第三十二話
三月の終わり、二人が家を出るのはとうとう明日となった。
五人家族最後の晩餐は、女衆四人で腕によりをかけて作られた。
富子は寂しさを堪えながら、大切に時間を過ごした。
女子ばかりしか産むことができず、喜三郎に申し訳なく思ったこともあったが、こんなに素晴らしい娘たちに育ち、今となってはとても誇らしく思っている。
姉妹で一人取り残されることになる智恵子は、姉たちに甘えたくて仕方なく、べたべた付き纏い、仕舞いには貴子に煩いと叱られていた。
こんな姉妹喧嘩ももう見られなくなってしまうと思うと、寂しさが込み上げた。
喜三郎が仕事から帰ってくると、最後の晩餐が始まった。
思い出話や、将来の話、終始和やかなまま終わり、ついに最後の夜を迎えた。
一日中興奮気味だった智恵子は三姉妹の部屋で一足先に眠ってしまっている。
「楽しかったわね」
「本当にね。いつまでも続けばって思ってしまったわ」
豊子は少し感傷的に言った。静かな夜だ。
隣から千恵子の寝息だけが聞こえる。
「豊ちゃん…、東京に行きたい?」
「え?」
「豊ちゃんにとって、東京に行くことは一番やりたいこと?」
「うーん…。一番かって言われると、そうじゃないかもしれないわ。どうしてそんなこと聞くの?」
「私は…、私はね…。東京に行きたいの」
囁き声だが、とても強い口調だった。
「私ね、東京に行って、宝石職人になりたいの」
と貴子は続けた。
「そんな…」
息を飲む豊子。次の言葉を待つ間の一瞬の静寂。
「お嫁に行かなきゃならないのに…」
「そう。私は新井耕太郎さんのところへお嫁に行かなきゃならないの」
耕太郎の名前を聞いた途端、先頃のことを思い出した豊子。貴子が言葉を続ける。
「でも、耕太郎さんのことを本当に大切に思うことができるのは、大事にできるのは私じゃないの。豊ちゃんもわかってるでしょ?」
「やっぱり貴ちゃん、あの時…」
豊子は驚くが、観念する。
「ごめんね。別に覗き見るつもりなんてなかったのよ。でもね、それで考えたの。冷静に。耕太郎さんが必要としているのは私みたいな人じゃないって」
三姉妹の部屋が深い静寂に包まれる。
しばらくして、貴子が口を開く。
「あのね、豊ちゃん。私に考えがあるのだけど。聞いて頂戴?」
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