第二十九話

喜三郎と富子、そして豊子と智恵子が新井家に到着したのはすっかり暗くなった頃で、すでに弔問客もまばらになっていた。


「あ、貴ちゃん!」

貴子を見つけて手を振る智恵子。


「智恵子、大きな声を出すんじゃないの」


富子が叱るが、それに気が付いた貴子と耕太郎は、四人の方へやってくる。


「この度は、ご愁傷様でした」

喜三郎が代表して挨拶をする。


「お義父様、ご足労いただきありがとうございました。それに、貴子さんを貸してくださり、大変助かりました」


「いやいや、貸すだなんて。貴子を貰っていただくのですし。それより、役に立てていますか?」


「はい。本当に機転が利くというか、いろいろなことが見えておられ、不慣れな私どもも非常に助かりました」


「それならよかった」


貴子がうまくやっていたようで安心する家族たち。

耕太郎と貴子は喜三郎を、喪主である耕太郎の父・耕三の元へ案内した。

取り残された母娘三人組は焼香を終え、立ち話を始める。


「本当に貴ちゃんって、しっかりしているのね」

智恵子が感心したように言う。


「しっかりしているとは思っていたけどここまでとはね。我が娘ながら、感心したわ」


「私なら、お義母さまが亡くなられた悲しみで泣いているばかりだったかもしれないわ」


「そんなことないわ。豊ちゃんだって、しっかりしているじゃない」


「まあ、でも…。耕太郎さんの悲しみを想像すると、悲しみが伝染するというか…。私はお義母様のご遺体を前に泣いてしまったわ」


「豊ちゃんは優しいものね。でも、耕太郎義兄さん、変な言い方だけど、ちっとも悲しくなんてなさそうと言うか、こんな時でも和やかに、穏やかな人なのね」


「そうね、とても立派に務められているわね。それでも、人の心の中なんて周りからは見えないものよ。もしかしたらとても悲しんでいるかもしれないわ」

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