第十三話
「貴子さん、お見合いなさるんですって?」
講義の休み時間、級友のスミ江が話しかけてきた。
「ええ、そうよ」
「貴子さん、とっても優秀なのに、お嫁に行ってしまうなんてもったいないわって、うちの両親も言ってるのよ」
「うーん。みんなもったいないって言ってくれるのだけど、私にはよくわからないのよね。私は嫁ぐことが家の、お父様の役に立つと思っているし、お嫁さんになることだってきっと幸せだと思うのよね。何ももったいないことなんてないと思うのだけど。たくさん赤ちゃん作って家族ができたら楽しそうだし」
「それでも最近では、女性も社会進出すべきだ、なんて先生方も仰られているじゃない?」
「そうねえ。男の人と対等に働いたりっていうのは素晴らしいことだとは思うわ。とても誇らしい気持ちになれるかもしれない。でも、幸せっていろいろな形があると思うのよね」
「幸せの形ねえ…。貴子さんにそう言われると、確かにそうかもって思ってしまうわね」
スミ江は、貴子の学校での教師や学友に対する振る舞いを見て、とても慕わしく思っていた。
当然進学すると思っていたので、見合い結婚をすると聞き不思議に思っていた。
けれど、貴子の口から『幸せ』についての話を聞き、妙に納得してしまったのだった。
「そういえば、妹の豊子さんはどうなさるの?」
豊子とはクラスが違うので、スミ江は直接話したことはなかった。
「豊子は、東京の師範学校に進学すると言っているわ。そのために家でも遅くまで勉強しているわ」
「豊子さんも優秀ですものね。でも、東京となると離れ離れになってしまうのね。寂しくない?」
「そりゃ寂しいわよ。でも豊子は、自分のやりたいことを見つけるために東京に行くの。寂しいなんて言ってられないわ」
「やりたいことを探しになんて、素敵ね。私なんて、稼業の呉服屋を継ぐだけよ。別にやりたいことってわけでもないけど、あなたの言葉を借りるなら、それも幸せかもしれない」
「ふふふ」
二人から笑いが溢れる。
「あなたは何かやりたいことはなかったの?」
スミ江が貴子に聞く。
「やりたいことねえ…。何かあるかしらねえ。たくさん笑って、おいしいもの食べて、かなあ」
「そういうのじゃなくてよ」
「うーん…。あ、そうだ。私、宝石を作る仕事はかっこいいなあって思っているわ」
「宝石職人ってこと?」
「そう。宝石職人」
「へえ〜。宝石職人なんて、私たちの街にはないわよね」
「そうね、よくわからないけれど、きっと東京みたいな都会には宝石職人がいて、素晴らしい宝石が作られていて、それを買いに来るお客さんがいるのよね」
「なんだかお伽話のように素敵ね」
「そうなのよ!まるでこの世のものとは思えないの。ラピスラズリっていう、とても深い青色で、その中に天の川のように無数に白や金色の粒が散りばめられた石があってね、その石を私の手で宝石にしたらなんて素敵なんでしょう、なんて思ったわ」
少し興奮気味に貴子が話す。
「一度でいいから見てみたいわあ」
スミ江が中空を眺めながら言う。
「こんな田舎町に住む私たちにでは、一生お目にかかることはできないでしょうけどね」
少し皮肉っぽく、それでいてさっぱりとした貴子の物言いに、スミ江は我に帰り、思わず笑ってしまった。
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