11●あの同人誌即売会の巨大マーケットを狙え! かな?

11●あの同人誌即売会の巨大マーケットを狙え! かな?





 チート国とチープ国。

 チート国民はお金持ちなので、本をためらわず買ってくれます。

 ですから出版社はせっせとチート国民に本を売ってきました。

 その結果、チート国民の購買力はいささか飽和気味、伸びなくなりました。

 一方、チープ国民は貧乏なので、本を正価で買う金銭的余裕がありません。

 本を買いたい気持ちはあれど、ここ20年でさらに貧しくなりました。

 そして両国とも少子高齢化によって、本の市場全体のパイは、じわじわと縮小していくことが運命づけられています。

 しかし、読書習慣のある本好きな人は、両国それぞれに存在しています。

 本を買いたい、というニーズはありますが、チープ国民の経済力がその欲求を満たしていないのです。

 つまり、富める者か貧しき者か、その違いだけなのですが……。


 とすると……

 出版社としては、購買力の低いチープ国民のマーケットを掘り起こし、なんとかして本を買ってもらう方策を講じていくしかないように思われます。


 とはいえ、チート国と同じ売り方では通用しません。

 チープ国にはチープ国なりの方法を考えなくてはならないはずです。


 チープマーケットの開発です。

 とはいえ、チープ国内では、一人の著者の1500円の本が十万部売れるような正攻法のベストセラーは望めません。図書館で借りるか、中古本がネットに出るのを待つ人が多いのですから。


 それならば……


 薄利多売です。

 一万部売って利益を上げるのでなく、千部売れれば収支トントンになるような、ケチでセコい……もとい、丁寧で細やかな販売ノウハウを考えよう……となりますね。


 そんなものが、どこにあるのか……


 しかし私ごときが悩む前に、出版社様はすでに市場調査に入り、実験的な販売モデルを試みておられます、ね。


 まず市場調査については、“無料小説投稿サイト”ですね。


 大手のサイトでは、登録者が50万人以上とか。

 それだけの数の人が、日々、書いたり読んだりしているとは、凡人の私には想像しがたいスケールです。

 いわば、超巨大な同人誌サークル。

 思い返せば20年以上前、二十世紀の“同人誌”なんて、会員が二十人とか三十人で作って回し読みしていたんですから、今や気の遠くなるようなマンモス化です。

 しかも電子処理されているサイトですから、データが取れますね。

 どのような作品が読まれるのか、そのテーマと内容。

 その読者層は、どのような人々か。

 性別や年齢層、地域による違いはないか。

 一年を通じて、読まれる時期とそうでない時期があるのか、その要因は。

 などなど……

 サイト管理者の一角を占めておられるカクヨムの神様も、そういったデータを手の内に握って、どのような本を出せば買ってもらえるのか、研究に余念がないことでしょう。

 私たちサイトの参加者は、常々、調査され、分析されているのです。


 このような“無料小説投稿サイト”を使った市場調査の対象となる人口層は、ほぼ、チープ国民となります。参加者の構成比率は、チープ国民の方が圧倒的に多数であると推定できるからです。

 なぜならば……

 「そうだ、小説家になろう」と思い立ったチート国の若者がいたとしましょう。

 チート国民ですから、家族はお金持ちです。社会的地位も高いです。

 それならわざわざ無料の投稿サイトのお世話にならなくても、おカネを払って権威ある作家先生のエリート創作塾に入門して腕を磨き、望む出来栄えの作品が完成したら、親族のコネクションで出版社へ直接持ち込むことができるだろうと思われるからです。お父さんの学生時代のクラブの後輩が今はナントカ出版の編集長だとか、そんな境遇ですね。

 結果、採用されるかどうかは別として、無料投稿サイトのコンテストを頼らずに、デビューへの道をショートカットすることができるでしょう。

 あ、以上は私の想像、あくまで根拠なき空想ですよ。具体的な実例を知っているというわけではございません。

 まあしかし、チート国民はたぶん、無料小説投稿サイトでPVやお星さまを指折り数えては一喜一憂する投稿ライフを送るよりも、もっと綺麗に舗装された近道を知っていると思うのです。


 ということで、無料小説投稿サイトは、もっぱらチープ国民がひしめく創作空間。

 様々な作品がごった煮状態ですが、そのカオスを俯瞰して、有望な書き手と、本を買ってくれる読者を割り出すデータベースとして、出版社サイドにはそれなりに役立っていると思われるのです。


      *


 そして、ここからは私の妄想です。

 こうなったらいいな……という願望に基づく夢物語なのですが……


 無料小説投稿サイトに掲載された作品はすべて、いわば同人作品です。

 作品は全て電子的に執筆され、電子的に閲覧されます。

 書くのも読むのも無料で、対価を求めず、対価を払うこともない、完全なアマチュア作家の世界です。


 さて一方、プロ作家の世界があります。

 作品は紙に印刷され、書店で販売されます。

 そのさい、電子化された本も、ちょっとお安くしてネットで併売されます。

 お値段は概して同人誌よりも高いです。

 読者は対価を支払って紙の本か電子本を購入します。


 さて、このアマチュア作家とプロ作家の間に位置する世界があります。

 かりに、“セミプロの世界”としましょう。

 同人作品の一種ともいえる“個人作品”を紙の本として作成し、それを同人誌即売会で販売することで収益を得る世界です。

 プロ作家の作品ほど数多くは売れません。

 プロ作家の作品ほど高い値段は付けられません。

 しかし、当たればビジネスになる可能性があります。

 利益を上げられる、ということです。

 おわかりですね、東京ビッグサイトで年二回開かれてきた、アレです。

 過去二十年ばかり、その会場で頒布されてきた作品が世に認められ、メガヒットに成長した例が、いくつかありましたね。

 そこで同人誌を販売し、購入する人々は、一見して、チート国民よりもチープ国民の方が構成率が高そうに見えますが、実態はよくわかりません。相当なお金持ちの方も訪れているでしょう。

 プロ作家が副業で参加して、三、四日で数千万円を売り上げる一方で、残念ながら赤字で終わるボンビーなブースもあるということです。富める者も貧しき者も無秩序に混在した正体不明のカオス空間というのか。未経験の私には、全く謎の世界です。


 とはいえ……

 2019年末の開催では、4日間で累計75万人が来場したとか。

 一人一日一万円を使ったら、累計75億円!

 参加サークル数、約八千。

 とてつもないマーケットですね。

 しかしその会場は、とてつもない三密空間。

 コロナ禍で、この夏の開催は中止されました。

 とてつもない数の“コ〇ケ難民”が発生したことと思われます。

 八千ものサークルが、宙に浮いてしまったのですから。

 〇ミケの売上を当てにしていたサークルも多かったでしょう。

 となると、皆さん考えることは同じ。

 電子マーケットで販売できない?


 これを試みている電子書籍販売サイトがありますね。

 仮の名前を、“本★歩く人”という名前のサイトとしましょう。

 “本★歩く人”のトップページには、“同人雑誌・個人出版”のタブがあり、そこを開けば千件を超す冊子が販売されています。ただしジャンルはコミックもラノベも実用書も一括ひとくくりで、お値段も二千円近くからゼロ円すなわち無料まで、まちまち。

 ちょっと目あての本を探しにくい感じはしますが、この試み自体が快挙です!

 出品されているのは個人で制作された電子本。

 それを電子媒体で直販。

 一般書店では扱っていません。

 つまり取次さんや書店を通さない、最初からオール電子のみの流通形態なのです。

 これ、ひとつの有意義なビジネスモデルですね。

 社会的に公開されたサイトですから、著作権法上の懸念のある二次創作や、H系の内容が倫理コードに抵触するものは排除されることになりますが……

 それゆえ、参加サークル八千、四日間で累計75万人という巨大即売会のマーケットのほんの一部にすぎないでしょうが、しばらくの間、この電子マーケットへ避難されたセミプロの作家さんもおられるのではないかと思います。



 つまりこれが、この章の最初の方で述べました、“チープ国民向けの実験的な販売モデル”ではないか? ……と、私はもやもやと感じる次第なのです。



 あの巨大同人誌即売会の対面販売は、コロナ禍の影響で、しばらくは開催時期をずらしたり、規模の変更を余儀なくされるでしょう。あの会場でソーシャルディスタンスを厳守したら、イベントが成り立たなくなるのではないでしょうか。

 とすれば、今後、同人誌即売会の参加者や、それと同等のレベルのセミプロな作家さんたちが、自分たちの頒布活動を即売会から電子マーケットに移転して、電子本の同人誌を売るようになっていくかもしれません。……というより、当分の間は、そうするしかなくなっていくのでは?



 つまり、アマチュアとプロの間の、いわばセミプロのクリエーターの受け皿として、市中の書店を通さない“オール電子の流通を前提とした電子書籍販売サイト”が、小規模ながら成立する可能性を見せ始めているのではないか? ……ということです。



 メリットはあります。

 同人誌即売会は年間数日の開催にとどまります。

 電子マーケットで通販するならば、一年中、その本を電子店舗に陳列して、商いを続けることができます。もっとも、お客様の目に留まるようにアピールするのは大変なことでしょうが……。


 そしてその反面、お客様にとって、ややこしいデメリットが生じます。


 電子本を購入しても、所有権が移転しないことです。




 次章に続きます。








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