第十五話

「僕、研究辞めようかと思うんだ」


「ふーん、そう」


少しくらいは驚くかと思っていたので、逆に僕が驚いていると、

「まあ、いいんじゃない?あなたの人生なんだし。まあ、私の結婚はまた遠のいてしまいますけど」

自虐的に言う咲季。


「ごめん」


「またすぐそれだ。こんな電波を通してごめんなんて言われたってね、私の気持ちのやり場はないのよ」


「…ごめん」

咲季のため息が聞こえる。


「もういいよ。結婚の話は忘れて?冗談よ。べつに別れましょうって言うわけではないし」


「うん…。」


「…で、どうするの?仕事辞めて」


「うーん…、わかんない」


「わかんないって」

スマホ越しに咲季の苦笑が聞こえる。


「あんまり具体的には考えてないんだ。とりあえず、たくさん寝たい」


「ははは。そうだね。たくさん寝るべきだね。それで、たくさん寝て、起きたらどうするの?」


「起きたら、いろんなとこ行こうかな。そっちにも行くと思う」


「そう。おいで。待ってるよ」


「…咲季ってさ…」


「ん?なに?」


「咲季ってさ、男前だよね」


「何それ〜!」


「いや、なんか。どんとこい、みたいな」


「…まあ確かにねえ。何でも良いってわけじゃないのよ?でもね、私思うんだけど、ひとそれぞれの生き方があると思うの。だからその人がどう行きたって良いと思うの。人を傷つけたりしなければ」


「人を傷つけなければ、ね…」

僕は咲季に対し申しわけなく思う。


「今、申し訳ない、って思ったでしょ。私、傷ついてなんかいないよ。君はいつもうだうだ考えているけど、絶対に嘘をつかない。そんなところが気に入っているんだ。君が選ぶ人生を信用しているんだよ」


「…。僕なんて、そんな大袈裟なものでもないとは思うけど…」


「そうね。そんな大袈裟なものではないかもしれないけど」

咲季が笑いながら言う。


「ま、とにかく、もう流行ってないかもしれないけど、自分探しの旅ってやつ、行ったらいいんじゃない?」


「…うん、ありがとう」


「どういたしまして」


「何か、いいお土産あったら買っていくよ」


「あら、楽しみ」


「本当だって」


「期待して待ってる」


通話を切り、スマホを置き、大きく息を吐き出した。


−−僕はこの人生で、いったい何がしたいのだろうか?

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