第三十四話

「貴子、ちょっと来てくれ」


「はい、耕太郎さん」

貴子と呼ばれた女性は、お茶など一揃えをお盆に乗せ客間に入っていく。


「貴子、今、お盆の前後をどうするかみんなで考えていたんだ。お前はどう思う?」


ここのところ耕太郎は地域の若手を集めて、農家のあり方、農業の効率化、収益化などについての勉強会を催し、実際に活動できることがあれば、それを企画するための会議をおこなったりしていた。

経済や経営学の知識などがあり、それでいて不公平のない考え方をする耕太郎の嫁のことを若者衆も認めていて、耕太郎と共に頼りになる仲間として、たったの数ヶ月で受け入れられていた。


先春、嫁を迎える儀式を終えた新井家。

地域の取りまとめをやっていることもあり、たくさんの人が集まった。

特に、地域の若者のリーダー格である耕太郎を祝いたい男衆は一緒になって喜び、いつもはあまり酒を飲まないのだが、御祝儀だと無理やり主役の耕太郎に飲ませ、どんちゃん騒ぎをしていた。

そんな彼らもさすがに夜になると、もう一人の主役である花嫁にも気を遣い、三々五々帰路についた。


「今日は本当にありがとう」

部屋に戻るなり耕太郎は礼を言った。


「こちらこそ、耕太郎さんが皆様にお慕いされていることを知ることができて、私もとても嬉しく思いました」


「さて、それで…、豊子さん」

穏やかな表情で耕太郎は話し始めた。


「!」


豊子は言葉を失い、みるみる顔から色が失せていく。

一瞬にして全てを理解し、なんて浅はかなことをしたんだろうと後悔の念が浮かび上がり、耕太郎を騙そうとした自分を責めた。


「も、申し訳ありません!」

座ったまま頭を畳に擦り付ける豊子。


「何が申し訳ないんだい?ひとまず顔をあげてくれよ」


恐る恐る顔をあげる豊子。耕太郎の顔は穏やかなままだった。


「俺はとにかく理由が知りてえ。あんたたち姉妹に何があったのか。よかったら教えてくれないか?」


豊子は、貴子が自分の夢のために東京に行きたかったこと、自分が耕太郎を慕い、恋い、力になりたかったことを話した。

そして、二人の願いを叶えるために、貴子の考えを実行したことを。


「まさかいきなりばれるとは思いもしなかったろう?」

少し得意げに耕太郎は言った。

理由を聞いても尚、怒る様子はない。


「とにかく、君たち姉妹の悪巧みのことはわかった。そして俺もそれに加担するとしよう」

耕太郎の言葉に驚く豊子。


「あの時、貴子さんが言っていたろ?とにかくみんなが幸せになる方法を考えろって」


姉妹が初めて耕太郎と出会った、佐田駅前の露天店で貴子が耕太郎に言った言葉だった。


「母の葬儀の時、心のやり場がなかった俺に居場所をくれたのはあんた、豊子さんだった。いきなり呼び出された葬儀の中で、まったく物怖じせず、すぐに新井の親族とも打ち解けてくれた貴子さんには本当に感謝している。さっきの言葉もそうだけど、あの利発さに俺は尊敬の念を抱いているよ。でもあの時、君が現れてしまったんだ。もうわかるだろ?僕の心はあれからずっと豊子さんのところにあったんだ」

耕太郎の告白に言葉を失う豊子。あまりのことに涙が流れ出した。


「耕太郎さん…」


「豊子さん、俺も二人の悪巧みに入れてくれ」

声にならず、頷く豊子。


「っと、そうだ。大事なことを忘れていた。あなたはもう豊子さんじゃない。今日からは貴子だ」

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