16●ラノベの妖怪、“承認欲求”の呪縛(1)…昔はもっと自由だった?。

16●ラノベの妖怪、“承認欲求”の呪縛(1)…昔はもっと自由だった?





 この世で死んで、神様からチート力をもらい、転生するかどうかは別として……

 ラノベの主人公は異世界で“旅”を始めます。

 クエストです。

 そこでたいてい主人公は孤独なままでなく、仲間や友人を得ようとします。

 パーティですね。あるいは騎士団とか魔法学園といった組織集団への入門です。

 やはり人間であれスライムであれ、一人なり一個だけでは生きられないですから。

 そして奮闘して、手柄を立て、異性にちやほやされる存在になっていきます。

 モテ期到来ですね。

 自分が所属する集団で頭角を現し、下剋上とかでリーダーの地位を手に入れます。

 マウンティングですね。

 向かうところ敵なしで進撃また進撃。

 無双ですね。

 生前の世界では考えられなかった大出世です。

 この先を決めるのは本の売れ行きです。

 売れなくなったら大出世の途中でお話が終わります。

 売れ続けたら、たぶんいつまでも大出世の途中でお話は続きます。

 某超ヒットマンガの『〇ンピース』とか、『〇撃の巨人』なんか、そんなパターンかもしれませんね。


 それはともかく……


 かなりの数のラノベで、主人公は“集団に帰属”していますね。

 例外はあると思いますが、完全孤高の一匹狼で飄々と世渡りする……という設定は少なめかと思います。というか、最近の作品ではまずお目にかかりません。


 昭和の昔は、もちろんラノベは存在しませんでしたが、映画やTVで“一匹狼”な主人公がもてはやされた時期、というかそんな作品スタイルがありました。

 古くは『月光仮面』『怪傑ハリマオ』『隠密剣士』『眠狂四郎』(あ、リアルで観たわけではないですよ)、それに黒澤明監督の『用心棒』『椿三十郎』、70年代に『木枯し紋次郎』、『子連れ狼』は子連れですが、孤独に育児を上乗せした、さらに大変なイクメン侍ですね。

 マンガでは『巨人の星』『あしたのジョー』、『ゴルゴ13』。

 主人公、“ぼっち”の“おひとりさま”ですね。

 男たるもの、孤独を楽しんでいたのです。

 イメージリーダーは国内では高倉健、海外ではハンフリー・ボガートでしょうか。

 半世紀かそれ以前の昔のヒーローは、シングルで頑張っていたのです。


 その一方、チーム化が進んだのは刑事もの。『七人の刑事』あたりに始まり、『キイハンター』とか、たいていペアか数名の集団で動きます。『西部警察』シリーズでは鉄壁のチームワークが強調され、男たちの孤独はむしろ否定される傾向に進んでいきます。


 子供向け作品の『仮面ライダー』(1971)は孤独なヒーローでしたが、その後、いろいろなライダーが増殖して、最近はご存じのように、みんな一緒に賑やかにやっていますね。

 『ウルトラマン』(1966)も同様、孤独だったのは最初の数年で、今はウルトラファミリーとして認識されています。

 そこへ加えて、『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975)に始まる戦隊シリーズは、完全に孤独を否定、仲間のキズナが最優先とされますね。


 そして21世紀の今、“仲間”という概念が極めて骨太に作品を貫いているのが……

 某超ヒットマンガの『〇ンピース』とか、『〇撃の巨人』ということになります。


 いまやヒーロー、ヒロイン共に、“集団の一員”であることが当然とされているようです。そうでなければ活躍できない、生きられない。

 ヒーローもヒロインも、おひとりさまでは存在できない……ということですね。


      *


 さてラノベの主人公、とりわけ“異世界に活躍する”キャラクターは、軍隊なり学園なりクラブなりナントカ団なりの集団に所属すると、その中で活躍し頭角を現します。やがてグループのリーダーとなってチームを率います。

 これ、かなり鉄則ですね。マンガの『〇ンピース』とか『〇撃の巨人』を筆頭に、ラノベでは『幼〇戦記』『魔法〇高校の劣等生』『〇〇の騎士の成り上がり』とか……

 まあ、例外も多々ありますので、これが全てではなく、ひとつの傾向としてご理解下さい。


 集団に所属して、その中であれこれやって、周囲に認められていく主人公。


 このパターン、読者の潜在的な要望に応えているわけですね。

 でないと、売れないですから。

 ヒット作ほど、ラノベ読者の“心の欲求”をしっかりと反映しているはずです。


 それは、所属集団の中で、つまり周囲の人たちに認められようとする欲求です。

 これを心理学用語で“承認欲求”と言います。

 ラノベには、読者の承認欲求を満たす側面がある……

 そのことは、わりと以前から指摘されてきました。


 “ライトノベルとは、若者の承認欲求を満たすためのツールです。21世紀の現代において、人々がもっとも求めていて、しかも手に入らないのは「自分は価値のある人間である」という他者からの承認です。” 〈出典サイト:“ライトノベル作法研究所”(2014.12.27)……ラノベとは承認欲求を満たすツールである〉


 2020年の現在も、多くのライトノベルが、その主人公に“承認欲求を満たす”試練を課しています。

 まるで、何かの呪縛でもあるかのように。

 しかしそれは、読者の潜在的なニーズの現れなのですね。


 で、この“承認欲求”とは何かというと……

 “マズローの欲求5段階説(もしくは6段階説)”というものがあり、その第4段階の欲求に位置付けられているものです。


 人間の心理的欲求は下記の段階で構成されており、下位の欲求を満たすことで、より上位の欲求に到達しようとする、という考え方です。

 ※“欲求五段階説”“自己実現理論”でネット検索すれば詳しく出てきます。なお各段階のコメントは私が勝手につけたものもあるので、学術的根拠は保証できません。


-------------------------------------------------------------------

6.自己超越の欲求……我欲を超越して至高の目的に尽くす。

 ↑

5.自己実現の欲求……能力を最大限に発揮して創造的活動をしたい。

 ↑

4.承認の欲求……他者や集団から自分の価値を認められたい。名声、地位、注目。

 ↑

3.社会的欲求……他者と関わりたい、集団に属したい。

 ↑

2.安全の欲求……身の安全を守りたい。

 ↑

1.生理的欲求……生命を維持したい。

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 さてどうやらラノベなるものは、“4.承認の欲求”をフィクションの世界で満たすものだと考えられているようです。


 しかし、その昔、20世紀のラノベは主人公の承認欲求など、あまり気にしていなかったように記憶しています。

 “ライトノベル”という用語自体、1990年代初めに生まれたとされていますが、その当時のラノベ事情はどうだったかというと……


 1988年に角川スニーカー文庫と富士見ファンタジア文庫が創刊されます。

 富士見ファンタジア文庫から刊行された『ロードス島戦記』、『スレイヤーズ』、『フォーチュンクエスト』、『魔術士オーフェン』、『風の大陸』が一世を風靡します。ライトノベルのイメージは、これらの作品群に冠せられたものでしょう。

 そして1993年に電撃文庫、創刊。

 レーベルの充実とともに、“ライトノベル”の名称が浸透していきました。

 いずれも角川グループ様のおかげです。感謝!


 まあしかし、このころの作品の主人公は概して楽天的であり、“承認欲求”をことさらに意識することなく、自分が所属する集団内での役割を迷わずに獲得していたという印象があります。

 要するに、周りの空気を読んで忖度するよりも、自分のやりたいことを思うままに“やらかしてしまう”自由闊達な主人公だったんですね。

 まず波〇砲をブッ放してから考える、西崎ヤマトの古代君みたいに。

 あるいは、時と場合を選ばずにを通そうとするアムロ君みたいに。


 KY(空気読めよ)が流行ったのは2006年頃とされています。

 周囲の人間関係を神経質なほど気にかけて自分の行動を抑制する風潮は、21世紀に入ってまもなくの、この時期に高まったのでしょう。

 それまでは、“承認欲求”を満たすために汲々きゅうきゅうとする必要は少なかったのかもしれませんね。主人公はもっとのびのびと自由にやっていたのです。そうでしょう?


 では、“承認欲求”という概念がライトノベルの世界と結びつけられたのは……

 強烈にして象徴的な作品がありましたね、

 “承認欲求インパクト”とでも名付けたい事件の出来しゅったいです。

 それは1996年のこと。


 アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の、あの謎に包まれた25-26話です。



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