第3話 日常

「えーと、じゃあさっきの『付き合って下さい!!』は、勘違いだということかな?」

「ぁ、はいそうです、すみませんすみません。付き合って下さいって言うのは恋愛とかそういうのじゃなく多分なんか人生とかそっちの方面でのことだと……、ああいやこれも違う。えーと〜えーと〜、ッと、とにかく!決して恋愛的な意味ではないんです!それを言いたいだけなんです!!」


アース7歳。子供ながらに端正な顔をしており、ご近所さんからは「将来は美男子になるよ〜」と、噂されているおれだが、ついに今日、人生初の告白(前世も含めて)をしてしまった!

………それは勘違いなのだが、客観的に見るとそう見える。

おれとしても自分がなんでこんなことを言ったのか分からないが、言ってしまったものは取り消せない。

あの後隣に座っていた男(確か女の人にギダと呼ばれていた)に爆笑され、店内もみんな笑って、とても恥ずかしい状況の中、焦らず冷静に誤解を解くことをしたおれ偉い。とても7歳児とは思えない(前世は18歳)。おれすげーわ。

と、無理やり自分を褒めて羞恥心を誤魔化しているんだが……、さっきから隣の奴がうるさい。


「ギャハハハハハハハッッ!!腹痛ェ〜!レンお前ガキの初恋奪っちまったな〜このこの〜。さすがは王都でも人気の色男だなー。でもさすがの俺でも、ップフッ!こいつぁー予想出来なかったぜ〜ハッハッハッー、笑いすぎて息できねぇよーー!」

「ちょっとギダ、うるさいし唾飛ぶしいい加減にして。さっきからその子も勘違いだったって言ってるじゃない」


………決めた。この横で笑い転げてる男の股間、蹴り上げてやる。


「おいおいガキのくせにエグいとこ攻撃しようとするな〜。いや、ガキだからこそ、か?まぁいいや。おいガキ、事情はよく分からんが、取り敢えず勘違いだってことはわかった。そう怒るなよ。今度この色男よりいい男連れてきてやるからよ!」

「おれはホモでもゲイでもないので結構です。……ご注文がお決まりになったらお呼びください。では」


そう言っておれはこれ以上恥をかきたくないのでその場を華麗に去った。

そう、華麗に去った。さっきの出来事はもう忘れよう。黒歴史になる前に…!

というかあの男、当たり前のように俺の蹴りを躱したな。完全に不意をついたと思ったんだけど。

さすがは高位冒険者なのかな?というか冒険者なのかも分からないけど。


「ちょっと君!一つ聞きたいんだけどいいかな?」

「はい?ご注文ですか?」

「いや、そうじゃなくて、僕に声をかけた時、自分の意思じゃなくて、何かに誘導されるように声をかけた、違うかい?」

「は?……えーとまぁ、なんか自分の体が自分の体じゃないみたいに動きましたけど……、それがどうしました?」

「いや、うん……まぁ、何でもないよ、そういう感覚って僕も昔あったから共感するな〜て言おうと思っただけ、ありがとう」

「え?どういたしまして?」


え?何でおれお礼言われたの?何にでもお礼を言っちゃう人なのかな?

よく分からないが、それよりも


「あの、ご注文の方は?」

「あ〜、それなんだけど今日はやっぱり違うお店で食べようと思ってね。………君も僕たちがいると気まずいだろ(ボソッ)」


そう言って店を出ようとする。何も食べてないのにテーブルに代金を置いて。


「あ、最後に君の名前を教えてくれるかな?」

「え、ぁ、アースって言います」

「アース君だね。僕はレンス、君とは近いうちにまた会える気がする、じゃあね」

「おう坊主、おれはギダだ!レンが恋しくなったら俺に言いな。引っ張って連れてきてやるからよ!ガッハッハッハ」

「ギダ、うるさい、少し黙って。……ワタシはエミリーよ、よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします」


そう言って店をその人たちは店を出ていった。

……なんか、どっと疲れた。少し休みたい。


「一体、何だったんだろう……?」

「『一体、何だったんだろう』は、こっちのセリフさ!いきなり客に向かって何言い出すかと思えば!訳わかんないこと言ってんじゃないよ!それよりも給仕と掃除をやりな!!」

「ぅはい!すみませんでした!今すぐやります!!」


おれは客の食器やコップを持っていったり、掃除をしているそばで、さっきの出来事を思い出して、思考していた。


(さっきおれは何をしたかったんだろうか?あの人たちを見てから、いや、レンスという人を見て、何かに誘導されるように言葉を発した。………おれはあの人に憧れたとかそんな感じなのだろうか。でも、見ただけで憧れる?おれってそんなチョロいのかな?……………うーんわからん。)


自分が一体何をしたくて、あの言葉はどういう意味だったのか、おれはそれが分からずもやもやした気持ちのまま給金を貰って、家へと帰宅する。

ちなみにレンスという人が置いていったお金だが、金貨一枚と銀貨5枚が入っていたそうだ。

これは大金だ。

うちのメニューには一番高いので銅貨4枚のものしかないので、明らかに過剰だ。多過ぎる。

だが返すのは相手にも悪いし、置いていってくれているし、お金も欲しいので(理由の大半)、有り難く頂いた。




「ただいま〜」


今は誰もいない家へと帰宅する。

もうすっかり日も暮れて夜だが、母さんは仕事が忙しいので、いつも夜遅くに帰宅する。

おれはそれまでやることが無いので、本読んで勉強したり、掃除したり、お風呂に入ったりする。

………あれ?おれってホントに7歳?意識高すぎじゃね?


「おれってやっぱ偉いわ。普通このぐらいの子なら外で遊ぶとかそんなんだけど、親のために仕事頑張るおれ、すごくね?」


そんなことを言いながらほうきで掃除をする。マジで前世の頃とは比較にならないわ。


「おれってすご」

「アー君ただいま〜〜!!」


……ビックリした〜。心臓止まるかと思ったわ。

何の気配も無く背後から凸されたおれの気持ち、わかる?


「母さん、今そう……」

「アー君、母さんじゃなくて、マミー、でしょ?」

「……イェスマム」

「何て言ってるのか分からないけどアー君かわいい!!」


これでわかると思うが、おれの母さんはおれにすげー甘えてくるし、おれをめちゃくちゃ甘やかす。

おれがまだ子供でかわいいのは分かるが(自分で言っても恥ずかしくない、ぐらいかわいいと自負している)、それにしてもやりすぎなぐらい甘やかす。

母さんはおれを19の時に産み、今年で26と若く綺麗で、冒険者ギルドでも一番人気とかなんとか、マーさんが言っていた。

普段は凛としていて、常に微笑んでいて、誰にでも分け隔て無く対応し、仕事も完璧。

まさに理想の受付嬢である、とうちの食堂に来ていた冒険者が顔を赤くしながら饒舌に話していた。

私生活でも優雅に紅茶を飲んで微笑んでいる、とかもそいつは言っていた。

おれはその冒険者に何も言わなかった。

理想は理想のままであるべきだと思ったからだ。

おれが本当のことを言っても信じないだろうし、何より可哀想だ。

本当は家で息子に甘えまくって、マーさんに作ってもらったご飯食べて、疲れてるから速攻で寝て、朝に風呂に入るという女子としてアウトなことを日々やっている人だとは………、口が裂けても言えません!(泣)


「ふへへっ、アー君石鹸のいい匂い〜」


哀れ、冒険者たちよ。

きっと君たちはこの息子の髪の匂いを嗅ぎながら恍惚とした表情をした顔を見れば、君たちの理想は儚く砕け散るだろう。

というかさっきからよだれが顔にくっつく。

いい加減離れて欲しい。


「マミー、いい加減離れてご飯たべ……」


コンコン


「………チッ。せっかくリラックスしてていい気分だったのに」

「ひぇっ」


すっごい豹変した。

マミー怖っ。

女っていくつも仮面を持っているものなんだね。おれ学習したよ。


コンコンコン


「はーい、そんなにノックしなくても大丈夫ですよー」


さらにマミ、母さんの声が変わりかわいい感じになった。

マミー怖っ。(本日2度目)

……ていうか、こんな遅い時間に誰だろう。

母さんの受付嬢仲間とか?

ちょっと非常識な気もするけど、まぁ緊急の仕事とかだったら仕方ないのかな。

こういったことも何回かあったしね。


「どちら様

「あ、誘拐しに来た者です〜。失礼しまーす」


ドンッ


おれは母さんが腹を殴られて倒れるのをしっかりと見ていた。


「え?……………ぁ、う、うわああ

「あーあんまり大きい声出さないでねー」


ブンッバキッ!


おれは一瞬フリーズしていたが、反射的に大きい声を出しながら相手の男を殴ろうとしたが、逆に殴り返されて、子供の軽い体のせいなのか勢いよく吹き飛び、壁にぶつかって倒れた。


「あらら、ちょっと力入れすぎちゃったかな?吹き飛んじゃった」

「たいちょー、そのガキと遊ぶのおれがやるはずだったのになにしてくれんすか。これじゃあ俺たちいる意味無いっすよ」

「ごめんごめん、君たちの役とるつもりじゃなかったんだけど仕方ないじゃん、あの子叫び出しそうだったし」

「それも含めておれがいたぶって殺すつもりだったのに………。こいつも持っていっていっすかね?いいサンドバックになりそうなんすけど」

「まぁいいけど、バレないように後始末してよ、オレそういうの苦手だから」

「任せて下さいよ。こういう工作が得意だから俺たちが連れて来られたんすよ。……おい!スラムでガキ一匹連れて来い。今すぐにだ!」

『はい!』

「女の方はいいとして、ガキの方の工作はするつもりなかったんすけど、まぁ、計画に予定調和なんか無いっすからね」

「よく言うよ。その予定調和は君の私欲さえ無ければ完璧なのに………、君、性格悪いね」

「いえいえ、これも人生を彩るスパイスのようなもんですよ」

「スラムでガキ一匹連れて来ました!」

「おいそいつは死んでねぇし、刺したりもしてねぇだろうな」

「もちろんですよ、そんなヘマはしませんって」

「よし、女とガキ起こして火を付けろ。…家の戸締まりはしっかりしろよ?俺たちはそのまま退散だ」

『はい!』



この出来事で、おれの運命は大きく変わる。

自分の成してきた事がいかに無意味だったことかを、おれは痛感する。

おれが過ごしてきた日々は、とても怠惰で、無価値で、そして本当にどうしようも無いと、どうしようもなかったんだと、後悔して、後悔して………。



ごめんなさい 助けることが出来なくて

ごめんなさい 勉強よりももっと体を鍛えていればもしかしたら

ごめんなさい もっとおれが強かったら

ごめんなさい 弱くて


ごめんなさい 貴方たちを殺したのは……おれだ、おれなんだ!!









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