第9話

その後で、立てる?と尻餅を着いた彼を優しく抱き起こしたところで彼は慌てたように飛び退き、今更ながら自分の名前を言った。


「お、おれはマクラ…」

「あ、うん、僕はウェスパ。よろしくね」


自己紹介するにしても遅すぎるだろとかは言わないでやるのが大人の情け。

よろしくねと言うのも社交辞令なので、よろしくしなくて良いです。

とはいえ一応握手くらいはと手を差し出していたのだが、彼は顔を赤らめてこちらを見つめるだけ。差し出した手は空振りのまま。

なんだろう?よくもやりやがったな的な怒りを堪えているのだろうか?

いや、周りの子供たちの前で負けた上に尻餅を付いてしまったから恥ずかしいのかもしれない。


「あの、なんというか、気にしない方が…」

「いいかっ!?おれの名前はマクラだからなっ!!ちゃんと覚えたんだろうなっ!?う、うう、うぇすぱはっ!」

「う、うん、そんな念押しされなくても覚えたよっ」


周りの子供たちに対する照れ隠しか、やたらと声が大きく、その割には僕の名前を呼ぶのにぎこちない。

特別、やんちゃそうだったからな。

名前を呼び合うような友達は意外と初めてだったのかも。

見た目通り可愛いところもあるではないか。


「それで、僕が勝ったのだし部屋の場所を教えてもらいたいんだけど…」

「あっ…わりぃ、しらない。そのうそをつくつもりじゃなくて、負ける気なかったから…えと、あの…」


つくつもりもなにも完全に嘘ですがな。

いや、まあ年齢を鑑みれば何となく彼の言わんとしようとしている理屈も分からなくはない。子供は時々、論理的でないことをそうであるかのように語ることがある。

まあ、反省している…というよりは初めて出来た友達に悪く思われないように必死に言い繕っているように思えるが、まあ今回は見逃してあげよう。

もう会わないだろうしね。


やたらと僕を引き止めて一緒にいたそうにするマクラ君を適当に言いくるめて、部屋に戻れた頃には母はがっつり心配していたらしく、ミッチリお説教&結局、部屋の位置は召使に聞いたためにビビりまくる召使への罪悪感で精神的に大変な一日となった。

マクラ君とは言い包める際にまた遊ぶ約束をしたが、彼は僕のいる部屋を知らない。

会えなければ勝手に手近な子と遊ぶだろうし、もうこんなことはこりごりである。

また、いつもと変わらぬ母との日々が始まる。

と思っていた頃が僕にもありました。


「母よ。僕がアホみたいに強いのは母の仕業ですか?」

「今更気付いたのですか?ウェスパは普段は子供らしかぬ察しの良さを見せるくせに、変なところで鈍感になりますね」

「な、何をしたんです?

まさか寿命と引き換えに莫大な力を…とか、全ての力を解放すると理性を失うとか、変な副作用はないのですかっ!?」

「なんですか?その邪法は。いくら私とてそんなものを我が子に使うわけないでしょう?」

「…その口ぶりから察するに、母としてあまり良い振る舞いを出来ていないことは自覚しているようですね。意外でした。実は直す気があったりします?」

「…そういうところです。子供らしかぬ察しの良さというのは。貴方こそ直しなさいな。可愛くないですよ」

「察しの良さを直すって言ってる意味が分からないのですが…あと、自分で言うのもなんですが僕は超可愛いと思います」

「…見た目の話じゃないことくらいわかっているでしょう?母はツッコみませんからね」

「ツッコんでいることに僕はツッコみませんよ。それと話を逸らさないでください。僕が強い理由はなんですか?」

「貴方から逸らしたのだと母は記憶していますが…まあ良いでしょう。ツッコんでいることにツッコみませんと言っていることがすなわちツッコんでいることになりますが、母らしく私が大人になって流して差し上げます。それで、貴方の強さの秘密に関してですが…」


…ゴクリ…この人、全然流せてないぞ?


「ウェスパが察しているように貴方が生まれた時から記している紋様が強さの秘密です。厳密に言えば紋様そのものはあくまで補助的な役割を担っているだけで、いずれ必要なくなりますが」

「効果はなんとなく分かりますけど、なんでこんなことを?」


強い人間を用意して獣人族を根絶やしに!なんて事が土台無理な話なのは母なら分かっているはず。

いくら母が獣人族を恨んでいても、流石に僕一人で獣人族をどうにかできると考えるほどとち狂ってはいない。

少なくとも今の強さ程度では無理だと思う。子供のマクラ君と戦ったことで、ある程度は獣人族の強さの程度が分かったからこそ無理だと判断できる。

僕みたいのを複数人用意しているとか?

いや、でも複数人用意できるなら今頃、もちっとどうにかなっていたのでは?

母だってここに来なくて済んだかもしれない。


「それを話すには100年前…それこそ母が生まれる前まで遡らなくてはなりません」


うわ、話が長くなりそうな予感がする。


「100年前と聞いて、こいつどれくらい生きてんだ?ババアか?みたいなことを思いましたか?」


…全然思ってないです。


「100年前と生まれる前、という言葉が連続したからそういう印象を受けただけで母は凄く若い、幼な母です。変な勘違いはしてませんね?」

「若いですよアピールを自分から言うと逆に年増のように思われるからと敢えて100年前と、生まれる前という言葉を連続させてその話の流れから自分は若いですよアピールをしようとしてませんか?気にしすぎでは?普通に若々しいっ…」

「おだまりなさい」


ひぇっ。

今までで一番の眼光で睨まれた。


「まあ、貴方が若々しいと言うからには貴方にとって母はさぞかし若々しく見えているのでしょう?

いくつに見えますか?」


…ぇっ?


「いくつに見えるかと聞いているのです」

「だま…」

「だまれと言いましたが、前言撤回します。いくつに見えますか?」


おうふ。逃げ道を防がれてしまった。

今更だが、母の容姿はいわゆるステレオタイプのエルフという感じ。

ただ顔立ちは特に美しいと言われ、獣人族に献上されただけあって普通のエルフより格段に可愛らしくも美しい。

まあ、可愛らしさに関しては僕の方が優っているけれど。母の子供で、幼ない時分は特別可愛らしく生まれると言う獣人族の生態も相まって、母を超えている。

なんて現実逃避をしている場合ではない。

とりあえず見た目そのままの感想であれば、20半ばくらい。

だが、それをそのまま言うのは厳しいはず。

最低限、実年齢より低いのは絶対。

そして見た目より低いのも絶対とまではいかないが、望ましい。

獣人族の10を超えて13になる頃には大人になると言う生態を鑑みれば、獣人族である僕の父が性対象とする最低値は13歳くらいから。

相手が異種属の場合どうなるかは分からないが、所詮、常日頃から蛮々ばんばんしている連中だ。

気にしないだろう。

あとは母側の発育の問題だが、ファンタジー小説や漫画では成長が遅いイメージがあるエルフであってもこの世界のエルフの成長速度は人間と変わらないと母から聞いたことがある。

問題ないはず。

その結果導き出される答えとは…


「10歳っ!」


すごく深いため息を吐かれた。

あれ?


「…はぁ。妙齢の女性に対して若く言おうという気遣いは褒めてあげましょう。しかし、行き過ぎれば滑稽なだけです。気をつけなさい」


あれー?

おかしいな?どこで間違えたのだろう?

はっ!?

考えすぎていつの間にか母が母になったくらいの年齢を考えていた!?


「意地悪が過ぎましたね、母が悪かったです」


なんか凄く生暖かい目で見られている気がする。


「盛大に逸れた話をもどしてっ…」

「ここからウェスパの匂いがするっ!

おいっ、おれと遊ぶ約束を忘れていつまで待たせる気だっ!」


母が引っ張りに引っ張った僕に対して行った行為の説明に戻ろうとしたところで、ドアを勢いよく開けた闖入者がいた。

ご存知マクラ君である。

タイミングが悪いなぁ、君は。

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