第8話

この段階の僕には自覚がなかったことだが、実は僕の戦闘力は普通に強い。寄り仔は弱いとされるが、それはあくまで経験則でしかなく、また、生物の性質の話ゆえにどうしても個人差というものが出てくる。


確かに見た目は龍神族の父親とはかけ離れている。

父親から引き継いだ容姿と言えば、龍神族の中でも珍しいと言われている紫色の瞳孔くらいなもので、一見すると大部分は母親の性質を引き継いで生まれたように見える。

が、それは間違いだ。

見た目に顕れない部分はそれこそ今まで産まれてきた全ての子供の中で受け継いだ。

現在、世界最強とされ、獣人族歴代の王と比較しても最強でもあると噂されるほどの龍神族の王。

その王の戦闘に関する才能を僕は非常に色濃く受け継いだ。

本来ならばいくら個人差があるとはいえども、寄り仔には有り得ない話。

もちろん現実にそう都合の良い話などあるはずもなく、タネも仕掛けもあるが、今は割愛する。


その天凛てんりんの欠片が顔を覗かせた。

目の前の彼の剣をあまりにも流麗に、無駄なく、自然に受け流せたことに自分でも驚く。

いっそ芸術的とも言えるほどの槍捌きに、周りの子供達は絶句。

本物のサンタクロースを見てもここまで驚かないだろうとくらいには、みな驚愕の顔を浮かべている。

僕も同じような顔をしているだろう。

だって意味がわからない。槍なんて触ったことはおろか、見たのすら今日が初めてだ。

なんで達人ばりに扱えるのだろう?

こう振ったら良さそうとか、受け流すにはこの向きかな?と適当に槍を振り回すだけで、面白いように槍を扱えるのだ。

なるほど。

彼らが嬉々として武器を振り回している理由が分かったかも。

これほど簡単に、かつすごいレベルで武器を扱えるのであれば遊び感覚で振るっていたのも肯ける。

楽しいではないか。武器の習熟訓練というものは。

その後も彼の剣撃に合わせて、適当に流したり受け止めてみたりして久方ぶりの運動を楽しんだところで、そういえばトイレに行った帰りだということを思い出した。

早く帰らねば母が心配するではないか。

戦いと言っていたが、どうしたら勝ちなのだろう?

死ぬことがあったらしいものの、勝敗は生死のみで決定されるなんてことであればいくら我が父がモテモテで子沢山とは言えども、もっと子供達の人数は少なくなっているはず。

ちょっと目の前の彼に聞いてみようかと思ったものの、目の前の彼にどうしたら勝ちなの?なんて聞くのは流石に煽りが過ぎる。

口をあんぐりと空けて、審判役をすっかり忘れてそうなあの子に聞いてみるか?

いや、手合わせの最中に相手そっちのけで審判に勝利条件は何?と聞き出すのも結構な煽り行為じゃないか?

槍を振る楽しさが消えて、どうしたらいいのかアタフタし始めた頃、目の前の彼が顔を真っ赤にしてプリプリ怒り始めた。


「さっきから、お前ぇっ!俺を舐めてるのかっ!?」

「うぅえっ!?何故バレたのっ!?言葉には出してないはずなんだけどもっ!」


もちろん、つい煽り行為になりそうな言葉が口を突いて出たなんて漫画みたいなことはない。

はっ!?

まさか、前世で見ていたバトル漫画ではたまに達人は剣を交えれば相手の気持ちがわかるとか言う話があった。

それかっ?

こう、槍を振るう際の様々な所作から相手の心内を見破ったとか?


「ば、ばかにするのもいい加減にしろよぉっ!?

お前から一切、攻めてこないくせにバレないわけっ…ていうか隠してたつもりかよっ!?」


なるほど。

言われてみれば。確かに。

でも、槍の扱いは何となく分かってもどのくらいの強さで振るえば良いのかは分からないんだよね。

いや、正確にはこれくらいなら相手に通用しそうな加減は分かる。

が、相手に怪我を負わせずにいい感じに倒す程度となると途端に分からなくなる。

要約すると、こうすれば槍がぶっ刺さるなと言うのは感覚的に分かるのだが、刺さらないように良い感じに負かそうとするとまるで分からない。

いや。まるで、は言い過ぎた。

僕の才能は凄いようで…頑張れば怪我なく出来そうではあるものの、勢い余って刺し殺してしまう可能性も割とありそうなのだ。

もう、ここまで怒らせてしまえば煽り行為になったとしても一緒だ。勝ちの条件を直接聞いてしまおう。


「ところで、君。この手合わせは何をしたら終わるんだい?

流石にどちらかが死んだらとは言わないよね?」


変わらず槍を振りながら訊ねる。


「っくそっ!余裕な顔しやがってっ!!

俺がお前をぶっ殺したら終わりだよっ!!」

「うわぁ…蛮々ばんばんしてるぅ…いやいや、さすがにそれはないよね?」

「おれはっ!どっちかが死ぬまでやっても良いんだ…よっ!!」


僕が見てきた彼の剣撃の中で今日一番の一閃が振るわれるが、それをいとも簡単にいなす。

彼は凄い。

こうして手合わせしている中でどんどん強くなっていってる。

それを本人も自覚し始めたのか、先程の真っ赤な顔から一転。実に楽しそうな笑顔を浮かべている。

そんな顔を向けられると尚更、攻撃しにくくなるんですが。

まあ、彼が強くなってもそれと同じかそれ以上に槍の扱いに習熟できてしまう僕。

いくらなんでも偶々戦いの才能は受け継いだなんて話は、いささか以上に出来過ぎではないだろうか?

前世がある、ないしは覚えたままなのが関係している…とは思えないな。戦いの才能と前世がどう影響し合うのか想像できない。その可能性はゼロではないが、限りなく低いだろう。

となれば母が定期的にやってくる魔法的な儀式あたり?いや、でもここまでアホみたいに強くなれる魔法があるならもう少し獣人族に対して何かしらできたと思う。やってもダメだったのかな?

ああ、でも…才能、というと語弊があるが僕が彼を圧倒している理由は槍の扱い以外にももう一つある。

前世があること、だ。

先も言ったとおり前世があるからと槍の扱いが上手くなるわけではないし、前世で格闘技を学んでいたというわけでもない。

なんなら前世の日本での暮らしの経験があるだけ、今の悲惨な環境により辛さを感じる分、損ばかりしていたが唯一と言って良い得する事象があった。

それはである。

魔力がない世界にいた経験があるせいだろう。

魔法があって、体に宿る電気、熱に続く第3のエネルギー、魔力が存在するこの世界。

気づけば体に違和感を感じ、周囲の魔力を敏感に感じ取ることができる僕は目の前で剣を振るう彼の体内魔力の動きすら容易に感じ取れた。

魔力が筋肉の動きに連動して活性化することに手合わせをしてすぐに気づいた僕は、それに注視していればまず攻撃は受けず、フェイントにも引っかからない。

それこそ僕の知覚を超えるスピードか、防御ごと叩き切る膂力でもなければ彼に勝ち目はないということになる。

この魔力知覚能力は普通の人にも備わっているが、触れれば分かるだとか、なんらかの特殊な技術を使えば分かるとかそういうみモノらしく、普通の人にとって相手の体内の魔力を感じるのはもちろんのこと、戦闘中にそれを感じて動きを読むなんてことはまず不可能なことらしい。

つまり魔力やら霊力だのと言った空想上のエネルギーを感じ取って「○ャドの霊圧が…消えた」なんてのは出来ないのだ。

例えるなら他者の体温を遠距離から感じるような人外じみた知覚能力が必要になる。

元からピット器官と呼ばれる熱源を感知する能力を持つ蛇や、微弱な電流を放って周囲の地形を把握する魚などが地球にはいたと言うから、魔力を感知する能力を持つ人ないしは動物がいる可能性もあるだろうが少なくとも一般的ではなく、基本的に僕だけが相手の行動を感知できるのだ。

このアドバンテージは大きい。


「ううん、しょうがないか。死んだら弱いのが悪いとか言うくらいだ。覚悟はできてるよね?」

「たりめぇだっ!」


周りの子たちはその返事を聞いて、さすがの蛮族キッズたちと言えども当たり前じゃないと言いたげだが、血の気の多い目の前の彼にとってはそうじゃないらしい。いい加減、面倒になってきたところだ。

加減はしてみるが死んだらすまんと内心で謝りつつ。


で槍を振るった。


バキーンと甲高い音を立てて彼の持っていた剣がへし折れ、尻餅を付いたところで場は静まり返る。


「さぁ、良い子はお片付けの時間だ。いいね?」


今までとは比にならない槍の一刀に誰もが声を挙げられず、茫然自失。

扱い方が未熟な子供が使っても壊れないように切れ味より頑丈さに重きを置いた剣がいとも簡単に断ち切られてしまったのだ。


大人の獣人族に怒られたらどうしよう?とのを持って放たれた僕の槍は勢い余って彼に突き刺さるなどということもなく、僕自身が惚れ惚れするほどに見事な一撃だった。

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