第十六話
既に上司には辞意を伝えていて、一度引き止められはしたが、承諾してもらっていた。
この上司は、普段から僕の未熟さを指摘しつつも、期待を示してくれていた。
期待に応えられなかったことを申し訳なく、とても情けない気持ちになった。
多くの研究者はエゴイスティックでナルシスト、つまり自分の内側からモチベーションが湧き上がってくるものだが、僕の場合は、この上司のために少しでも役に立てたらと言う気持ちがモチベーションとなってなんとか続けてきた。
だが、この精神状態で仕事を続けていくのはもう無理だった。とにかく少しでも早くこの環境から逃げなければ死んでしまう気がした。
僕が辞めることを知った研究所の知り合いの多くが、残念がってくれた。
飲みに行こうよと誘ってくれたり、少し休んだら戻ってきなよと声をかけてくれたりした。
ただ一人、共同研究者には、辞めると言う事実や最終出勤日などの事務的なこと、研究に関する引き継ぎ事項の話をしただけだった。
投げ出してしまい申し訳ない気持ちがある一方、彼からのプレッシャーに耐えられなくなってこう言う事態になったのではないかという薄暗い思いがない混ぜになっていて、必要最低限なこと以外を彼と話せなかった。
それに彼と話せば、今後どうするのかちゃんと考えているのか聞いてくるに違いない。
良くも悪くも、現実しか見ていなくて、次に何をするのか、どうやったら正解にたどり着くのか、そのことばかりを追い求めている。
彼のそう言うところに尊敬の念を抱いてもいた。
それは紛れもない事実だ。
だけど、それで息が詰まってしまったのも、おそらく事実だ。
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