ハチドリと魔王
「ねえ、魔王ってどんなのだと思う?」
ある日、クルトはミミに聞いてみた。
ミミは人間の世界と魔物の世界の境目にわざわざ住んでいる変わり者の人間なのだから、なにかクルトの知らない魔界の面白いことを知っているかもしれない。
ミミはお茶の鍋の火を止めて、クルトのほうへやってきた。
「魔王について知りたいなら、おもしろいお話があるよ」
本棚からひとつ古い絵本をとりだすと、ソファーでくつろいでいるクルトに手渡した。そしてクルトの目の前で、身振り手振りを加えながら魔王の話をはじめた。
「今、魔界を総べている魔王は、とーーっても」
ミミは大きく両手を広げて見せた。
「恐ろしい魔王なんだ。彼が即位してからというもの、魔界に住む者たちは安定した暮らしを送れるようになっちゃった」
「なっちゃった?」
魔界では安定した暮らし、というのは、よろしくないものなのかな。訝しげな顔をしているクルトにミミは、そんなこともわからないの? と、とんちんかんな表情をしてみせた。
「魔王に挑む魔物が、だれもいなくなっちゃったからね」
絵本の表紙には、おどろおどろしい魔王の絵が描いてあった。こわかないけど、この魔王はとてもこわい顔をしている。クルトはそう思った。
「でもね、魔王は、両手が使えないって噂があるんだ」
「両手がつかえない?」
それじゃ、戦えないじゃないか。強かないや。口を尖らせたクルトを見て、ミミは本当におかしそうにわらった。
「そう、ある日、ちっちゃな弱ったハチドリを捕まえちゃったから」
「魔王は強すぎて退屈していたから、そのまま大きな手のなかで、弱ったハチドリを育てたんだって」
次に捲ったページには、鳥の絵が描いてあった。
「そうしたら、懐かれちゃったんだよ。魔王の両手は、ハチドリの巣になっちゃった」
ミミは、ふたつの手のひらで小鳥を守るようなしぐさをした。
「魔王が両手が使えなくなったって聞いて、人間の王様がたくさんの兵士を連れてやってきたんだけれど……手が使えなくても、魔王はハチドリを守りたいものだから、それまで以上にすっご――く強かった。
だから魔王とハチドリのことを、すべての魔物も、すべての人間も、諦めざるをえなかったんだ」
ミミはクルトのとなりに腰かけて、彼の絵本の進み具合をのぞきこんだ。
「今から700年も前の話だよ。
そのときから、魔界の平和は守られているんだ」
絵本の最後のページには、眠る魔王の姿が描いてあった。彼の手の平の上で、ハチドリが子どもを育てている。
「魔王は本当はね、両手が使えないまま死んじゃって、鳥の巣になっているんだって」
クルトは絵本を閉じて、ミミに渡した。ミミは立ち上がりそれを本棚にしまうと、台所に向かって歩いていく。栗色の背中に、クルトは疑問を投げかけた。
「じゃあ、実際は、魔王は存在していないんじゃないの?」
「存在しているかいないか、っていうのは、死んでいることとは違うよ」
こちらを振り向いて笑いかけたミミに、クルトは納得いかないという顔をしてみせた。
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
お題:興奮した魔王
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