17●ラノベの妖怪、“承認欲求”の呪縛(2)…エヴァ25-26話が補完するもの。
17●ラノベの妖怪、“承認欲求”の呪縛(2)…エヴァ25-26話が補完するもの。
時に西暦1996年。
『新世紀エヴァンゲリオン』のTVシリーズ第25話と26話が放映され、物語はいったん終了しました。
あれはなんじゃ? 夢オチか?
……と、ぽかんと口を開けたままエンドマークを見つめた視聴者、ほとんどだったと思います。
あの終わり方に納得、スッキリしたファンは一人もいなかったでしょう。
主人公シンジ君の独白を軸に、人類補完計画のキモにチラッとふれただけで大事な事実は明らかにせず、後はひたすら、シンジ君の心の葛藤が延々と綴られて……
これ、大変な冒険だったと思います。
視聴者から間違いなく総スカンを食ってしまう物語の仕舞い方。
「なにやってんだ、カントク出てこーい!」と、内心、ヤジを飛ばしたい心境になったものです。
だって第24話で最後の使徒を片付けて、超々盛り上がったところで突然、神学論争みたいな哲学的ひとり芝居で……おしまいかよ?
これはアニメじゃない、まるで小劇場演劇。
視聴者の疑問に、根本的に答えないまま幕引きをはかる横着さ。
盛り蕎麦、掛け蕎麦、桜餅のフルコースを無視して、海苔弁当の資料だけを残してトンズラした、どなたかさんと大差ないじゃないか……と、今のファンなら天を仰いで嘆いたことでしょう。
しかしそんなファンの沸々とした怒りが続編への期待となり、劇場版の大成功と、今年、西暦2020年に真の終劇を迎えるであろうとされる『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』につながっていったわけですから、たいしたものです。
謎に包まれた25-26話が、作品の究極的成功に大きく寄与したことは間違いないでしょう。
にしても、なぜ、25-26話があのような内容になったのでしょうか?
主人公シンジ君の内面の告白。
エヴァに乗って戦えと要求する、周囲の大人たち。
特に父親のゲンドウ、そして直属の上司であるミサト。
未成年どころか弱冠十四歳のシンジ君に、無茶振りもいいところ。
紛れもなく児童虐待ですね。それでも……
要求に答えて優秀なエヴァパイロットたるべく、泣きながら努力するシンジ。
誉められたい、評価されたい、大事にされたいという一心で。
これ、完璧に“承認欲求”です。
画像の中にも“承認”の文字が出てきますね。
ゲンドウやミサトたち大人は、シンジ君の“承認欲求”の心理を利用します。
エヴァで戦えば、誉めてあげる……と。
しかしシンジの心の中には、根本的な葛藤があります。
エヴァに乗って戦う自分は、本当の自分だろうか?
ひたすら呻吟して、ついにシンジ君は結論に至ります。
「僕は僕だ!」と。
その瞬間、ブレイクスルー。
シンジ君の周囲の人々がみな彼に拍手を贈り、幸せな終幕となります。
これって要するに、シンジ君の“承認欲求”が苦難の末に充足された、もしくは“悟りが開かれた”のではないでしょうか。
エヴァの物語はすなわち、主人公シンジ君の自己克服の物語でもある……ということなのです。
文字通り中学二年生の十四歳、ずばり“中二病”のチルドレンたち。
“中二病”とは、自己顕示欲が高まり、周囲に認められたいという強い衝動に突き動かされる時期でもあります。
このとき自分で自分に求める“承認欲求”のレベルは異常なほど高まっていたはず。合格レベルが慶応ではダメ、東大でなきゃ自分を許せない! といった感じですね。
物凄く、他人に認められたい、いや、認められねばならない。
自分自身を突き上げる強烈な“承認欲求”に苦しみ、自分の首を絞めかねないほどに追い詰められるシンジ君が、その危機をついに克服して、葛藤を調和させる……
それが、25-26話の役割だったと思います。
注目すべきは、26話で劇中劇のような形で、シンジ君の“もう一つの世界”として、いかにもラノベなショートストーリーが挿入されたことです。
寝坊するシンジを起こしに来る、幼馴染のアスカ。
布団を跳ね上げるとそこにはシンジ君のあられもない下半身(推定)の一部が!
すったもんだで家を出ると、今度は走って来た綾波にゴッツン!
目を回す綾波のスカートの内側を目視直撃。
嫉妬に狂うアスカ……
その展開、まるでラノベですね。いやラノベのテンプレそのもの。
この視覚的イメージ、強烈です。
この時、1996年の視聴者の頭の中で、“承認欲求”と“ラノベ”がガッチリとスクラムを組んでしまったのです。
ラノベ=承認欲求。
はからずも、両者は一体化してしまいました。
ラノベと承認欲求の深~い関係は、ここに始まったのだと思います。
ある種の心理的“刷り込み”が働いてしまったのです。
もしかすると、監督の思惑通りに。
*
ちょっと横道に逸れますが、そもそもなぜ、このように形而上学的で難解な心理劇が物語の掉尾である25-26話に組み込まれたのでしょう?
監督のお遊びとか、ふざけて結末をスッ飛ばしたりするはずがありません。
いろいろと考え抜いた末に最善の手段が選ばれて、こうなったはずです。
私たちに納得できる理由があるはずです。
考えてみましょう。
エヴァの制作スケジュールがひっ迫していたのは確かでしょう。
毎回、劇場アニメに匹敵するクオリティです。
放送開始前に七、八割がた完成させておくならともかく、そんな時間的余裕は望むべくもなかったはず。
放映期間の終わりごろには、ギリギリの制作態勢に追い込まれる。
しかも、2クール26話分では、物語を完全に終わることができない。
……というか、監督の頭の中にも完璧な結末は見えていなかったと思います。
見えていたら、少なくとも最初の劇場版二作でキチッと終わらせることができたはずでして、21世紀の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』まで引っ張る必要はなかったでしょう。
でも、だからこそファンは四半世紀にわたってエヴァのシャシンを楽しみ続けることができるのですから、言うことなし、なんですが。
とすると……
エヴァ本編の物語を26話で強制的に終わらせるとしたら、なんだか中半端でいい加減な、尻切れトンボでトカゲの尻尾切りみたいな終わり方を余儀なくされる、という実情があったことと思われます。
真の結末とは……
たとえば、ネルフ本部めがけて襲い来る使徒は、じつは超古代に宇宙からやってきたアトランティス人が地球各地に隠した文明リセット装置が顕現したものであり、アトランティスの末裔を称する悪の親玉“蛾誤入”の“声”を引き継いだ冬月元夢副司令が人類補完計画の全てを裏で操っていて、ネルフ本部のピラミッド構造の裏側に嵌め込まれた巨大青水晶“青い水”のパワーを発現してすべてのインパクトを無効化できる美少女“那手亜”姫をお台場のサーカステントから連れてくることで……
すみません、愚言でした。
でも、1990-91年の『ふしぎの海のナディア』の世界がそのまま21世紀に延長されたと考えても、お話がつながりそうな感じがしていまして……
それはともかく。
最終二話分で、無理を承知で低クオリティの結末で強制終了してしまうと……
視聴者は、こう評価します。
「なーんだ、その程度の話だったんかい」
それでおしまいです。
おそらく監督としては、そのような顛末を受け入れられるはずもなく、断腸の思いで決断されたのでしょう。
本編のストーリーは24話で中断し、あとは劇場版へ望みを託す……と。
……では、残り二話には、いかなる内容を盛り込むのか?
テキトーな穴埋めでよしとするはずがありません。
公共的放送の貴重な二話分、そこに入れるべき内容は、必然的に……
“これまでの本編の内容を補完し、視聴者に、これだけは誤解なくキチンとわかってもらいたい”という物語要素になるはずです。
これまでの二十四話分で、視聴者にキッチリと理解してほしかったにもかかわらず、どこか説明不足か、あやふやになっている要素の補完、これに尽きるでしょう。
そうすれば、いずれ劇場版につながっていくとき、視聴者は理解不足や誤解に陥ることなく、本編のストーリーに没入できるでしょうから。
補完すべき内容とはなにか。
それが、主人公シンジ君の“承認欲求”だったのです。
全編を通じて、シンジ君はエヴァへの搭乗と過酷な戦闘を大人たちから強要され、承認欲求ゆえに要求に応じてしまう自分に苦しんできました。
これは本当の僕なんだろうか? と。
同様にシンジ君は、本当の綾波とは? 本当のアスカとは? と、心の奥底で問い続けています。
それほどに周囲の人間を気にかけて、その真意を測ろうとして、悩んできました。
その心の動きを、25-26話の二話分で、詳しく説明したのですね。
これは重要なことでした。
あの二話分の説明は、難解で哲学的に見えましたが、それが無かったとしたら……
シンジ君は私たち視聴者の印象の中で、ただの“聞き分けのない、意気地なしの、意志薄弱な弱虫ビビリ少年”で終わっていたかもしれません。
25-26話の“解説”があったからこそ、彼が切ないまでの承認欲求に苦しみ、それでも自分自身を求めてなんとかしようともがきながら進む、一生懸命なキャラクターであることが明確に理解できたのです。
最初、観たときはただただ困惑したものですが……
今にして思えば、非常に大切な二話分だったことがわかります。
シンジ君という主人公の内面を、しっかりと理解し、共感もできたわけですから。
そのうえで、私たちは劇場版のエヴァを観ています。
そして21世紀の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を観ています。
主人公がどのような人物像の少年であるかを、十分に承知のうえで観ることができたわけです。
シンジ君がどれほどウジウジしてもメソメソしても、その事情をわかってあげることができたのですね。
主人公シンジ君のキャラクターの補完。
それがこの二話分の目的でした。
実によくできた25-26話だったのです。
次章へ続きます。
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