第二十五話

「お前、ちゃんとやってるのか?」


早くも酔い始めた伯父が僕に絡んでくる。

斎場の大部屋は線香の匂いが立ち込めている。

昼過ぎから、見たこともない親類が次々とやって来たが、その喧騒も夜にはすっかり鎮まった。

寝ずの番として残った男たちが、思い思いにつまみを口にしながら飲み始めていた。


「まあ…。ちゃんとはしてないけど、なんとか」


伯父は、僕とはまったく違う分野だけど博士号を持っていて、親族では数少ない同類だった。

なので伯父にとっても、僕が研究を辞めたことは少なからず気になる出来事だったに違いない。


おばあちゃんちの居間には、デスクトップ型のパソコンが2台並んでいて、夏休みの僕の勉強相手であった。

小学1年生の僕は、そのパソコンのモニターに出題される算数の質問、掛け算の問題に答える必要があった。

夕方、伯父が帰ってくると、できた?と聞かれ、ログを見られるのだ。

お前はまあまあできるよな、というのが伯父によく言われたことだった。

僕がおばあちゃんちに行っていたころの伯父のイメージは、恐く、やっかいなおじさんだった。

教育熱心だったのか、ただ僕をからかっていたのかよくわからないけれど、僕にとって夏休みのおばあちゃんちは、伯父との戦いでもあった。


「そもそも、お前が博士号をとって研究するとは予想してなかったよな」

伯父は寿司についてきたガリをつまみながら言った。


「お前は結構外面が良いから、何か営業とかすればうまくやっていくのかなとか勝手に想像してたけどな。ね、寿久さん」

僕の父親に同意を求める。


「そうですねえ。なんて言うか、何かに熱中するような性格じゃなくて、もう少しジェネラルというか、総合職というか、そう言う感じの職につくのかなと思っていたんですけどね」


年の功とでも言うのか、確かに彼らの言うことは一理ある。

冷静に自分を見つめると、そう言う職の方があっていたのかも知れない。

なんとなく目の前にあったカードを引いていくうちにこう言う状況になってしまったのだった。


「まあ人生なんて、60年以上生きていてもよくわからないから、お前の人生がこれからどうなっていくかなんて、それこそわからないんだけどさ、まあ、なんかやりなよ。まだまだ若いんだから」


徳があるようなないような、よくわからない話だと思いながら曖昧に頷く。


「うちのばあさんなんてさ、60歳超えてから初めて海外旅行に行ってたからなあ」


そう、僕も覚えている。

サンフランシスコから帰国し東京のホテルに泊まっている祖母に家族で会いに行ったことがある。

おそらく夜の便で帰国したため、東京で一泊していたのだろう。

まだ小学校低学年だった僕にはサンフランシスコやアメリカと言われてもピンと来なかったが、親戚を見渡してもほとんど誰も海外に行ったことがない中、友人たちと海外旅行に行く祖母のバイタリティには、皆驚かされたと思う。

あの時もらった硬貨はまだ実家の貯金箱に入っているだろうか。

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