積み上げた絵

 ミミは、しばらく立ち入らなかった部屋のドアノブに手をかけた。スーツ姿で雪のついたコートを手に、しばし呆然として、埃っぽいその部屋を見つめる。小さな部屋のなかには、雑多なものが仕舞われていた。なかでも目につくものは、絵、絵、絵。


「下手だな」

 忌々しげに口にすると、両手でひとつ取り上げて、眺めてみる。数か月前の、或いは一、二年前の自分が、真剣に向き合っていた物の稚拙さに、口元にはかすかな笑みが広がった。


 何故、自分は笑っているのだろう。これは、自分を笑ったのかな。

どういう意味で、自分は自分を笑えるだろうか。


「下手だなあ」

 ため息をついて、音をたてないように絵を床に戻した。埃をかぶった縁をそっと指でなぞった。左手で抱えていたコートについた雪が、絵の上に落ちて滲んだ。

「あ」

 水滴のついてしまった下手っぴな動物の絵は、まるで泣いているように見えた。


 ミミは絵をたてかけると、逃げるように部屋をあとにしようとした。途中で右肘が他の絵にあたったが、少し揺れただけで倒れはしなかった。


 ドアを閉める前に、もう一度部屋のなかを見まわした。

「ごめんね」

 過去を彩るものすべてにそう言うと、やさしく、しっかりとドアを閉めた。



お題:絵描きの雪 

必須要素:右肘

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