、こんな風に普通に話したり、笑ったりできないだろう。
さっきのおれみたいに失礼な態度を取り続けるだろう。
だからおれは正常だ。
「ハハッ、当たり前じゃないですか。おれはこの結末に納得していますよ。………て、子供っぽくないですかね?」
おれはそう言って、ジョークを言って笑った。
神官さんもこれで安心するだろうと思い、横目で見れば、おれをさっきのように辛い表情で見ていた。
いや、もしかしたらさっきよりも酷いかも?
変な人だ。
おれはもう立ち直ったというのに。
話題を変えるか。
「おれ、自分の進むべき道が見えた気がするんです。昔から冒険者に憧れてて、だからおれからそのための特訓をしようと思うんです。もちろん、もう家も無いし、育ててくれる親もいないから、子供でもなれる冒険者が一番いいっていうのもありますけど。というか、おれにはそれしか道が無いんですけどね。でもこれも、なんだか母さんが早くおれに冒険者になって、有名になれって言ってるように感じるんです。もしかしたらこれは、運命なんじゃないかなとか、思っちゃったり。…………ちょっと、ロマンチック過ぎですかね?」
「そんなことはありませんよ。素敵な夢で、とてもロマンチックだと思います」
そうだよね。
例えおれが本当は全くそんな風に思ってなくても、おれが冒険者として有名になれば、周りはおれの過去の話を美談として語り継ぐだろう。
母さんとおれの話は悲劇だけじゃなく、おれはその悲劇で強くなった、心の強い英雄なのだと、そんなふうに言うんだろう。
…………やめてくれ
おれも母さんを悲しませたく無いし、もううじうじするのも飽きたし、これからは自分の足で、自分の人生を生きていこう。
止まってくれ
そうだ!レンスさん達に授業とか付けてもらえないかな?
もう折れそうなんだ
あの人達いかにも英雄って感じだし、おれはその英雄から教えを受けて、レンスさん達に追いつき、いずれ超える。
まさに人生大逆転劇じゃないか!
お前が進むとおれも進まなきゃならない
いいぞ!
大変そうだけど、とても心が踊る!
さっそくレンスさん達に授業つけてくれるか聞いてみよっと!
もういい加減にしてくれ、気付いてるんだろ?
………なに?
あー、もしかして、これがあれ?ドッペルゲンガーってやつ?
分かってるだろう?おれだ!お前だよ!
ねぇねぇちゃんと喋ってくれない?なに?おれ?お前?どっちだよ?
ていうか、何ここ?
そんなことはどうでもいい!それよりも、早く母さんの墓に行ってくれ!まだ母さんにおれは………、おれは!
あーそれならもういーっていーって。
きちんと反省したし謝ったし、今度からは同じ失敗はしないから。
そう母さんにもちゃんと言っといたよ?
ふざけるな!おれが母さんを殺したんだぞ!あの程度で許されるわけあるか!母さんにおれは何も返してない。母さんを、救えなかった。もっと、もっとおれが強ければ………!
大丈夫、お前の分もおれが頑張ってやるから。母さんへの償いはおれがしてやるし、仇、えっとダラスも、おれが必ず殺してやるから。安心しろよ。
お前の分も、頑張ってやるから。
お前はもう疲れただろう。ゆっくり休んでればいいんだ。
あとのことはおれに任せてくれ!
…………本当に?おれは、休んでいいのか?母さんへと償いもせずに、
大丈夫さ!必ずおれがやるから!
おれとお前は一心同体なんだろ?
だったら同じことさ。そうだろう?
ああ、確かにそうだ。なんだか訳が分からなくて、わかんない事だらけだけど、ここはとても居心地がいい。
ああそうさ、お前は何も考えず、おれに全て任せてくれればいいんだ。
そこは気持ちがいいだろう?
ああ、なんだか色々あった気がするけど、ここにいるとなんだか、何もかもが消えていくような、でもそれが気持ちいい。………もしかして、お前がおれの罪をけしてくれてるのか?
ああ、そうそう。おれがお前の分まで頑張るって言ったろ?
そういうことなんだよ。
ああ、そうなのか、ありがとう。おれを地獄から解放してくれて
気にするなよ!お前はおれだろ?
だったら当たり前さ!
お前はそこでおれが為すことを見ているだけでいい。
絶対後悔させないよ!
ああ、そうする……………
「………ああ、やっとこれで自由だ」
「どうしたんですか?」
オレは立ち止まって、妄想に耽っていた。
そう、あれらはただの妄想で、オレは何も変わってない。
中二病丸出しでお恥ずかしい限りだ。
ただ、何故か自由だ、という言葉は、自然と声に出していた。
何故かはわからない。
………どうでもいいな!
考え込むのはオレの悪い癖だ。
これからはこんなことを一々考えるのはやめよう。
戦いの邪魔でしかない。
「いや、オレは英雄への一歩を踏み出した。そんな気がしたんです」
「………そうですか、それでは教会に着きましたので、私はこれで」
「はい、どうもありがとうございました」
「そちらも、お元気で」
オレがそんなことをあんな恥ずかしいことを言ったからか、神官さんは一瞬おれに訝しむ視線を送ってきた。
ま、オレに敵意はなかっただろうし、深く考えなくていいだろう。
おれは経験から学ぶ愚者だからな。
もういつもみたいに深く考え込まない。
いつも笑顔。
そして夢は高位冒険者。
夢に向かって一直線だ!
二重人格、というものを知っているだろうか。
二重人格とは、正式には「解離性同一性障害」と呼ばれる病気である。
心に強いストレスを受けたときに、自分の心を守るための防衛機制として、自分の中に自分ではないもう一人の人格を作り上げることをいう。
おれの場合はまさにそれだった。
あいつ自身もそれに気付いていないのだろう。
本当に過去を乗り切って、清々しい気持ちになっていると思っているのだろう。
でも、それでもいいじゃないか。
もうおれには関係ない。
母さんを助けたくてあそこまでの無茶を出来たし、頑張れたのに、それがあんな形で返されたんだ。
もうどうでもいいというのも、分かるだろ?
あいつが生まれた原因だが、間違いなくあそこだろう。
おれは自分を殴りまくって、後悔して、後悔して………、命の危機にまでなった時に、アレが生まれた。
おれという人格は精神をすり減らし、命が危ないと思ったおれの体は、新しいオレを生み出し、おれの崩壊を止めた。
結果的に、これはおれがあの戦いで得た一つの成果だ。
祝福か、呪いかは分からないが、おれが得たたった一つの成果なんだ。
祝福であってほしいと、おれは願う。
その願いが叶わない事など、もう知っているはずなのに。
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