第三十三話
お経も終わり、とうとうお別れの時が近づいてきた。
喪主の伯父が、列席者へのお礼と挨拶を話している。
「……で、私自身は、どうしようもない悪ガキだったのですが、母はあまり怒らない人だったと記憶しています。だけど二度だけ本気で怒られたことを覚えていて、一度は妹を河原に置いてけぼりにして家に帰ってしまった時で、もう一度は肥溜めの糞で蔵の壁に落書きをした時です。本当にどうしようもないクソガキでした。」
どこまでもふざけたことを言う伯父。祖母との思い出をいくつか話していたが、
「せっかくなので、もう一人の遺児、と言ってもいい大人ですが、母の子である妹にも少し喋ってもらいましょうか」
と、急に母に話を振りだした。
母の驚き具合から、打ち合わせはしていなかったようだ。
だが、この空気の中、何も喋らないわけにはいかなくなってしまった。
仕方なく、辿々しくも話始める母。
「……それで、自分の母親ながらとても綺麗な人で、一緒にお風呂に入っていた子どもの時など、身体のどこにもシミもなければ黒子もなく、白く透き通るような、本当に美しい母だなあと思っていました。それに、とても教養のある人で、中学生だか高校生のあたりまで、父ではなく母に勉強を教えてもらっていました。高等学校、今で言う中学校までしか出ていないと聞いていたのに、随分と勉強ができるのだなあと、子どもながらに不思議に思ったものでした……」
無茶振りになんとか応えた母に伯父は満足げだった。
「まあ、子どもは残り二人になってしまいましたが、こうやって元気にやっています。ばあさんは、貴子さんは、早くに旦那を亡くして、娘も二人亡くして、長いこと寂しい思いをしていたんじゃないかと思うのですが、もう少しで会えるのかなと。会いたかった人たちと会えるのかなと思うと、少しは残された側も安心というか、ね。そんな思いもあるので、向こうでよろしくやっていてくれるといいなと思うわけです」
祖母が横たわる棺に花が積まれていく。
花が好きだった祖母。
たくさんの花に囲まれ、その寝顔はとても穏やかだ。
何を考えているのだろう?誰のことを考えているのだろう?どんな人生だったのだろう?
棺の蓋が閉められていく。
これで本当にお別れだ。
今さらだけど、祖母に聞きたかったことがある。
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