第二十四話

蒼太に導かれ店に入る貴子。

外から見たように、木製の棚の上には様々な宝飾品が並んでいる。

部屋の真ん中に置かれた机の上のケースの中には、ひときわ手の込んだ細工が施された指輪が置かれていた。

何面体だろうか、精巧にカットされた大きな金剛石が少し白みがかった金色の金属の輪の上に乗っている。

石だけではなく輪にもひと回り植物のような模様が施されており、台座の部分は金剛石を包むように細かい幾何学模様が施されている。

貴子の目には装飾品ではなく、素晴らしい芸術品のように見えた。


「こっちが、工房」

蒼太が隅にある扉を押し開けた。

電灯のスイッチを押すと、工房に灯りが灯る。

そこには見たこともない機械が並んでいた。

奥には大きな木箱が乱雑に置いてあり、蓋が外れている木箱の中には拳よりも大きな石がいくつも見えた。


「あれは?」

貴子が木箱を指し、蒼太に質問をする。


「あれは、ちょうどお前と会った後に採掘した石たちだ」


「どんな石が採れたの?橄欖石?緑泥石?紫水晶?蛍石?」


「お、随分詳しいんだな。そう、ペリドタイト、シャモス石、緑泥石の一つだな、他には黄色や白の水晶、紫水晶が採れたんだ。随分頑張ったんだぜ」


貴子は、女学校の教室でスミ江と話をして以来、自分が石や宝石に興味があることに気付き、豊子が学校の図書室で受験勉強をするのに付き合いながらこっそりと、岩石や鉱物、地質の本を読み漁っていたのだった。


「あなたと会った後、私、いろいろ勉強したのよ?そういえば、あなたが別れ際に、『ラピスラズリの石言葉のように幸せになれるといいな』って言ってたでしょ?」


「ん?ああ…。そうだったかな…」


「言ったのよ。それでね、石言葉を調べていたら、ラピスラズリには幸福の他にもう一つの言葉があったの。それはね、『真実』。それを知ってから私ね、私の真実は一体何なのだろう、って考えたの」


「お前の真実?」


「そう。私は何者で、何がしたいのか、って。そうしたら、私は宝石職人になりたい!それが私の真実だ!って気がついたのよ」


「そうだったのかあ。なんとなくわかるよ。お前も石に魅入られたんだろ?宝飾品を作るのは本当にすばらしい仕事だからな」


「そう。心を奪われたの。それにね、石を加工するのも素敵だけれど、自分で採った石なんてのはきっと格別よね」


「おいおい、採掘は大変なんだぞ?ひと月くらい山籠りするから野営もするし、そもそも岩石を叩いたり運んだりする力も相当いるんだ」


「でも、その先に、素晴らしい石が、宝石が待っているんでしょ?」


「その通りさ!」


なんだかんだ馬が合う貴子と蒼太。話をしながら蒼太は工房にトランクを下ろし、朝の準備をし始めた。


「毎朝、師匠や兄弟子が来る前に、水を汲んで蒸留したり、消耗品の補充をしたり、機械の動作を確認したりしなくちゃならないんだ」


「へ〜、あなたやっぱり下っ端なのね」


「みんな初めはそうなの!そうやって一つずつ仕事を覚え…」


「くっちゃべってないで、さっさと準備しろい」

振り返ると、工房の扉からずんぐりとした体型の老人が入ってきた。


「あ、あの時のおじいさん」  


「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんはあの東北の山の旅館にいた子だね。こんなところで会うとはな。一体全体何がどうしちまったんだ?」


「おじいさん、私、ここで働かせてもらえませんか!」

不躾に貴子が言う。


「儂は文次郎。安達文次郎じゃ。お嬢ちゃん、働くったってまだ学生さんだろ?それに、住まいだって、ここいらじゃないんだろう?」


見透かされてしまい、気まずそうな顔をする貴子。それでもなんとか食らい付こうと、

「はい。今日は、妹の受験の付き添いで上京しました。でも私、本気です。必ず、もう一度ここに、誰にも迷惑をかけずにここにやってきますから、その時は雇っていただけませんか?」


鬼気迫る貴子の目をしっかりと見据える文次郎。


「ふうむ。まあ、儂の知ったこっちゃねえが、誰にも迷惑をかけないなら、誰も不幸にならないのなら、儂に止める権利はないのお」


貴子と蒼太は顔を見合わせる。


「やった!」


興奮気味の蒼太に対し、

「まあ、まだ何も解決していないけれどね」

と、急に冷静な貴子。


「とにかく、足掛かりはできたわ。あとは、家のことをどうするかね…」

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