第十八話

「貴ちゃん、何食べてるかなあ」

智恵子が豊子に話しかける。


「さあねえ。何かしらねえ」

受験勉強をしている豊子は、智恵子に適当に相槌を打っていた。


「あ〜、でもこれで、貴ちゃんも来年から別の家の人なんだねえ」


智恵子の言葉にはっと手を止める豊子。

確かにこの縁談が決まれば、貴子は他の家の人間になってしまうのだ。

自分も東京に行くが、長期休暇などではこの実家に戻ってくるつもりでいる。

でも、そこにはもう貴子はいないのだ。


「豊ちゃんは、師範学校に行って何をするの?」

智恵子の質問に、はっと我に返る豊子。


「うーん…。自分でもまだよくわからないのよね。よくわからないけれど、師範学校に行ったら何か見つかるんじゃないかって、そう思っているの」


「そうなんだ。そういう考え方もあるのね。東京に一人で行くのは怖くないの?」


「そりゃ心配がないといえば嘘だけど、この国の中心を見てみたい。肌で感じたいという気持ちはあるわよね」


「そっかあ。でも、豊ちゃんも貴ちゃんも出て行っちゃったら、この家はどうなるんだろう?間違いなく寂しくなるわね」


「貴子がいなくなると、少し静かになることは間違いないわね」

豊子の言葉に智恵子が笑う。


「私は、あなたが羨ましくも思うわよ。私は生まれた時から貴子と一緒で、両親の愛情はずっと半分ずつ。それで不満だったことは一度もないけれど、でも親の愛情を一心に受けられる智恵子が羨ましいなとも思うわ」


「愛情ならいいけど、立派な二人の姉が出て行った後、両親からの集中砲火が怖いわ」


「期待の集中砲火ね。智恵子は大丈夫よ。こんなに可愛い子は他にはいないわよ」

真顔で言われ、少し照れる智恵子。話題を変える、


「豊ちゃんは、貴ちゃんみたいに、お嫁さんになろうって思ったことはないの?」


「わたし?わたしは…、うーん。あまり考えたことないわ」


「そう。豊ちゃんは、とっても気が効くし、優しいから、お嫁さんになってもうまくやっていけそうよね」


本当にあまり考えたことはなかったが、言われてみれば、そうかもしれない。


「そうねえ、なんとなく、周りの期待に応えるために師範学校を選んでいるけれど、具体的にやりたいことがあるわけでもないし、もしかしたらお嫁に行く方が幸せになれたのかもしれないわねえ」


「好きになった方とかいないの?」


「好きになった方?そんなのいないわよ」

声を大きくして否定する豊子に少し慌てる智恵子。


「そ、そう。でも、もし嫁ぐとしたら、どんな方が良いのかしら?」


「もし嫁ぐとしたら…、うまく言えないけど…。そうねえ、人のために涙や汗を流せたり、多くの人の幸せを考えられる人かしらねえ」

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