第7話

きゃっきゃっと僕を笑う声の中、1人の男の子だか女の子だかが前に出てくる。

黒髪に、雄々しい二本角、可愛らしい子供達の中でも特に目を引く可愛らしい相貌をしたその子供は僕を見て、一言。


「おれに勝ったら教えてやるよ」


と言った。

なんでや。

それくらい勝てなくても教えろよ。

なんなら戦わずに教えてくれよ。

話にならないとその場を離れて、適当な召使に聞いた方が早そうだと考えその場を去ろうとする。

召使は話しかけると気の毒な程に怯えるので、罪悪感からあまり話しかけたくはないのだが。

そもそもよく考えたら目の前のクソガキどもが僕達の部屋を知っているはずもない。

危険人物であるガガーサルに出会って気が急いていたようだ。

冷静になれば聞くまでもなかった。


そんなことを考えながらその場を離脱しようとしたのだが残念、回り込まれてしまった。

クソガキキッズ達の群れからは逃げられない。

びびってんのかぁとか、臆病者っ、だとか母親が妖精族だとその子供であるお前もうんぬんと、煽りに煽ってくる。

もちろんビビっているし、臆病者でいいし、母親を馬鹿にされたところで「俺をバカにしても母ちゃんをバカにするやつは許さねぇっ」なんて激おこするほど熱血でもない。

もちろん不愉快ではあるものの、我慢できるレベルだ。

と言うか我慢できないような言ってはいけないことを言ってきたとしても、相手は分別のつかない幼い子供。

子供であれば大なり小なりそうした部分はあるものなのだから、いちいち中身大人の僕がムキになるはずもなし。


とにかく戦いだけは避けたいところ。

さっきの演舞を見て、一般的に普通の獣人より弱くなるとされる寄り仔の僕に勝てるとは思わない。

戦うだけ無駄だし、加減の知らない子供の手合わせなど場合によっては死にかねん。

彼らにとっては遊びの延長線に位置する行為でも僕にとっては命のやり取りになる。

勘弁して欲しい。

いっそのこと土下座をするかと頭によぎるものの、ミスをした召使が土下座をしても何ら気にされずに真っ二つにされたのを見たことがある。

獣人族の辞書に土下座という言葉は無い。

なんならその時の獣人は「自分から身体を小さく丸めて真っ二つにし易くするとは、殊勝よな。褒美にお前の死体は俺の晩飯にしてやろう」と言っていたくらいだ。

人肉は不味いので基本的に食べないらしいのだが、それを我慢して俺の血肉にしてやるのが褒美だ、みたいな意味合いだったのだろう。多分。全くもって蛮々ばんばんしてやがるぜ。


とにかく戦いだけは避けていきたい。

子供かつ相手は所詮、脳筋一族の血筋。

適当な嘘八百で丸め込むしか無い。


「およしなさい。

僕の戦闘力は53万です。あなた達では手合わせするだけ無駄ですよ」

「せんとぉーりょく?

なんだそれ?食い物か?」


下手なボケを返しおった。

話の流れ的に食べ物のことを言うわけないだろう!?

ボケを返すにしてももう少し文脈に気を遣え。

突飛なボケは受けるか滑るかの2択なんだぞ?

舌ったらずに知らない言葉を喋ることで可愛さアピールも添えてみましたって?


「僕の強さがってことだよ。分かる?53万だよ、53万。君じゃ逆立ちしたって勝てないよ」

「ぷぷっ、何言ってるんだ?逆立ちしたら勝てる戦いも勝てないだろ?お前、バカだなぁっ」


バカは君だよっ!

比喩表現に決まってるでしょっ。

なんで比喩表現にマジレスしてくるんだよ!?

あと、53万の方に反応しろっ。

53万だと数字が大き過ぎて実感が湧かなかったっ!?


「僕は君よりうんと強いってことさ。戦わなくても分かる。しかも武器を使うのだろう?君が死んだらどうするの?死ぬのはイヤじゃない?イヤだろう?だから僕をこのまま部屋に返した方が…」

「ごちゃごちゃうっせーなぁ。いいからやろうぜ。死んだら試し切りの的が増えるだけだろ?

他の奴らはみんなビビって俺と戦ってくれなかったんだよなぁ。お前強いんだろ?ならなおさらだ」

「あ、はい」


嘘八百作戦失敗である。

すまぬ母よ。僕の命日は今日だ。

僕が居なくなれば完全に孤立する母を思うと心残りだが、なんとか強く生きていって欲しい。

そして、死んだら的になるってどういうこと?

試し切りをしていた死体の中に、なんかサイズ感が小さいのが混じってるなあと思ったらそういうことだったのか。

流石に狙って殺すような事はしないだろうが、死んだら死んだで弱かった奴が悪いと言われそうな口ぶりである。


「遠慮なくかかってこいよ、死んだら死んだでそいつが弱かったのが悪いって父上も言ってたし」


言われちゃったんだぜ。

泣ける。


審判役の少年を決めて、目の前の彼は剣を。

僕は槍を手に持って向かい合う。

もちろん槍なんて扱ったことなんて前世合わせて一度もない。なんならこの場にある武器全てが初めて触れる物だ。

であればリーチが長い武器の方が有利だって僕知ってる。知ってるだけ。知ってるだけでもなんとかしたい。

前世の格闘漫画とかアクションゲームなんかで剣が3倍になれば槍になる?とかなんとか。

剣が3倍で槍になるわけがない。なんのこっちゃと疑問符を浮かべる物の、うろ覚えの知識なんてそんなものだ。

素手が3倍で剣道になるとかそんな感じだったかな?いや、今さらどうでも良いことだ。

とにかくリーチが長い方が良いということに違いない。違わないでくれ。


「じゃあ…はじめっ」


無情にも始まってしまった。

どちらもしっかりと刃が付いている武器だ。母が言っていた。

成長期に入ってない獣人族の膂力は見た目相応ではあれど武器を本能的に達人級で扱うことが出来るために、子供であっても簡単には殺せないのだと。

現在7歳児の僕に対して凄いこと言ってんなとその時は思った。

そしてその言葉が間違っていないことを理解した。技術が半端ないのだろう。死体を骨ごとバッサリやっていたのだ。子供が振るう刃とはいえ当たりどころによっては普通に致命傷になる。

内心、戦々恐々としながらも攻撃する意思をはなから捨てて、全身全霊で防御に徹すればなんとかやり過ごせるのでは?と槍を構えること数秒と経過。

目の前の彼は瞬時に距離を詰めてきた。

様子見はせずにしょっぱなから全力のようだ。

僕は驚いた。


「なっ!?」


周りの子供達が驚いた声も聞こえたが、理由は同じなようで違う。

彼らは僕の「自分は強い」という嘘をまるで信じておらず、寄り仔なのだから嘘だろうと判断し、なんだかんだで初めの一発で終わるだろうと考えていた。

が、彼らが見たのは武器の扱いを本能的に理解でき、実際にしばらく使い続けて習熟した自分達ですら見惚れる程の完璧な槍捌きだった。

ゆえに驚いた。寄り仔のくせに、と。

僕の驚きも方向性は一緒だが、それに少し追加点がある。


あれ?弱くない?


と。

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