第10話
「私のウェスパに何か御用ですか?マクラ殿」
睨み合ったのは一瞬。先に口を開いたのは我が母である。
やたらと私のと言う部分に力が入っていたのは獣人族に対する隔意だけではなく、話を強引に中断させられた怒りも含まれていそうだ。
…それにしても力が入り過ぎている気がするけれど。
何か秘めた想いでもあるのだろうか?
「あっ…えっと、その、こんにちは」
「まあ、挨拶ができるなんて、偉いですね」
「えへへ、そうかな?」
母の笑顔からの偉いですねに照れ照れするマクラ君。
照れているところに悪いが、その偉いですねには「蛮族のくせして」という枕詞が付く。
むしろ母の目は笑っていない。内心、かなり不快に思っていそうだ。
口に出さないのは相手が子供だからというよりは、この国において寄り仔に産まれた僕と、それを産んだ母の立場がそれほど良くはないからだろう。
下手に強い態度を取って、それがマクラ君の口から他の獣人族へ伝われば「一応、獣人族の血を引いた子供とその母親だからと見逃してやってたのに、調子に乗るなよ。ごらぁ」と真っ二つにされかねない。
母の獣人族に対する恨みは子供だからと薄まらない程度には強い。
子供には関係ないなどという正論が通じない段階にあるのだ。
今から2人きりなった時のことを考えると気が重い。
恨み言をいつもの割増で聞かされそうである。
「ところで…ご用件はなんでしょう?
私のウェスパと何か約束したと言っていましたが?」
「ああ、それは昨日、ウェスパと戦いごっこをするって約束したんだ」
「ほぅ?」
ギロっとこちらを睨む母。
昨日、トイレから戻る理由を大まかには話したが、その終わり際にやたらと引き止めてくる彼に対し、また遊べばいいじゃないかとか適当なことを言って流したことは言っていない。どうせ、蛮族な彼が僕の部屋を見つけることはできまいと思っていたからだ。
だが、母は蛮族な獣人族に対して恨みを持つが故に、蛮族じみた…粗野だったり下品だったり品性を下げる様な行いを酷く嫌う。
つまり、守る気のない約束をして煙に巻くような行為は彼女の基準では品性を下げる行いとして判断される。
さらには獣人族と多少とはいえ仲良さげに会話することも嫌な様で、昨日の説教の大部分はそれに関してだったりもした。
不用意に適当な言葉を吐いたことで、獣人族の彼を部屋に呼び込むことになってしまった形に昨日以上の説教が確定した瞬間である。
「よく、僕たちの部屋がわかったね?」
気分とともに空気を変えるべく、マクラ君に話を振る。
僕自身としてはそのつもりは無かったが、第三者が聞けば明確に馬鹿にしてるかのような問いにマクラ君は気付かず、答えた。
「その辺の奴隷どもに聞いたんだ!
すげぇだろっ?」
自慢げに凄いと言われても何が凄いのかよく分からない。
奴隷に聞くと言う発想自体を凄いと言っているのか、真っ二つにせずに聞き出せたことを凄いと言っているのか。
あと、奴隷という言葉を母の前で使わないで欲しい。
母は城に拐われてきた人たちを奴隷とは決して呼ばない。
理由は先も言ったように、蛮族じみた発言だからだ。
その母に言葉を教えてもらった僕も、もちろん使わない。
獣人族が正式に彼らを何と呼んでいるかは分からないが、実質、奴隷だよねと思っていても使ったりはしてはいけない。
母の機嫌が急下降するから。
「…ふぅ」
怒りをぶつけるわけにもいかず、そのエルフにしては豊満な胸の内へと怒りを呑み込んだ母は努めて笑顔を浮かべながら、マクラ君に言った。
「約束したのであれば致し方ありません。行ってきなさい、ウェスパ」
「は、はい。分かりました。母、怒ってますか?」
「…怒っていませんよ。怒る理由がありませんからね」
あ、僕知ってる。これは怒ってるヤツだ。
そしてマクラ君と一緒に僕は再度チャンバラを行い、また、約束させられ、説教され、チャンバラ、約束、説教の習慣が始まるのである。
☆ ☆ ☆
マクラとの出会いは以上で、それ以来定期的に手合わせをする仲になったのだが、そういえば寄り仔の僕が何故、純血の獣人族たるマクラ君と互角以上の戦闘ができるかについて母に聴けていなかった。
「母よ、そういえばまだ聞けていなかった、僕の力の秘密なのですが…」
「ああ、急に改まって何かと思えばその話ですか」
ちなみになのだが、普段、母子の2人で何をしているかと言うと基本的に母から様々な教育を受けている。もしくは母からの怨嗟の言葉を聞くのが主なのだが、珍しく今日は2人で抱き合いながらお昼寝タイム。
母の豊満な胸に顔を埋めながら微睡んでいると、あの日聞き損なった僕の秘密について思い出した。
確か、あの日は100年前がどうたらと言う序盤も序盤な部分でマクラ君によってぶった切られて終わった。
続きを聞かせてもらいたい。
「母は今、とても眠いのです。後でになりませんか?」
「なりません。これでは気になってお昼寝に集中できません。母だけぐっすりはズルイです」
ついでに僕の渾身の上目遣いも喰らうといい。
可愛すぎてすぐにでも喋りたくなるはず。
「…あざと過ぎる気もしますが、まあいいでしょう。可愛い我が子のために眠気を堪えて長話といきましょうか」
「長話だと途中で寝てしまいそうです。簡潔にお願いします」
「気になって眠れない筈では?」
「別腹ならぬ
「意味がわかりません。が、まあ…いいでしょう」
母は僕を抱き抱えたまま、ゆっくりと喋りだす。
「ことの起こりは100年前のこと。
1人の人間族が秘密裏にとある組織を立ち上げました。
その名は獣人族対策連合隊」
「単純ですねぇ」
「下手に凝った名前など必要ありませんからね。組織の目的は名前の通り、獣人族に対抗する何らかの効果的な手段、武器、魔法、作戦を見つけ、獣人族の支配から脱却することでした」
「いまだ、脱却できてないってことは失敗したんですか?」
「いいえ、現在進行形です」
「ああ、なるほど。組織の目的を果たす為のその現在進行形に必要、ないしは中核が僕…なんですね?」
「相変わらず、察しが宜しい。…獣人族への支配に対するカウンターとして様々な案が考え出され、数多の案が検証され没案となり50年近く。いまだ有効な対抗策が見つからない中、組織に所属していた人間族のうち、魔法技術に長けた魔人族の1人がとある作戦を立案します」
母は少しばかり瞑目して、続きを口にした。
「獣人族には如何に強力な武器、手段を用いても力づくで突破されてしまう。ならばこちらも力には力。
超人に対して超人を当てるしかないと。
それが私、エルフを元に辛うじて殺せた獣人族の死体から採取した肉片や魔獣の肉片、一部の魔法技術を後付けした結果生まれた私は獣人族の支配から脱却するための
口ぶりからすると、失敗したのかな?
そう考えたのは間違いなかったようで、母は失敗した理由を語った。
「失敗した理由は2つ。
エルフを元にした場合、体に埋め込んだ超人化の魔法術式に、身体が耐えられなかったの。それもお話にならないレベルで。獣人族や魔獣の肉片で限界まで強化してあっても無理だった。全く、あれだけのことが全て意味がないと分かったのだから、泣けてくる話。
二つ目は貴方の父である龍神族の王であり、獣人族全体の王でもある頂点にして最強の男は例え超人化の術式を発動しても倒せないと言う結論に至ったから…」
どんな時にも丁寧語を外さなかった彼女の口調から丁寧語が消えた。
思いの外、シリアスな話になってしまった。
慰めた方が良いのだろうか?
そう思って抱きしめる力を強くする。
「…ふふ、ありがとうございます。貴方はほんとうに優しいですね…」
言葉以上の複雑な思いを感じさせる声。
あまり気分が良くないのなら、やはり聞かなくてもと話を終わりにしようとするも、母は首を横に振る。
「私に改造を施した彼らはそれでも諦めませんでした。私もそうです。でなければ何のために……それは今は関係ありませんね。
とにかく組織の人間達はこうして問題を抱えることになります。ここで、問題になったのは自力の低さ。ゆえに私を含めて彼らは活路を考え、見いだします。エルフを元にするからいくら強化しても追いつけないのだと、獣人族を…それも獣人族の中でも最強の龍神族の肉体ならば…と」
彼女はどこか怯えた様子で続きを話してくれた。
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