第5話
「おいっ」
粗野な言葉をかけられて、またかと嘆息する。
ある天気の良い日の朝のことだ。
僕に対して乱暴に声をかけてきたのは何者かと誰何するが、黒い短髪と、何処かで見たような米神から生える二本の立派な角。さらには爬虫類のような縦に細長い瞳孔となれば、声の主は龍神族であることがすぐに分かる。
しかし、ただの龍神族ではない。
寄り仔として生まれた僕は良くも悪くも他の獣人族の眼中にない。
獣人族の中でも特に強いとされる龍神族のさらにその頂点たる男の血を引きながらも、寄り仔とはなんて情けない、と周りから嘲り見られるだけで、戦闘民族で野蛮な彼らからすれば弱者に興味を持つことは特別な事情がない限り存在しない。
彼らにとって弱者とは真っ二つにするかしないか、身の回りの世話をやらせるかどうか、その程度の存在なのだ。
むしろ多少なりとも蔑視の視線を向けてくる分、寄り仔とはいえどもただの弱者ではなく、同胞であると言う意識も少しはあるのかもしれない。
一般的に寄り仔は普通の獣人より弱く生まれると獣人族は考えている。
寄り仔が良く思われないのは、単に自分達と違う姿だからというわけではなく、獣人のくせに弱い寄り仔に生まれるなんて…と言う意味合いも含まれるのかも。
「おいっ!」
つまり、僕に対して「おいっ」なんてわざわざ声を掛けてくる獣人族は通常はいない。
粗野でカン高い声を出している目の前のキッズでもなければね。
彼との付き合いはもうどのくらいだろうか。僕より少し身長がある程度の子供である。
まあ、8、9歳と言ったところか。
獣人族は獣と言う字が付くだけに、普通の人間よりも早くに身体が出来上がる。
男女ともに10歳ごろまでは人間と変わらないが10を超えると成長期が始まり、2年ほど経過した12歳くらいには心身ともに急成長が終わる。
12歳ですでに成人と同じ体格を有するようになるのだ。
特に男は顕著で、早い子は12歳になる前に成長しきり、逆に女の子は13歳くらいまで成長期が終わらず、男に比べて緩やかになる傾向があるとは母の言葉。
異種族なのによく知っているなあと感心したが、まあ、僕が生まれて10年は経過していないものの、それなりに長いことここに居るのだからそれくらいは分かるか。
「おいっ!!無視するなよっ!?」
さらに獣人族の子供には他種族にはない1番の特徴がある。
殺人的なまでの可愛さだ。
彼らは男女問わず非常に可愛らしく生まれ、男の子であっても美少女のように育つ。
声もまたいつまでも聞いていたいくらいに、耳障りがよく、通りがよく、音程がよく…と良い良い尽くし。
どんな動物にせよ赤子が可愛く産まれるのは、より親に世話をしてもらいやすくするためだと言われているが、戦闘民族で、蛮族な獣人族も例外ではない。
いや、むしろ蛮族な彼らだからこそより可愛く産まれるように神がデザインしたのかもしれない。
そうでもないと骨の髄まで蛮族してる彼らは親子で真っ二つにしあって、すぐに絶滅してしまいそうだ。
「無視するなよぉ」
目の前で泣きそうになっているキッズもその口調の荒々しさとは真逆の美少女っぷり。
なので実のところ彼と称したが、実際の性別は知らなかったり。
獣人族は成長期に入ると途端に性差が顕著になる。
美少女然としていた男の子がみるみる、むさ苦しくも細めなゴリゴリマッチョに変身するのだ。初めて見た時はドン引きした。そうなるにしても、もう少し段階を踏めよと。2年ないしは早い子は1年と半年くらいでそうなるので凄く急激に変化する。
ちなみにガチガチのガチマッチョタイプもいる。
僕の父親がそうで、どこぞのコマンドーさんやベネットさんが頼りなく感じるほどのガチムチっぷりだ。
逆に女の子はムチムチのエロエロに育つ。
獣人族は必要ある戦いも必要なき戦いもこよなく愛する根っからの由緒正しき暴れん坊。
戦いを生業とし、命の危険を感じる機会が多いと人間は子孫を残そうとして性欲が強くなるとよく聞く。
戦いばかりしている男連中の性欲を解消するためにエロエロに育つのだろう。
まあ、そろそろ相手してあげよう。
子供相手に大人気なかった。
いや、子供だからこそ無視していればなんだコイツ、せっかく話しかけてやってるのにもうシーラネッとなると思ったのだが、全然そんなことなかったぜ。
その諦めの悪さは僕相手に発揮して欲しくなかった。
「ようやく、こっち向いたか!
遊ぶ気になったんだなっ?」
なぜ遊ぶ事になっているのかは分からないが、どうせ遊ぶなら寄り仔として良く思われていない僕ではなく、別の子と遊べば良いのに。
あと君たちの遊びは遊びと言わない。
彼の名前はマクラ。
僕と同じく王から生まれた王子…か王女の1人で、今更だが僕は母からはウェスパと呼ばれている。
この王城には当然ながら僕以外の子供もいる。
僕の父親は王様で、最強なので世界各国や同族から嫁にしてくださいと女性が押し寄せてくるのだ。
特に獣人族達からは大人気で、同族である龍神族に至っては例え妻とされなくても、目線が合うだけでキャーキャー言われる始末。
筋肉ダルマがアイドルかのような扱いを受けている。
少しカルチャーショックだ。
蛮族じみた文化を持っているがゆえに強いというのは異性に対する最強のステータスのようである。
つまりそんな王様が次から次へと望まれるままに手を出した結果、託児所かな?と錯覚するレベルで王城は子沢山である。
とは言え、それはあくまで10歳未満の子供に限った話で10を超えて成長期に入ると戦場という名の略奪行為に精を出し始める。
成長期に入った女児達も略奪行為についていき、略奪行為の手際や規模を見て、この人の子を産みたいを思わせてくれる強い男を見定め、誘惑するのだとか。
なので、王城にいる子供は10歳未満の幼くも可愛いらしい子達だけだ。
彼らと接触すると母の恨み言がパワーアップするので勘弁してもらいたい。
何もしらない子供まで疎み恨むのは筋違いだとは思うものの、そんな正論が通じないくらいには母は獣人族を憎く思っているようで、これまた、蛮族の子供と話したり遊んだりするなんてなんたることザマス…と説教が長引くのだ。なまじ彼女の境遇を思うと、知ったことかと無視するには気がひけるし。
難儀なものである。
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